理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第19章4(癒し姫が導く希望)

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「つまらないことを言うな……。ミハル……」
「つまらなくなんかないわ」
 気分を害したと言いたげに、アランは険しい表情を作る。
 だが、そんな様子には怯まない。美春はにこりと笑顔を返す。
「ねえ、アラン。あなたがグレースを被験者として使ったことがないのはなぜ?」
 決定的な質問。それは、アランが行う無差別な人体実験の話を聞いてから、ずっと思っていたことだ。
「自分の研究のために、周囲にいる人間を気分次第で被験者にしてしまうあなたが。実の弟さんにまで手をかけたことがあるのに。条件を付けて学から奪い取るほど欲してくれた私でさえ、そのうちのひとりにしようとしたのに……。一番近くにいて、誰よりも蔑み従わせているグレースを、一度も被験者にしたことがないのは、なぜ?」

 彼女を“奴隷”だというなら。
 蔑み、利用するだけの“物”と同じだというなら。
 被験者としてその身体をボロボロにしようと、彼は何も感じないはずだ。
 彼女を本心から憎んでいるなら、そのくらいは簡単にできただろう。自分自身を“悪魔”だと言ってしまうような男なのだから。
 だが彼はそれをしなかった。
 一度も彼女を被験者としたことはない。レインにも言っていたではないか。「内側から壊すような真似はしていない」と。
 自分の研究を管理しているから。有能な秘書だから。そんな言い訳は通用しない。
 アランがグレースを蔑んでいるという態度の裏にあるのは、哀しみだ。
 本心から欲している彼女を手に入れられない、自分自身への哀れみなのだ。
 アランやグレースと接し、その気持ちの欠片に触れることで、美春にはその切なさが手に取るように感じられる。心に響いてくる。
「アランは、グレースを傷つけたくなかった……。心や、女性としての彼女を虐げても、命に関わる本質的なものだけは守ろうとしたんでしょう? “悪魔”のくせに」
 セリフの最後に皮肉を込め、美春はクスリと笑い、そして視線を下げているグレースの顔を覗き込んだ。
「ねえ、グレース。……アランは、病気だから薬を服用している、のではないわよね?」
 美春の問い掛けに、グレースは下唇を噛んだ。答えて良いことかどうか迷ってしまったのだ。
 彼女が答えなくとも美春は困らない。最適の回答者に話を振れば良いだけなのだ。
「レイン副社長、……あ、“社長”とお呼びしたほうが良いですか?」
「いいや、まだ現行通りで結構だよ。会社でも、まだ公にはしていないことだ」
「では、お訊ねいたします、副社長。――アランは、自分自身を被験者にしているのですよね?」

 視界の端で、アランが目を逸らすのが確認できる。レインからの回答はなくとも、それだけで美春の言葉は肯定されたも同然だ。
「被験者を無差別に選定していたとはいえ、いつでもそんな都合の良い被験者が周囲にいるわけじゃない。一度だけの投与ではなく、投与し続けて経過を観察しなくてはならない研究だってあるはずだもの。研究用の動物を使うこともできるでしょうけど、アランはきっと人体というものにこだわっている。彼のしてきたことを考えるなら、傍にいるグレースを使うところなんでしょうけど、アランには彼女を人体実験には使いたくない特別な想いがある。……ならば、どうするか。……自分の、身体を使うしかなかった」
 ひと通り自分の考えを口にして、レインと視線を合わせる。彼はゆっくりと頷き、美春の推測を肯定してくれた。
「兄さんの身体はね、様々な試薬の影響でボロボロなんだ。体内に後遺症を残しているものもある。毎日薬で解毒し改善させ体調を整え症状を改めながら、やっと生きている状態だ。グレースの言う通りなんだよ。彼女を遠ざければ、兄さんは一カ月も持たない。――僕が、毎日彼女とコソコソ連絡を取り合っていたのは、そんな兄さんの体調を、知りたかったからなんですよ」

 最後の言葉を、レインはアランに向けて話しかける。「毎日コソコソ話している」という意味深な思い込みは、誤解だと知らしめるために。
 グレースと話すのは、もちろん仕事の報告的なものもある。だがそれ以上に、アランの体調を把握しておきたかったのだ。
「報告を受けながら、ずっと、この機会を待っていました」
「失脚する機会をか?」
「失脚までは考えていませんよ。でも、兄さんを仕事から引き離したかったんです。社会的な体裁なんかもあって、なかなかそんな機会を窺えずにいました。ですが、今回のことで、やっと兄さんを仕事から引き離すことができます」
 アランは怪訝な表情を更に曇らせた。失脚を狙っていたのではないのなら、彼を仕事から引き離したがっていた理由が分からない。

「グレース」
 レインは、美春に支えられやっと体を起こしているグレースに目を向ける。絶望と止まらない涙で虚ろになっている瞳へ笑いかけ、小さく首を左右に振った。
「君と話していたことが、やっと実行できるよ。まだまだ、君の力を借りることになる」
 グレースは僅かばかり首を傾げる。ずっとレインと相談してきた事柄はあるが、今の状態でそれを実行することは、最早不可能なはずだ。
「君と、ずっと相談をしてきただろう? 身体を少しでも改善させるために、兄さんに集中した治療を受けさせたいって。今回、兄さんが仕事を離れることで、それが実行できるんだ。葉山専務のお陰だよ。彼が、すべての手引をしてくれた」
「だって、アランは……」
 紗月姫の話では、アランは“独房”に入れられるのではなかったのか。
 政府の監視下で、死を待つだけの身分になるのではなかったのか。
「だから、兄さんが言うように、僕は君を引き受けるわけにはいかない。君には今まで通り、兄さんの傍で彼の監視と管理をしてもらわなくちゃならないんだ」
 虚ろな目が見開かれる。話の行方に希望が見えてきたのを悟り、美春も息を詰めた。

 グレースと同じように、アランも驚きの表情を見せる。
 その横顔を凝視して、学が重い声を発した。
「――――ただで死なせないぞ……。アラン……」







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