理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第19章2(天使が悪魔にくだす制裁)

 ←第19章1(切り捨てられる秘書) →第19章3(虐げられた者の哀願)


 すすり泣いていたグレースの嗚咽が止まる。
 彼女は紗月姫の話に大きく動揺していた。
「数あるスイスの空港、飛行場のうち、サメーダン空港へ、あなたをお送りしますわ。ヨーロッパで一番の標高を誇る空港ですもの、あなたも“神”に近付けるかもしれませんね」
 皮肉を入れながら、紗月姫の話しは続く。
「定期便が設定されていない空港ですから、当家のジェットが到着する時は他の機体が入る予定を入れないよう手配してあります。どれだけ警官が空港を埋めても、一般人に迷惑はかかりません。……それと……」
 紗月姫はレインへ視線を向け、厳しい表情を、刹那緩めた。
「今回の件がマスコミに洩れる可能性は、ほぼ皆無だと思って安心いただいても結構ですわ。今、ロシュティスの名前に傷を付けることは、私の大切な親族の会社にまで傷を付けるのも同じことですもの。そんなこと、させないわ」
「ありがとうございます。マダム」
 外部への漏洩を防いでくれた紗月姫に、レインは敬意を込めて微笑む。そして、彼の気のきいた返しに、紗月姫の表情は更に和んだ。
 既婚、もしくは婚約をしているから、そんな意味でレインは「マダム」という言葉を使ったのではない。
 未婚であったり、二十歳未満であったり、明らかに少女の様相を持っていても、その女性が立派に大人として通ずると感じられた時、フランス語を公用語とする者としては「マドモアゼル」より「マダム」を使うのが礼儀だ。
 紗月姫の様々な機転に対して、レインは彼女を称えたのだ。
 この辻川財閥次期総帥である少女に対し、最大の敬意を彼は示したことになる。そしてその気持ちは、彼女が微笑むことで上手く伝わった。
「実の兄弟であるのに、なぜこんなにも性格が違うのかしら。一度あなた方を切り刻んで調べてみたいわ」
「素晴らしい女性に切り刻まれるなら、喜んで」
 紗月姫のブラックな発言も、レインは嫌味なく返す。彼の対応に気持ちも和むが、まだ気を抜くわけにはいかない。紗月姫はアランに向けて表情を引き締め、話を続けた。
「今回、あなたに対して問題になったのは、十七年前のラファラン一族に関してです」

 座り込み俯いたまま、グレースが目を見開いた。
 十七年前の事件。アランがグレースの生家であるラファラン一族を壊滅へと導いた出来事だ。
 しかしあの事件で、アランの件は何ひとつ問題にされなかったはずだ。学者一族として高名なルドワイヤン一族が、すべてを揉み消し沈静化させたのではなかったか。

「多くの命が失われ、今でも、心や身体を病んだまま、後遺症と闘っている人間がいる。……地獄だったに違いありません。当時病院にいた患者たち、医療従事者たち、そして、ラファラン一族にとっても……」

 その話を耳に入れていると、当時の光景がグレースの脳裏に甦った。
 まだ十五歳ではあったが、病院で何が起こっているのかは直感で分かっていたのだ。
 慌ただしく走り回り怒鳴る父親、電話に頭を下げながら半狂乱で謝る母親。いつもは優しく笑っている親族や医師たちも、誰もが眉を吊り上げパニックに陥っていた。
 混乱と惨劇。残されたのは、破滅への道。
 そして、本当に一族は崩壊したのだ――――。

「たとえ揉み消し、地の底へ埋めようと、そんなことが許せるはずがありません。私がすべて掘り起こしました。……同じ場所に、今度はあなたを埋めるために」
 ぞわっとアランの背筋が粟立つ。
 少女ひとりに睨みつけられたくらいでそんな反応を起こす自分を悟られまいと、彼は故意に身体を固めた。
 今まで、どんなことをしても、何があっても、ルドワイヤン家の名がものをいった。地に埋められたどころか、地中深く融け込んでしまっているような十七年前の事件を掘り起こし、この少女は、今度は彼を地獄へ堕としに来たというのだろうか。
 
 とんでもない人間を敵に回していた……。
 今更ながら、アランはそれを冷や汗と共に悟る。

「あなたは政府機関自体から、危険分子としての監視を受けることになります。通常の刑務所などは用意されてはいません。あなたに与えられるのは、標高高い森の奥にある“独房”です」

 その“独房”で、アランは一生を過ごすことになる。
 監視を受けながら、彼が今まで犯した罪の許しを乞い続けるのだ。

「……ひとりで野たれ死ねってことか……」
 アランはふっと鼻白み、ひとりごちる。
 研究者として、大企業の社長として、栄華を極め続けてきた彼にとっては信じられないほどの転落だ。
 ひとりで野たれ死ぬのは構わない。
 その姿を、一番見られたくはない人物は、もう傍にはいないのだから。
 このまま研究もできず死ぬのを待つだけなら、独房でひとりきりになった瞬間、舌を噛み砕いて喉を詰まらせ自害しても良いとさえ思う。

 これから与えられようとしている悲惨な運命に、アランは抗う気配を見せない。
 だがその時、悲壮な叫び声が室内に響き渡った。
「そんなこと、する必要ないわ!!」

 驚いた美春が声の主を見つめる。
 それは、涙で濡れた顔を、やっとのことで上げたグレースだったのだ。
「独房なんて必要ないの! このまま放っておけば、アランは三カ月と持たずに死んでしまうわ!!」







人気ブログランキングへ




もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第19章1(切り捨てられる秘書)】へ  【第19章3(虐げられた者の哀願)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第19章1(切り捨てられる秘書)】へ
  • 【第19章3(虐げられた者の哀願)】へ