理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第20章3(ふたりきりのバスタイム)

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「そういえばお前、月曜日の発表、どうするんだ?」
 美春を鑑賞しているついでに涼香が目に入ったから、というわけではないが、学はふと気がかりなものを感じた。
 来週月曜日には、信の二回試験合格発表がある。発表が開示されるのは、司法研修所の掲示板だ。
 わざわざ見に行かなくとも、合否の結果は受験者に郵送される。だが、合格発表日と翌日に分けて発送されるため、すぐに知りたい場合は直接見に行くしかない。
 信は見に行くと言っていたのだが、涼香を連れていくのかが不明だ。
 合格は間違いないと言われている彼のこと、心配はないと思われるが、やはり自分の目で確認すれば感動もひとしおだろう。
 合格発表を確認したその足で弁護士協会へ赴き、登録を済ませ、彼は修習生バッジから、向日葵のモチーフに秤をあしらった弁護士バッジを手に入れる。そしてすぐに、涼香と入籍をする予定なのだ。
 一連の流れをスムーズに進めるためにも、そして、合格の感動を共有するためにも、涼香を同行させたほうが良いのかもしれないが、身重の彼女を一日中動き回らせるのも酷ではないか。
「うーん、涼ちゃんは行きたいって言うし、オレも一緒には行きたいけど、一応、体調を見て決めようかと思ってる。早急に用事だけを済ませて帰ってきてから、ふたりで入籍しに行ってもいいし」
「辻川の総帥に頼んで、確定している合否の確認をもらうか? お前、総帥に気に入られてるみたいだから、ふたつ返事で三十分とかからず調べてもらえるぞ」
「や……、やめてくれ……。あんまりたくさんあの人に恩を作ったら、後が怖そうだ……」
 決して間違いではない返事をしてから、信は照れ臭そうに頭を掻く。当日を控え、“入籍”という言葉が現実味を帯びてきたからだ。
「……悪いな、葉山。……オレが先で……」
 チラリと学へ視線を向け、信はどこか遠慮がちな態度を見せる。今の状態を考えると無理もない。
 どちらかといえば、信よりは学のほうが、何事においても先を走っている印象だ。立場的な力関係から言ってもそうだろう。学生の頃、ママチャリ競争では学に負けたことはなかったと時々笑い話のように自慢することもあるが、入籍という一大イベントに関しては、いささかなりと気が引けてしまうのが本音だ。
 最後の目標にしていた大きな仕事が成功を収めようとしているのだから、学と美春だってすぐにでも結婚式の計画を立て始めるだろう。今年に入って、学は常々「絶対今年中に美春と結婚する」と宣言していたのだから。
 それでも、信が先になってしまったということで、僅かにでも悔しさを感じているのではないだろうか。そう思ったのだ。
 だが学は、そんな信を見て無言のまま腕を組み、右手を顎の辺りに当てて毎度お馴染みのポーズをとった。そして、ニヤリと笑んだのだ。
 それは、悔しげな表情や残念がる瞳ではない。いつもの、不敵な笑みだ。
 信は一瞬、ゾワリッとした嫌な予感を覚えた。

 *****

 美春もそうだが、学も彼女の匂いに関しては敏感だ。
 何といっても、相手が電話に出た瞬間に、匂いで美春であるかどうかが分かると自負しているほどなのだから。
 今朝、彼女に近づいた時から、いつもとは違う匂いが混じっていると感じていた学は、ここにきてやっと、その原因が分かった。
「ああ、これか」
「何が?」
 湯に濡れ浮かぶ栗色の髪。それをひと房手にとって、学は唇をつける。
「シャンプーの匂いが違ったんだ。この香りは、このホテルのアメニティーのシャンプーだよな」
 バスルームのバスタブで身体を寄せ合うふたり。学が足を伸ばしてもまだ余る大きさは、湯に身体を沈めた瞬間からぴったりとくっついているふたりには必要のないほどの広さだ。
 膝に乗せた美春を後ろから抱いていた学は、髪を再び湯に放ち、その手で彼女の顎を支えて振り向かせた。
「ここに来てからバス使ったのか? 昨日来てからすぐ倒れたって聞いてたけど」
「朝、使わせてもらったのよ。汗だくになってたし。拭いただけじゃサッパリしないし」
「ひとりで?」
「当たり前でしょう。グレースさんには、寂しいなら櫻井さんも一緒に、とか冗談にならない冗談でからかわれちゃったけど」
「入ったのか!?」
「入るわけないでしょうっ! 櫻井さんが怒っちゃうわよ!」
 夜中に計画を練り、櫻井はずっと寝たふりをしていた。部屋の様子は須賀の監視の元、休みなく見えていたはずではないか。もしも櫻井が一緒になどという間違いがありそうなものなら、学より先に須賀が大騒ぎだ。
「でも……、美春、櫻井さんと一緒に寝てたよな……。一緒にタオルケットにくるまってさ。床で」
「あの時はしょうがなかったのよ。……って、なにやきもち妬いてるのっ」
「うーっ」
 ちょっと拗ねた顔を作る学に、しょうがないなあと感じつつも、美春は面映い気持ちになる。彼のこんな顔を見られるのも美春の特権だ。
「じゃぁ、学も後で一緒にお布団でくるまろうね」
 顔を傾けられ固定されたまま伸び上がり、美春は学の唇にチュッと音を立ててキスをする。そう言ってから、今更ながらに気付いた。
「そういえば、話し合いが終わる時は紗月姫ちゃんと神藤さんだけが対象になったけど、学や田島君だって昨夜はあまり寝ていないんじゃないの?」
「ん? ああ、『あまり』っていうか、全然寝ていないかな。……田島も、書類を作っていてくれた関係で寝ていないと思う」
「眠いでしょう? 学、寝ていいよ」
 美春としては気を遣ったのだ。彼女は昨日からたっぷり眠っているので今のところ眠気はないが、軽く食事をとり、ゆっくりと湯でリラックスをした後では、さすがの学も睡魔の手を取りたい誘惑に駆られるのではないか。
「眠れるわけないだろう」
 だが彼女の心とは裏腹に、学は不服を口にする。
「念願の美春が、こんなにピッタリくっついているのに」
「じゃぁ、どうするの? 寝ないの?」
「寝るよ。眠くなるくらい疲れるまで美春に触ってから」
「ちょっとぉっ、病み上がりなのよ、私」
 ふたりで声を上げて笑い合うと、今度は学から美春の唇に触れてくる。首を傾けるのがもどかしくなったのか、美春はキスをしたまま身体を反し、学の膝に横座りをして正面から抱きついた。
「……タフだね、学は」
「美春が絡めば、俺は不死身ですよ。撃たれたって生き返ってやる」
 笑っても良い冗談だが、笑えない。実際、似たようなことが何度もあったからだ。
「同じような“不死身”でも、さすがに今日は、あのふたりも寝ちゃってるわよね」
「あのふたり? ああ、紗月姫ちゃんと神藤さんか?」
「うん、そんなふうには見えなかったけど、紗月姫ちゃんもだいぶ眠かったらしいし。それに付き合っていたんじゃ、神藤さんも眠いでしょう?」
「分からないぞ。紗月姫ちゃんが絡めば、神藤さんも超人的にタフな人だからな。眠るどころか、ふたりでイチャついているかもしれない」
「やーねっ、なによそれ」
 美春が楽しそうに笑うと、調子に乗った学はキュッと大袈裟に彼女を抱き締めた。
「だからーっ、俺たちもイチャつこっ」
「もーっ、調子いいんだからー」
 自分たちのことに繋げて、冗談のように終わらせてしまった紗月姫と神藤の話題ではあったが……。

 ――――これが、あながち冗談ではなかった……。







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