理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第19章6(切ないほどの愛しさを抱いて)

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「……グレース……?」
 十七年経って、やっと、心から欲しかったものが手に入ったのではないのか……。
「笑って……くれるのか……」
 言葉を出すのも辛い倦怠感の中、アランは額を押さえていた手をグレースへと伸ばす。笑顔で上がった頬に指が触れると、彼女はくすぐったそうにはにかんだ。
「昔と同じね、ふたりきりで隔離されるのは。嬉しいわ、これからも、ずっとアランといられる……」
 こみ上げる想いに、嗚咽感が彼女の笑みを崩す。それが泣き顔に変わりそうになった瞬間、笑顔を失わんとするアランがグレースを抱き締めた。

 突然の行為だ。そのせいで、グレースが持っていたコップもトレイも、彼女の手から落ちてしまった。
 水はアランのズボンを濡らし、薬は床に散乱する。いつものアランの前でこんな不始末をしでかしたなら、気絶するほど辱めを受けるところだ。薬ひと粒落としたとて、必死に探すことだろう。
 だが、今のグレースは動けない。
 彼女を抱き締めるアランの腕が、その身を拘束し離さないからだ。
「アラン……」
 そして、グレースも動こうとはしなかった。アランの腕がとても温かく心地良い。こんな優しい抱き方をされたのは、まだ彼と仲の良い幼馴染でいられた頃以来ではないのだろうか。
 幸せな気持ちが全身に満ちてくる。あの頃、ただアランが好きだという気持ちだけで一緒にいられた純真な気持ちが。
 心のすべてで求める真実の想い。グレースは、心のままにそれを口にした。
『――――ずっと……、一緒にいてね……』

 さっきから感じていた、胸が押し潰されそうな気持。
 その正体を切なくなるほどの愛しさなのだと悟り、アランはグレースを渾身の力で抱き締め続けた。
 朝の薬を服用してない彼は、身体自体が酷く衰弱している。この状態での渾身の力ではたかが知れているが、それでもアランは、グレースが身動きをできないほどの力強さを見せていた。
 もう二度と、逃がしたくはなかったのだ……。
 一生取り戻すことは叶わないと思っていた笑顔を。恋い焦がれ、求め続けた少女の心を。この腕から逃がしたくはなかった。
 美春から得た、大切な人のために自分を奮い立たせる気持ちを、アランは我が身で知った気がする。

 抱き合うふたりを見つめ、紗月姫は哀切な笑みを漏らした。
 グレースが心から発したのであろう言葉が胸に刺さる。引き裂かれそうになった愛する人を、もう二度と離さないと願う気持ち。
 ――ずっと、一緒にいてね。その言葉を、彼女も口にしたことがある……。

 チラリと顔を覗かせる同情心。
 それが、紗月姫の厳しさを緩和した。
「ムッシュ」
 ふたりを見つめたまま、紗月姫はレインへ呼びかける。
「更生治療プログラムは、きっとうまくいきますわ。彼の状態を見て可能ならば、早いうちにあなたのような親族が面会ができるよう、手配しましょう」
 レインは紗月姫の両手を取り、自分の胸でキュッと握り締めた。
「感謝致しますマダム。貴女は本当に素晴らしい女性だ」
 彼が心から喜んでくれているのが分かる。過剰なほど情熱的に握り締められた両手に少々困った笑みを見せながら、紗月姫はレインに本心を問うた。
「貴方は、本当にお兄さん思いだわ。酷い目に遭わされたこともあるというのに。憎んではいないの? アランを」
「兄は、素晴らしい頭脳と意欲を持った人ですよ。ただ、その使い方を間違っただけだ。おかしな考えさえ起こさなければ、とても楽しくて優しい兄なんです。幼い頃は、いつも僕の悪戯を庇ってくれました」
「まぁ」
 不意に聞かされた可愛らしい昔話に、心和む紗月姫はクスクスと笑いだす。しかしその時、いきなり身体をグイッと引かれ、レインから両手を引き離された。
「お嬢様、“最後のお客様”が到着しております。どうぞ別室へ」
 神藤だ。口調はいつも通り冷静だが、瞳の奥で不機嫌なグレーが揺れている。紗月姫はキョトンッとするが、その原因は間違いなくレインが紗月姫の手を握っていたことだろう。
 それを察した学と美春が、ほぼ同時に噴き出した。
 そしてその行為は、今までアランとグレースの動きを見守っていたふたりの視線を出会わせる。

 重なった視線は自然とふたりを微笑ませ、学は美春に、美春は学へ手を伸ばし、お互いを引き寄せて、そして、強く抱き合ったのだ――――。

「……おかえり、美春……」
 感動しているのだろうか。トーン高めに響く学の声が、くすぐったく嬉しい。
 学の腕の力強さと、プールに飛び込んだ余韻でまだ湿っぽいスーツを感じながら、美春は強く強く彼にしがみついた。
 何よりも、誰よりも、大切な人に。
「まなぶ……っ……、ただいまぁ……」
 出す声がことごとく震えてしまう。自分が泣いてしまう寸前であると悟るが、それを止めることは出来なかった。
「学……、迎えに来てくれて、……ありがとぅ……」

 抱き合う我が子を前に、さくらは嬉しそうに微笑む。だが大介は少々照れ臭い。目の前で愛娘のラブシーンを見せられているのだから、無理もない話だ。
 背後で微かに鼻をすする音を耳にしたさくらは、くすりと小さく笑って振り向かないまま小声で訊ねた。
「ハンカチ貸しましょうか?」
 見ずとも自分の状態を悟られてしまった櫻井は、さくらが気を遣って振り向かないのを良いことに、そのまま天井を仰ぐ。
「いいえ。大丈夫です」
 不覚だ。他人の再会シーンなどを見て感情が動かされてしまったのは、初めての経験だ。照れ臭さでいっぱいの櫻井ではあったが、通信をそのまま継続しているヘッドセットから、大きくしゃくり上げる声が聞こえ、須賀も同じ気持ちなのが分かり今度は彼がクスリと笑った。

「学君は、本当に凄い男だな」
 相変わらず抱き合うふたりを見ながら、大介が呟く。それを耳に、さくらも呟いた。
「当然よ。一さんと私の息子ですもの」
 視線はふたりを見据えたまま、学に若かりし頃の一を重ね、彼女は息子の未来を見る――。
「学は、葉山の跡取りです。誰がそれを否定しようと、本人が拒否しようと、それは変えられないの。……あの子には、葉山一の血が流れているのだから」







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~ Comment ~

NoTitle

こんにちは!
 アランも本来のアランに戻るみたいで良かった。
 アランとグレースには幸せになって欲しいしね!
 学君も美春ちゃんも在るべき場所に戻ったし・・・
 あ~~、神藤さん、変なとこでヤキモチ焼いちゃって、今夜のお仕置き決定かな?
 ラストが近づいてきているのでしょうね。
 さびしいなぁ~~
 次回の更新楽しみだけどちょっと複雑です。

MIDORIさんへお返事です(9/10)

MIDORIさん、こんにちは!

兄弟の確執も解決して、ルドワイヤン家も平和になりそうです。
アランとグレースは、これから試練は待っていますが、ふたりでいれば、きっと大丈夫ですよね。

残りの19章、問題になるのは学君の問題ですね。
それもこれから解決編のお話になります。

お楽しみ頂けますように。^^
コメント、ありがとうございました!

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