理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第19章3(虐げられた者の哀願)

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 衝撃的な言葉を叫び、小さくしゃくり上げながら、グレースはぽたぽたと涙を流し続けた。
「……わたしが……、わたしがアランに薬を渡して、定期的に服用させなければ……。アランの身体は三カ月と持ちはしない……」
 溶け落ちてしまいそうなほど潤んだ瞳がレインへ向けられる。彼女は助けを乞うように、瞳でレインにすがった。
「……あなたはそれを、誰よりも知っていますよね……。レイン副社長……」
「ああ、もちろんだよ。君は兄さんの監視役だ。兄さんの様子以上に、僕は兄さんの体調を聞き尽くした。三カ月どころじゃない……、君が傍から離れれば、兄さんは自分で薬を服用することはなくなる。……一カ月、持つか持たないかだろう」
「なら、どうして……!」
 グレースは大声で叫びたいのだ。
 ならばなぜ、自分をアランから引き離そうとするのかと。
 アランを孤立させてしまえば、彼は自分の体内を蝕み続ける魔物と戦うことなく、その身を滅ぼしてしまうであろうことはレインだって分かっているのに。
 グレースが悲しく思うのはそれだけではない。
 政府の監視下に置けば、これ以上アランは勝手なことを出来なくなる。研究も生きる希望もすべて取り上げられ、彼はただ朽ち果てて行くだけだろう。
 確かにアランは非道な男だ。だが、研究者としての彼がどれだけ優秀であり、自分の研究に心血を注げる男であるかも、グレースはよく知っている。奴隷のように扱われながらも、彼のそんな姿に、彼女は惹かれ続けずにはいられなかったのだから。
 研究という生甲斐さえも取り上げてしまったら、彼に何が残る。
 本当に、ただ野たれ死ぬのを待つだけではないのか。
「憎まれていてもいい……。どんな扱いを受けてもいいから……。わたしを、アランの傍に置いてください……。彼を、殺さないで……」

 グレースは、ハッと何かを思いついたかのように紗月姫へ目を移し、床に座り込んだまま身体を向ける。そして、床に両手をつき、深く頭を下げたのだ。
「お願いします、わたしを、アランの傍に置いてください!」
 それはまるで、土下座だった。
 グレースは覚えていたのだ。アランが、一に強いた無体を。愛する者のために、床に頭をこすりつけ願いを乞うこの形を。
「お願いします! 彼を殺さないで……。アランが、顔を見せるな近寄るなというなら、顔を見せません、近寄りません。でも、傍にいて、彼の薬の管理だけはしたいんです!」
 それは切実な願いだった。
 毎日微妙に変わる症状によって、薬の種類や分量を変えなくてはならない。彼の傍にいるグレースだからこそできることであり、アランへの想いがあるからこそ、その仕事は絶対に欠かすことはない。そして彼の身を案じているからこそ、症状や体調についての報告もレインへ怠ることはなかった。
 当初、秘書交換の案が出た時、この役目を美春に引き継がねばならないかもしれない可能性をかなり迷った。それなので、学が交換に応じる気がないと知った時、色々な面でかなり安堵したのだ。
 美春がアランの妻になっても、自分が離れることがなければ薬の管理は続けられる。そのうちに、美春が分量の感覚を覚えたら、役目を譲ってもいいと。
 だが昨日、アランに『お前はレインの元へ行かせる』と言われ、愕然とした。
 グレースがいなければ、自分自身の身が危ういことをアランは知っているはずなのに……。
 更に紗月姫の登場に伴うアランの失脚で、グレースの希望はことごとく打ち砕かれる。
 アランが独房に閉じ込められてしまえば、迎えるべきものは確実な“死”だ。
 レインだって、それが分かっているだろう。兄が心配で、グレースに毎日の報告を義務付けたのがレインなのだ。
 研究者としては天才的な兄を、なんとか更生させられないか。なにか人のためになる大きな希望を研究の中に見出してくれはしないか。それを願い、兄の体調管理をグレースに託し続けた。
 なのにそんな彼さえも、アランからグレースを引き離し、独房で野たれ死ぬことを容認したというのか。

「お願い……、アランを……死なせないで……」
 グレースの身体は、いつの間にか学へと向いていた。
 ――野たれ死ぬよりも辛い日々を与えた彼へ……。
 踏みつけられるのも覚悟で、彼女は懸命に頭を下げ続ける。

「お前が……、そんなことをする必要はない……」
 そんな彼女に言葉をかけたのは、誰でもない、アラン本人だ。
「これは、お前が望んだ結果だろう? 僕がお前を憎む? ――僕を憎んでいるのは、お前のほうだろう、グレース。一族を破滅させ、十七年間にわたって、僕はお前を虐げ続けた……」
 アランの言葉に、グレースはやっと顔を上げ、両手を胸で握り合せた。
「お前は、もう自由なんだ。僕の奴隷なんかじゃない。好きに生きろ」
「……アランの……、傍にいたい……」
「憎んだ男が野たれ死ぬ姿を、そんなに見たいのか? 仕返しのつもりか? お前としては笑いが止まらないだろう」
「アラン……そんな……!」
 この期に及んでアランは蔑みの態度を見せ、グレースの想いを鼻で笑う。再び悲しみで崩れ落ちてしまいそうになったグレースではあったが、彼女の横に膝立ちで屈んだ美春がその身体を支えた。
「大丈夫よ。アランは、あなたを憎んだりしていない」
「……ミハル」
「憎むどころか、あなたを大切に想っているはずよ」
 グレースは言葉なく美春を見つめた。アランが自分を大切に想ってくれているなど、彼の傍に付かされてから一度も思ったことはないのだ。
「グレースが、アランを大切に思い、きっと愛情を持っているんだっていうことは、見ていて分かったわ。だってあなたは、いつだって自分よりアランのためにしか動かず、どんな無理なことだってアランのためにしかものを考えなかった。ただの秘書や、ただの奴隷じゃ、そこまでできないわ。“ご主人様”を愛していなくちゃね」
 そこまで口にして、美春は傍に立つ神藤を見上げ「ねっ」と目配せをして見せる。可愛らしい冷やかしに微笑んで見せた神藤ではあったが、刹那、紗月姫が照れ臭そうに視線をさまよわせてしまったことには、気づいていただろうか。 

 束の間和む気持ちのまま、美春はアランに目を向けた。
「あなただって同じでしょう? アラン、あなたが愛してるのも、本当に欲しいのも、私なんかじゃない。……あなたはずっと、グレースの心が欲しかったはずよ……」







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