理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第20章1(ふたりきりの休息時間)

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「あーあ、やられたな……」
 今更言ってもしょうがない。けれど、口に出さずにはいられない。それは、彼の正直な気持ちなのだろう。
「やっぱり、敵わないんだよな……」
 セリフは口惜しげであるのに、その口調は穏やか。
 ある意味、彼は嬉しいのだ。
 ――父に敗北したことが……。

「なぁに? 慰めて欲しいの?」
 ちょっと意地悪な口調でわざと訊ね、美春はクスクスと笑う。膝に乗る学の頭をポンポンッと撫でて、敗北に落ち込んでいるわりには自信で高々としている綺麗な鼻梁をクイッと摘まんだ。
「痛ーいー」
 不服の声と共に悪戯な手は掴まれる。そのまま大きく引き寄せると美春の上半身は倒れ、ちょっと上半身を浮かせた学と唇同士が触れた。
「“俺が”落ち込んでるんだぞ。慰めろ、馬鹿」
「ふーんだっ、いばりんぼっ」
 もしもこの場に信がいたなら、「ふたりでやってろ」と言い残して出ていってしまうだろう。喧嘩腰のやり取りではあるが、セリフからは想像もつかないほどふたりの間には甘ったるい雰囲気が漂っているのだ。
「当然だ」
 学は両腕を伸ばし、美春の頭を引き寄せる。
「一生、威張ってやる」
 唇が重なると、美春も学の頭に両手を添えてそれに応えた。

 ホテルリゾート・マニフィーク・ヒル。ラグジュアリー・スイートの一室では、やっと元の形に戻ったふたりが穏やかな時間を過ごしていた。
 一時間ほど前この部屋では、本物の理想を手に入れている先駆者と、これからその理想を追い越していかなくてはならない追撃者の一騎打ちがあった。
 言うまでもなく、抵抗の隙も与えられずに着いてしまった勝負。
 一枚も二枚も十枚もうわてだった父親たちの前で、学と信は自分たちの未熟さを認める他なかった。

 いつか、この人を追い越すと、心に決めて――――。

 話はつき、軌道はすべて修復された。芳しい紅茶で場の面々がひと息つき、空気が和んだ絶妙のタイミングを計ったように、神藤が退室の先陣を切ったのだ。
「睡魔に挑発を受けていらっしゃるお嬢様を見ているのは、限りなく心苦しいばかりでございます。一様、先の退室をお許しください」
 場を仕切る一の許可を待つことなく、彼は椅子に座っていた紗月姫を手慣れた様子で抱き上げ頭を下げる。
 昨日から今日の奪還劇を楽しみにしていた紗月姫は、心を躍らせるあまりほぼ睡眠をとってはいない。ヘリを降りた際、何気なく訴えていた眠気を神藤は懸念したのだろう。
 駄目だと言っても、神藤が紗月姫のためにしようとしている行動を取りやめるはずなどないではないか。一は快く従者の嘆願を快諾する。
「構わないよ。眠気に憂う華を愛でるのも楽しくはあるが、そんな悪戯心を起こしたのなら闇夜の背後が怖い。ゆっくり休ませてあげてくれ。神藤君も、ほぼ眠ってはいないのだろう? どうせだから一緒に休むと良い。ついでに子守歌のひとつでも歌ってあげてくれ」
「有難い御提案を頂戴いたしました。お嬢様のお許しが頂けましたら、そのように」
 そして微笑んだまま感謝を示し一礼をする神藤を見て、美春はおかしくなってしまった。
 もしも退室の申し出をしなくてはならない相手が一ではなく学であったなら、おそらく彼も同じ意味合いの言葉を返していたことだろう。
 ただし、その言い方には天と地ほどの違いがあったと思われる。
『構わないよ。眠くて半べそかいてる紗月姫ちゃんっていうのも興味はあるけれど、そんなものを見た日には誰かさんから闇討ちにされそうだからね。神藤さんも付き合って寝ていないんだろうから、一緒に朝寝でもしたら? あ、一緒にっていっても、御奉仕は子守歌くらいで留めておいてくれよ。余計に眠れない事態になりかねないから』

(お父様、圧勝)
 心密かに一へ軍配を上げる。しかし、そうからかいながらも学は、きっと紗月姫を気遣いアフタヌーンティーのプレゼントをふたり分用意するに違いないのだ。
 手に取るように分かる彼の紗月姫に対する感謝の気持ちを思うと、判定は逆転する。
(やっぱり、学の勝ちっ)
 美春としては、贔屓せずにはいられない。

  紗月姫と神藤が退室をすると、すぐに一のスマホが鳴った。第一秘書代行の柵矢だったらしく、話を終えて一は苦笑いを見せる。
「スケジュールが押しているらしいので、私は社に戻る。柵矢さんは、怒らせると意外に怖いのでな。……まあ、さくらほどではないが……」
 最後にサラリと入った本音を聞き、噴き出しそうになった学と美春だが、まさかそんな態度を見せるわけにもいかない。ただ信は噴き出しかけたようで、ちょうど飲みかけていた紅茶でむせ返ってしまい、信悟に痛いくらい背をバンバンと叩かれるという、いささか乱暴な介抱を受けた。
 ソファで並んで座り、「笑いそうになっちゃったね」と面映ゆい笑顔を交わし合う学と美春を微笑ましく見つめていた一は、ふたりに寛大な計らいを下したのだ。
「この部屋はこのまま使っていて良い。今日は、お前たちもゆっくりと休みなさい。この一カ月、特にここ十日近くは、身体だけではなく心も酷く疲労したことだろうからな」
「ありがとうございます。お父さん」
 余計な遠慮はせず、一の気持ちを受け取り学が立ち上がると、美春も続いて立ち上がり頭を下げた。
 これだけならば“優しい社長の心遣い”で済んだのだが、もちろんそれだけで終わるはずがない。
「レイン氏の帰国予定から考えても、契約書の取り交わしは明日になるだろう。時間調整などは櫻井君に頼んでおく。――まだ、この仕事は終わったわけではない。気を抜かないように」
 口約があるとはいえ、書類の取り交わしはまだ行われてはいないのだ。本当にホッとするのはまだ早いと、一はふたりを抑止した。
 改めて背筋を伸ばすふたりを見て、一はクスリと笑み立ち上がる。それに合わせ、信悟も立ち上がり学へ向き直った。
「では“専務”、明日の契約時は私が同席致します。後学のために、あなたの右腕も同席させようと思いますが、宜しいですか?」
 敗北を思い知らされたばかりで、どうも居心地の悪い言われかただ。「信悟君の意地悪っ」と心の中で呟きつつ、学の返事を待たずに信も立ち上がる。
「是非、同席させて頂きます。“所長”」
 ムキになるつもりはなかったが、ついつい口調が強くなってしまった。指の腹で眼鏡の下をクイッと上げた信悟に失笑されてしまい、その悔しさのまま、彼は報復を決意する。
(明日の朝、母さんの仏前に手を合わせる時、絶対父さんの“息子苛め”を告げ口してやるっ)
 ささやかではあるが、これが彼の精一杯だ。
 そんな思いを胸に、信も学に声をかける。
「オレ、ちょっと涼ちゃんに連絡を入れてくるよ。ひと段落ついたら連絡をするって約束なんだ」
「ああ、分かった」
 連絡だけならば、ここからしても良いだろうと思うのだが、信は一や信悟と共に部屋を出て行ってしまった。

 ――――そして、一時間あまりが経ったのだ……。






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後書き
 こんにちは。玉紀直です。
 長く更新のお休みを頂きまして、申し訳ありませんでした。
 第20章、スタートさせて頂きます。

 穏やかな雰囲気から始まりました第20章は、第19章のラストから繋がっています。
 やっとふたりきりになれる時間までの経過ですね。紗月姫と神藤、一や信悟、信も退室し、束の間、ふたりだけの休息タイムです。
 このまま一日中まったり……といきたいところですが、そうもいかなかったりします。(笑)
 とはいえ、第20章はこんな雰囲気で穏やかに進んでいきます。以前の活報にも書きましたが、おそらく最終章になると思います。
 どうぞ最後まで、お付き合いくださいね。

 宜しくお願い致します。




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