理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第19章7(和解と癒しと…発情は後で!)

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 学と美春もそうだが、アランとグレースも抱き合ったまま離れない。
 こうなってしまうと、この部屋にいるもうひとカップルは、イラつきながらも羨ましくなってしまう。
 紗月姫の気持ちを悟ったというわけではないが、レインはそっとグレースの肩を指先で叩いた。
「本当に申し訳ないね、グレース。もう一度、兄さんの薬を調合しておくれ。すべてこぼれてしまったから、何をどうしたら良いのか僕では分からないんだ。兄さんも薬を飲めば今より身体が楽になるだろう? それからなら、いくら抱き合っていても良いから」
 ゆっくりとアランから離れたグレースは頬を染める。役得とばかりに珍しいその可愛らしさを見送ったレインは、憔悴した中にも穏やかな表情を見せるアランの前に屈んだ。
「兄さんも、薬を飲んだら少し横になってください。気分が良くなったら朝食にしましょう。この部屋にはすぐに監視が入りますが、荷作りは僕も手伝います」
 まるて憑き物が落ちたかのようにも感じられる目で、アランはレインを見る。
「……お前……、僕を憎んではいないのか……?」
「嫌いだという感情を、すべて憎しみで片付けないでください。僕は本当に、研究者としての兄さんを尊敬して育ったんです。だから、ラファラン一族の件があった時は、ショックでショックで堪らなくて気が狂ってしまいそうだった。それで兄さんに、掴みかかったりもした……」
 尊敬していた人間が犯した、罪の大きさに対する憤り。
 ラファラン一族崩壊の一件で憤怒したのは、アランが思っていたような理由ではない。彼はてっきり、レインがグレースを好きだからだと思っていたがそうではないのだ。
「――すまなかったな……、レイン……」
 溜息と共に吐き出されたような謝罪だった。だがレインは、それでも嬉しかったのだ。目の前にある兄の顔は、いつも憎々しげに自分を睨みつけていたものではない。
 幼い頃、悪戯ばかりしていた自分を、そっと両親から庇ってくれていた兄の顔だ。あの頃が戻ってきたような気がして、アランと同じブラウンの瞳が潤んだ。

 もう一度薬を用意するためにバーカウンターに入ったグレースだが、嬉しくて心が弾み、そのせいでアルミケースを開く手も震えてしまう。
 薬の調合を間違うわけにはいかない。落ち着こうと一度大きく深呼吸をしていると、さくらが声をかけた。
「ミス・グレース」
「あ、……はい」
「スイスへ帰る前に、水出し紅茶の作り方を覚えて行ってね。ゆっくりとしたい時、作って飲んでちょいだい。あっ、シロップを入れるのも忘れないで」
 水出し紅茶は、アランとグレースが初めて葉山製薬を訪れた日、さくらが作って出したものだ。グレースだけではなく、そのまろやかな飲み心地に、あまり紅茶を飲まないアランでさえ魅了されている。さくらは癒しのアイテムのひとつとして勧めてくれたのだろう。
 そんな彼女の心遣いに感謝を表すように、グレースはとても女性らしい綺麗な笑顔を見せた。

 一族の安定と金銭がらみの事情で、ひとりの男性の元へ行かされたという似た境遇を持つ、さくらとグレース。
 愛され幸せな生活を送るさくらを羨む気持ちを持ったこともある。アランなどは、グレースがさくらを羨み憎しみを抱いたのではないのかと察し、さくらに促進剤を与えることを決めてしまったのだから。
 だが、グレースはもう不幸ではない。
 一生、愛する男性の傍で、その人のために笑っていられる幸せを手に入れたのだから。

 ――――だが。
 そんな外野の動きも雰囲気もお構いなし。
 学と美春はといえば、すっかり自分たちの世界だ。抱き合ったまま、お互いの体温に酔っている。
「……まなぶ……」
「ん……?」
「すきぃ……」
 うっとりと可愛らしく美春に囁かれては、学の辛抱などあってないようなものだ。彼は美春の身体を抱いたまま顎を掬い、唇を近付けた。
 しかしふたりの顔の間にタイミング良く手が挿しこまれ、鮮明に刻み込まれた恋愛線に唇が付きそうになったところで学の動きは止まる。ムードたっぷりのふたりを現実へ戻し、にこりと笑んだのは神藤だった。
「申し訳ございません。学様、美春様、“ソレ”は後ほどに。発情なさるのは、もう少々お待ち下さい」
 発情などと言われては、美春は閉口してしまう。しかしもちろん学は怯む陰も見せない。
「この場で発情してもいいくらい気分的には盛り上がってるんだけどな。どのくらい我慢したら良いんだい?」
「そうですね。もうおひと方との話し合いがつくまでです」
「もうひとり?」
「はい。既に別室でお待ちです。話が早いか遅いかは……、学様次第かと……」
 学にとっては予定外の話だ。
 行動の流れはヘリの中で打ち合わせ、完全に決まっていた。アランとグレースの説得に成功したら、あとはふたりの帰国準備が済むまで、紗月姫のお付きや統括本部のSPが部屋を監視する。その後、辻川の私設飛行場からスイスへと戻ることになっているのだ。
 これ以上の登場人物は予定に組み込まれてはいない。予定外の人物との話し合いなど初耳だが、どうやら紗月姫の予定にはあったらしい。
 話し合いが早く済むか済まないかは学次第。それだけで、待っているもうひとりの人物が誰なのか分かる気がする。
「……やっぱり……、直接話合わなくちゃならないのか……」
 苦笑いが微かにひきつる。まったく予想していなかったわけではないのだが、やはりいざとなると気持ちは高まり緊張感が増す。
 学にとっては、ロケットランチャーを振り回して派手なアクションをとるより難解だ。
 彼はこれから、“会長”と対峙しなくてはならないのだから。







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