理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第19章9(破り捨てられる絶縁)

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「信悟君の意地悪……。真正サドっ」
 叩かれた背中をさすりながら、亡き母の口癖と私的感情を混ぜたセリフを吐く信に笑いを誘われながらも、学は彼に問いかけた。
「田島……、どうしてお前ここにいるんだ? すぐに書類の手続きに入るって……」
「そのつもりだったんだよ。……だけど、会長室でいきなり拉致られて……」
「……誰に?」
 訊かなくてもこの状況から察するに分かりそうなものだが、敢えて訊く。予想通り、信は無言で隣に立つ信悟を指差した。
 ということは、信悟も早朝四時から葉山製薬で待機をしていたということになるが、いったい何のためにいたのだろう。
 だが考えるまでもない。考え付くのはひとつだ。
 学は信から視線を流す。微塵も慌てる様子を見せず、ゆったりとソファに座って面白い余興を見るかのような顔で学を眺めている一を。
 信悟がこんな時間から会社にいたのは、一に呼び出された以外にない。
 真夜中に入ったメール。それも、早朝会社に来てくれという呼び出しが、決して普通の用件ではないということを一はすぐに見抜いたのだろう。
 呼び出し人は信だ。学の件が頭を埋めている時に彼から呼び出しを受けたとあれば、彼の属性的に用件は見当がついてくる。
 そこで一は先手を打った。
 どんなに信が生まれ持ったその英知を披露しようと、それを説き伏せるのが可能である人物を呼んでおいたのだ。

 一が学の辞表を受理し、葉山家と絶縁する旨を書いた念書と、相続人排除に関する書類を確認しサインをする。その作業を経て、信は学に「完了」という返事をしているはずだ。
 そう考えると、信悟が現れたのはその後だということになる。
 書類関係は揃っている。一の確認も終了している。ここで信悟が入り込んだとて何ができるのか。

 雰囲気から、美春にもこの場で話し合われるべき事柄の予想はついた。
 学が美春を助けに来られたのは、葉山家や会社とは縁を切ったからこそだ。一はそれを認めたのだろう。それなのにこれ以上、何を話し合うのだろう。
(学の困った顔が見たくて……、とかじゃないわよね……)
 一ならば有り得る。学の横で考えあぐねる美春に、その一当人が声をかけた。
「美春ちゃん」
「あっ……、はい、何でしょうか、お父……」
 “お父様”と言いかけて言い淀む。さくらの時も迷ってしまったが、今この呼び方は適切ではないのだろう。
 戸惑う美春に、刹那、寂しそうな表情を見せるが、一はすぐにいつもと変わらない口調で話しかけてきた。
「ご苦労だったね。この仕事では色々と辛いことのほうが多かったろう。君には大変な決断をさせてしまった。会社のためという部分もあったと思う。ありがとう」
「いえ……、そんな、……もったいないです……」
 改めて言われると、照れ臭くて視線が下がる。会社のためと言おうか学のためと言おうか。とにかく気持ちのままに行動に出た結果なのだ。
「しかし、何とか解決を見たようだ。また、専務秘書として頑張ってもらうよ」
「え?」
 驚きに顔ごと視線が上がる。確かに正式な退職願などはまだ提出していないので、美春は葉山の社員なのだという位置づけにあるのかもしれないが、“専務秘書”と言われてもいったい誰に付けというのだろう。

「あの……、“専務”とは……」
「いるだろう。横に」
「え?」
「隣にいるだろう」
 隣に顔を向け、見上げる。そこにあるのは、まさかとばかりに少々驚く学の顔だ。
「あの……、でも、学は……」
 この期に及んでからかっているのだろうか。一の真意を確認すべく慌てて反論しようとしたが、美春の言葉は、一がいきなりソファから立ち上がったことで止まってしまった。
「ああ、分かった分かった、困っている原因はこれだろう」
 一はスーツの内ポケットから白い封筒を取り出す。それに一番見覚えがあるのは学だ。なんといっても、一が持っているのは彼が書いた辞表なのだから。
「学」
「……はい」
「悪ふざけが過ぎる」
 次の瞬間、一はその辞表をふたつに破った。

 驚きに声を出す間もなく、それは彼の手によってどんどん小さく破り続けられ、まるで紙吹雪かのように小さな姿にされテーブルの上に散らされたのだ。
「それと、これも不要だ」
 続いて一がテーブルから取り上げたのは、絶縁状の念書と相続人排除に関する書類だ。彼はそれらも小さく破り捨ててしまった。
 手に残る紙をすべてテーブルへ落とし、一は鼻で息を抜きチラリと学を見る。
「考えてみれば、お前には幼い頃反抗期というものがなかった。だがな、二十四にもなって今更第一次反抗期か? 遅すぎるだろう。みっともないぞ学」
「……お父さん」
「明日は、レイン氏が担当者として正式な提携契約が結ばれる。当社の担当者であるお前がそんなことをしていてどうする。事は解決したんだ、それも、良い方向でな。お前が、こんなくだらないことをする必要はもうない」
「……ですが、手続きは成立して……」
「――するはずがないでしょう」
 一との会話に入り込んだのは軽笑を含む声。学に言葉を止めさせたのは信悟だ。彼は相変わらず横で渋い顔をする信の背中をポンポンッと叩き、僅かに優しさを見せる。
「実際のところ、信は良い仕事をした。念書から相続人排除に関する書類まで、申し分はない。だが、こいつが作成した今回の書類は、法的にすべて無効ですよ」
 信悟によく似た目が、父を睨(ね)めつける。彼なりの自信を持ってした仕事だ。それを否定されては任せてくれた学にも面目が立たないではないか。
 だが、もちろん信悟はそんな息子の反抗にひとかけらの戸惑いも見せはしない。それどころか、指に噛みついてくる小動物を見るかのような目で息子を愛でると、口元だけで笑った。
「お前が作った書類には、私の承認がない。まだ正式な弁護士ではないお前が、正式な法を扱おうとするなら私を通さなくてはならないのに、一番大切な最終段階が抜けている。――それが、どういうことか分かるな?」







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