理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第19章5(死より過酷な神の決裁)

 ←第19章4(癒し姫が導く希望) →第19章6(切ないほどの愛しさを抱いて)


 重たい、地を這うような声だった。
 アランの罪の重さを表すかのように、学は戦慄さえ覚えさせる深い声で告げる。
「死にたいだろう? 失脚し、研究さえ取り上げられ、手に入れたかった女までも傍から離されて……。放っておけば、アンタは独房に入った瞬間、自ら命を絶とうとするに違いない。……けど、残念だな、お前は絶対死なせない」

 静寂が走った。
 グレースも泣くのをやめ、美春を始めとした誰もが、アランを睨みつけ対峙する学を見守った。
 “悪魔”に決裁をくだす、“神”の姿を。

「お前が入れられる“独房”は、小さな独立した建物だ。そこの半分は、研究室になっている」
「研究室?」
「お前はそこで、十七年前を含め、お前が行った悪魔の所業で傷付き苦しんでいる人たちを救うための薬の開発に、心血を注いでもらう」
 考えたこともない話に、アランは瞠目する。
 それはグレースや美春も同じだった。
「死ぬのは容易い。辛く苦しい思いも、腐りかけた身体も、すべて捨ててしまえる。――だが、冗談じゃない。そんな楽な結末をお前に与える気なんかない。お前には、死ぬより過酷な人生を生きてもらう。地獄を見せた者たちのために、そんな者たちを救うために、尽力してもらう。……生きろ、アラン。生きて、罪を償え!」

 学はゆっくりとグレースへ視線を移す。そこにいつものポーカーフェイスはない。ただ想い人の身を案じる、ひとりの女性がいた。
「だから、アランを死なせないためにも、あなたにはアランの傍にいてもらわなくちゃならない。今まで通り薬を与え、療養させ、彼の身体を改善に向かわせながら、彼の行動を監視する。……絶対に死なせてはならない。とても、重大な役目ですよ」
「絶対に……死なせないために……?」
「そう、たとえ彼が自ら命を絶つことを望んだとしても、それを絶対に食い止める。彼を生かして、研究を続けさせ、人を救うことで罪を償わせる。……それが、これからあなたが、一生をかけてする役目ですよ」
「一生……」
 優しい役目ではない。これからアランが行くのは、外界から隔離された独房だ。そこでグレースは、彼とふたりきりで、彼の監視と指導を行わなくてはならない。
 悪魔と驕った男は、狂気を秘めた人間だ。そんな男とふたりきりで、ずっと……。

「できるね。グレース」
 学がとる確認。だが、グレースに否定の言葉などは許されない。彼は「できるか?」と問いかけたのではない。「できるだろう」と決定づけたのだ。
 これは、監視役でありながらアランの行いを黙認した、グレースへの決裁だ。
 彼女もアランと同じ。この一生の役目を負うことで、今まで手にしていたすべてを失う。
 大企業の社長秘書という、地位も名誉も、今まで築き上げてきた、社会的なものはすべて。

「……十七年前のようだわ……」
 だが、グレースに悲愴な陰は見当たらなかった。彼女はポツリ呟き、美春の手から離れてゆらり立ち上がる。そして皆が見守る中、バーカウンターの中へ入って行ったのだ。
 カウンターの下から革張りのアタッシュケースを取り出し、カウンターに置く。ケースを開き何かを出し始めた彼女を見つめて、ずっと傍観者になっていたさくらはハッとした。
 そのアタッシュケースや中に見えるアルミケースは、さくらがサプリメントだと言われ発症促進剤を渡された時に、グレースが持っていたものなのだ。
 自ずとその中が、すべて薬品であることが分かる。それもアラン専用の。
「大きな薬箱ね」
 さくらが声をかけると、薬の選別をしていたグレースの視線が動く。
「早く、その薬箱が小さくなることを、祈っているわね」
 それは、アランの症状が改善していくことを願うという意味にとれる。さくらの気持ちを悟り、グレースは切なげに微笑み頭を下げた。

 言葉はない。
 だがそれだけで、謝罪の気持ちがさくらに伝わってきた。

 倒れ込むように、アランはソファに身体を落とす。
 いきなり襲いかかったこの予想外の展開は、彼に混乱をさせる余裕も与えない。
 頭の中が真っ白になりそうだ。動くことどころか考えることさえ億劫なほど、酷い倦怠感を覚えていた。
 それは、自分の運命が急展開したからではない。早朝からの激しい感情の動きに身体の機能がついてこられず、パニックを起こしそうになっているのだ。
 胸部全体が押し潰されるように苦しい。血圧が下降しているのが分かる。頭が、焼けただれるのではないかと思うほど熱かった。
 冷や汗が浮かぶ額を押さえ俯いた彼の前に、氷が入ったグラスが差し出される。視線だけを上げると、目の前にグレースが膝立ちになり、顔を覗き込んできている姿があった。
「朝食前のお薬よ。……今朝は、ちょっと慌ただしくて辛そうだから、メンタル面のものを増やしてあるわ。飲んだら少し休ませてもらいましょう?」
 彼女が持つ小さなプラスチックトレイには。多種類の錠剤が乗ったシャーレが置かれている。これが毎朝グレースが行う仕事なのだろう。これがあるからこそ、アランはその身体を維持できていたのだ。

 いつもと変わらない、むしろいつもより活き活きとしたグレースを見つめ、アランは胸が押し潰されてしまいそうな気持に駆られた。
 長年感じた覚えのないこの感情の名を思い出しかけた時、グレースが、今の気持ちそのままに無邪気ささえも感じさせる明るい笑顔を見せたのだ。
「嬉しいわ、アラン。またふたりで一緒にいられるのね」

 ――――時間が、止まった。

 止まった時間は、アランの中で逆流を始める。
 十七年前の、あの日へ。
 ルドワイヤン家敷地の離れ。使用人も滅多に来ることを許されない小さな建物。
 アランを監視するため、十五歳のグレースがやってきたあの日。
 笑顔を封印した彼女に恐れられ怯えられ傅(かしず)かれて、心のよりどころを失った絶望で彼を狂気に走らせたあの日。
 ――――だが、最悪の思い出は塗りかえられていく……。
 今、グレースがくれた言葉も笑顔も、その心も……――あの日、アランが欲してやまなかったものではないのか。

 自分だけに向けてくれる無垢な笑顔。
 心から自分だけを求め迎え入れてくれる彼女の心が、彼は、欲しかったのだ……。







人気ブログランキングへ




もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第19章4(癒し姫が導く希望)】へ  【第19章6(切ないほどの愛しさを抱いて)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第19章4(癒し姫が導く希望)】へ
  • 【第19章6(切ないほどの愛しさを抱いて)】へ