理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第19章10(この大きな理想を追い越すまで)

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 ギリッ……っと、信が奥歯を噛みしめる音が聞こえてくるようだった。
 今まで彼が学からの“仕事”で正式な法的手段をとる場合、後ろに付いていたのはもちろんこの田島総合法律事務所であり、所長である田島信悟だ。
 表社会から裏社会まで、様々な情報を手に入れられていたのも、この大きな後ろ盾があったからに他ならない。
 そして、それはまた、“田島”という名前があったお陰でもある。
 葉山家歴代の当主を法的にサポートしてきたことから、信悟が一に対してやってきたことを同じように信も学に対してやっている。それが分かっているだけに、信悟は学からの仕事であれば、法的手続きがある場合でも信を信用してノータッチのまま承認してきた。
 だが、今回はそういうわけにはいかない。
「私は、一坊ちゃんの仕事をしなくてはならない。たとえお前が学君の仕事を持ってきたのだとしても、そこに一坊ちゃんの利益不利益が絡んでいるなら、黙って承認してやることはできないんだよ」

 承認されない書類は正式なものとして認められない。
 法的効果のない絶縁状も同じだ。例え一がサインをしていようと、立会人として、まだ弁護士の資格を持たない信と、実績のある信悟ではどちらが相応しいか。
 適任者として認められた者が、サインをした現場や経緯を確認していないのなら、絶縁状さえも無効だ。

「信悟先生」
 喉の奥で笑いを堪えながら、一は信悟に忠告を促した。
「こういう場面で『一坊ちゃん』はやめませんか?」
 身内だけの話し合いだからと、いつものように気負いのない呼び方をしたのだが、どうやら少々問題があったらしい。一が視線で教えた先にいる美春が、俯き気味に肩をすくめ、両手で口を押さえて笑いを堪えている。
 ここは笑う場面ではない。考えられるには、明らかに彼の呼び方が原因だ。
「失礼、“会長”」
 苦笑いで今更な訂正を入れる信悟だが、もうひとり、いつの間にか椅子のひとつに座り傍観者を決め込んでいた紗月姫がクスクスと笑いだした。
「良いではありませんか一伯父様。私の父だって、引退した当家執事の父親にはいまだに『坊ちゃま』と呼ばれておりますわよ」
「それは良いことを聞いた」
 笑顔で返す一の心中には、もちろん今度紗月姫の父である辻川の総帥に会ったら、「坊ちゃま」と呼んでやろうかというちょっとした悪戯心があるのだ。
 そんな楽しげな気持ちを連れたまま、一は反撃の隙を与えられず茫然とするしかない学に話を戻す。
「まあ、というわけだ。無駄に小難しいことは考えるな。お前は“葉山学”であり、“葉山グループ跡取り”だ。――それで良い」

 悠然と笑みを湛える一を前に、学は自分と同じく茫然とする信に視線を移し、そして横で様子を窺う美春と視線を合わせた。
 何とも複雑な表情をする学を見て、美春は嬉しそうに引導を渡す。
「“負け”、認めたら? “学坊ちゃま”」

 心の中で意固地なほど固まっていたものが、スッと抜けて行くような気がした。
 美春の笑顔が、力を抜くことを勧めてくれている気さえする。
 彼女に釣られて口角を緩めると気持ちが楽になり、スルリと本音が零れた。
「母さんに、……お茶会、呼んでもらえそうだな」
 その時、とても芳醇な紅茶の香りが鼻腔をくすぐった。
 見れば、紗月姫の傍らで神藤が人数分の紅茶を淹れ始めている。紗月姫の指示なのか彼の独断なのかは分からないが、実に良いタイミングだ。 

 紅茶の香りと美春の笑顔に癒されながらも、まだどこか複雑な表情を消しきれない学。
 そんな彼の気持ちが分かったのだろう。美春はポンッと彼の背中を押した。彼女に促されるように、学の足が前に進み一の前で停まる。
 こんな大きな出来事にも動じない父。どうあがいても自分の負けを認めざるを得ない状況に、学の表情は照れ臭そうに和んだ。
「お父さん。申し訳ありませんでした」
「理解したならそれで良い。お前がいなくなったら、さくらが悲しむ。そんなことは許し難い事態だ」
「――――お父さんは、……やはり、俺の理想です」

 素直に謝罪し、そして父を称える。
 媚びているのではない。それは学の本心だ。
 これだけでも父親冥利に尽きるところだろう。だが学の気持ちはここで止まらなかった。

「今は貴方に敵いません。けれど俺は、きっと、あなたを超えて見せますから」

 幼い頃から、ずっと父が目標だった。彼に追いつきたいと思った。
 だが学は、その目標の前で誓う。
 追いつくのではなく、理想としたこの人間を、追い越す男になろうと。

「第二次反抗期の始まりかしら?」
 楽しそうに呟く紗月姫の言葉を聞き、神藤は微笑んで、一と学の紅茶に花の細工が施された可憐なティーシュガーを多めに添えた。

 頼もしい笑顔を見せる学を見つめ、一は嬉しさが湧き上がってくるのを感じる。
 息子が自分を超えると宣言している。それは、考えようによっては脅威ではないのか。
 だが一は、そこに学の成長と葉山家の未来を見たような気がして、気持ちのままに破顔した。
 これほど嬉しそうな笑顔を見せてくれた父を見るのは初めてだ。
 不覚にも、学の瞳が涙に滲む。

 彼が涙を浮かべていることに気づけたのは、美春だけだ。
 背中を向けていたって、彼の気持ちは伝わってくる。
 シンクロするふたりの気持ちが、美春にも暖かい涙をもたらしていたのだから。

「運命は、変わりませんでしたね」
 紗月姫の傍らに跪き、ティーカップのソーサーを持つ神藤が呟く。その言葉に対して、紗月姫はティーカップをふと止め、唇を柔らかな曲線に変えた。
「変わるはずがないわ。あのふたりが背負う運命の愛は、変わることのない宿命の元で廻っているのだもの」

 ふたりの愛は永遠。
 決して変わらないもの。
 それさえも、軌道を変えるかと危ぶまれた、波乱に満ちた一カ月間。
 運命の十日間が、穏やかに過ぎて行こうとしていた――――。






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後書き
こんにちは。玉紀直です
第19章、今回でラストとなります。

美春を奪い返した後に続く問題。アランの罪、グレースとの関係、兄弟の確執。
それらを解決した後、最後に残ったのが学の問題でした。
葉山の法の番人が登場し、学と信の小細工は、良い意味でひっくり返されましたね。
そしてすべて元通りです。

第20章は、おそらく完結章になります。
提携契約日の一日がメインになるのですが、その日に、ふたりがとても大切な約束事を実行してくれますよ。

どうか最後までお付き合いくださいね。
宜しくお願い致します。


*第20章は10月7日からになります。






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直さん、こんにちは(^^)
18&19章、執筆お疲れ様でした。
いやぁ〜。爽快でした‼︎たまっていたものが一気に爆発した感じ?(なんかエロい?(笑))
美春ちゃんも無事奪還され、アランとグレースのいい笑顔も見れました。良かった、良かった〜(/ _ ; )
一さんと信悟さんの方が一枚上手でしたね。修行しましょう(笑)

来週、いよいよラスト、20章!それぞれのカップルのラブラブっぷりを期待してます(≧∇≦)ありがとうございました!

みわさんへお返事です(10/3)

みわさん、こんにちは!

18&19章、お読み頂き、有難うございました!
現在第20章連載中ですが、お読み頂けているかな……。ドキドキしてます。(*^^*)

18&19は、私も本当にスッキリしました。
ここを書きたいがために、いままでがんばったんだ!!!! って、ひとりで力んじゃいましたよ。(笑)
一さんと信悟さんに、若者ふたりにお灸をすえてもらい、、もう、書いてて幸せでした。(←止めてください)

最終章も残りわずかですが、頑張ります!
どうかどうか、最後までお付き合い頂けますように。

コメント、有難うございました!

 
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