「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使・企画SS集

●『私の大切なお嬢様・Gとの初対面・編』(思いつきSS)

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 ――――これはいったい、何だろう……。
 目の前に存在する生物を、紗月姫はジッと凝視した。
 辻川邸リビングのテラス。専属パティシエが精魂込めて作ったフルーツタルトでお茶を楽しんだ後、ヴァイオリンの講師がやってくる時間に合わせて席を立った。すると、テラスの端でカサカサと動く小さな物体を見つけたのだ。
 大きさはそれほどでもない。例えるならバッタ程度だろうか。黒光りした茶色の身体。長い触角を動かしながら、複数本の足で歩いている。
(カブトムシ……かしら……)
 逸脱した才媛と誉れの高い辻川財閥の御令嬢。だが、こんな“昆虫”と思われる生き物を見たのは四年間生きてきて初めてだ。
 くるぶし丈のワンピースの裾をテラスの床に広げてしまうという、何ともお行儀の悪い姿で屈み、紗月姫は未知の生物を眺める。彼女の真剣な眼差しに慄いたのか、普段見つめられることなどない虫自身も驚いて動きを止めた。
 実物を見たことこそなかったが、いつか辞典で見た節足動物門昆虫鋼分類群・ゴキブリ目の昆虫ではないのだろうか。

 ただ眺めていた紗月姫ではあったが、興味に惹かれて小さな手を伸ばす。彼女の行動に驚いたかのように、虫の触角が大きく揺れた。
 しかしその瞬間、彼女の身体はふわりと浮き上がったのだ。
「いけませんよ。こんな所に屈んでは。何をしておいでです」
 小さな紗月姫を人形のように片腕に抱き上げたのは、彼女のお世話役である神藤だ。まだ十六歳ではあるが、その大人びた様相と落ち着きのありすぎる雰囲気から、二十歳くらいともそれ以上ともいわれ、たびたび年齢不詳の噂が立つ。彫りの深い綺麗な顔を最大限心配げに歪ませ注意を促すが、そんな彼に紗月姫は、キョトンッと可愛らしい目をキラキラとさせ、謎の生物の存在を神藤に伝えたのだ。
「不思議な虫がいたのよ。カブトムシかと思ったわ」
 紗月姫の視線を追った神藤ではあったが、その虫を確認した瞬間、彼は一瞬の迷いもなくスーツのポケットからハンカチを取り出し、片手でパンっと広げて素早く虫を掴み取った。虫にとっては、逃げる間もない、
「見せてっ、神藤」
「駄目です。いけません」
「どうして? 見たことのない虫だったのよ」
 いつも自分の希望は何でも聞き入れてくれる神藤が、厳しい顔で否定をする。それが悲しかったのか、紗月姫の表情は寂しげに沈む。神藤は慌てて口調を柔らかく変えた。
「あんなものを見ていては、お嬢様の目が汚れます」
「汚ないモノなの?」
「コレ自体に醜悪なイメージがございます。お嬢様の目に映すには相応しくありませんっ」
「カブトムシみたいだったのに……。ではなぜ、私に見せてはいけない虫が邸内にいるの?」

 紗月姫の疑問に、神藤は根本的なものを悟る。
 彼の眉がキュッと寄り不快を表す。紗月姫を片腕に抱いたまま急ぎ足でリビングを抜け、壁際で控えていたメイドに無言のままハンカチを渡すと、包まれたモノの正体にメイドが吃驚する姿を歯牙にもかけず、ドアを開け放って良く通る厳しい声で叫んだ。
「至急、駆除班を!!」

 *****

 ――そして……。
 辻川邸内、一斉害虫駆除が実施された。
 元々不審物はネズミ一匹入り込めないといわれている屋敷は、更にクリーンに保たれたのだ。
 この一連の顛末に、神藤は満足げに呟く。

「私の大切なお嬢様に、醜悪なものを見せるわけにはいきませんから」

 こんな、忠誠心といおうか、ただの溺愛心というおうか、とにかく、お嬢様至上主義のお世話役が傍にいるせいで……。
 知識に長け、知らないものなどないかのように英知溢れる紗月姫も、実際、その実物を見た経験がないものが多数あるらしい――――。




     『私の大切なお嬢様・Gとの初対面・編』
     *END* 
紗月姫ちゃんG初対面   神藤さんG対決
  *挿絵 nao 様




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