理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第20章9(ふたりきりのプロポーズ)

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「そういえばお姉ちゃん、今日は帰ってくるのかなぁ」
 ふと思いつき、つけ汁から目を離した瞬間、隣に座る晶香に汁椀へ刻みネギを大量に投下され、一真は一瞬固まった。
「晶香ちゃん、入れすぎ」
「え? おネギ美味しいよ。普通入れるでしょう、このくらい」
「普通はこの半分だよ。これじゃぁ薬味を食べているみたいだろう?」
 晶香としては悪気なくやったのだが、一真には少々不評のようだ。だが改めて見てみると、彼が持つ素麺用つけ汁の器には薬味の刻みネギがこんもりと盛り上がってしまっている。
 明らかに調子に乗りすぎてしまった。晶香は苦笑いと誤魔化し笑いを混合させるが、そこは一真のこと、彼女を責めてそのままで終わるはずはない。彼はテーブルの中央に置かれた補充用の汁瓶を取ると、自分の器に倍の量を注ぎ入れたのだ。
「これで、ネギは適量。薬味のショウガを入れすぎたかなって思ってたからちょうど良かったよ。ありがとう、晶香ちゃん」
「……かずまくん……」
 彼の、どこか怪しいふんわりとした優しさにキュンっとしてしまうのはいつものこと。
 甘い雰囲気で見つめ合うふたりだが、このままもっと甘くなるわけにはいかない。残念ながら、この場にはそんなふたりを見つめる傍観者たちがいるのだ。
 なんといっても、ここは光野家のダイニング。一真と晶香の他に、大介とエリも同じテーブルに着き、四人でお昼用の素麺をすすっていたところなのだから。
「なんか、あれと同じこと、私、若い頃大介に言われた覚えがあるわ……」
「そうだっけ?」
「うん、でね。あとでネギ味の濃いキスをされるんだけど、『からい~』って文句を言おうものなら、『ネギ入れすぎた人のせいでしょ』って笑われたのよね。……絶対に一真もやるわよ。ホント、大介そっくりよねぇ」
 遠回しに意地悪だと言われているような気がして、大介は苦笑いだ。女性というものは、つくづく余計な細かいことを覚えている生き物だと思う。
「でも、あれだな。昨日はしょうがないとして、今日はどうだろうな。契約日だし、やっとひと息ついたからゆっくり休もうってことで帰ってくるんじゃないか」
 少々願望混じりの言葉を口に、素麺を箸で摘まみ上げる大介。彼としては神経を擦り減らすような忙しさが続いたので、愛娘が自宅でくつろぐ姿を見て和みたいところだったのだろう。
 しかし、そんな父の希望を、エリはあっさりと打ち砕いた。
「んー、今日も無理だと思うわよ? 帰ってくるなら、明日辺りじゃないかしら。報告も兼ねて」
「報告?」
 父と母の会話を盗み聞き、美春の話となれば一真も聞き逃すわけにはいかない。甘い雰囲気からよそ見をしている自分を誤魔化すために晶香の肩を抱き寄せ、彼はエリへと視線を移す。
「だって、今日は“記念日”になるんだもん」
「記念日?」
 同じ目でキョトンッとする夫と息子を見比べ、エリは嬉しそうに美春そっくりな微笑みを浮かべた。
「美春はね、今日、“お嫁さん”になるの」

 *****

 婚姻届。
 もちろんその存在は知っているが、実物を見たのは初めてだ。
 美春は渡された薄い用紙を、穴が開くほどに見つめた。
 これは本物なのだろうか。いや、偽物であるはずがない。第一、既に学の名前がシッカリと書かれ、捺印までされている。空欄には美春が直筆で名前を書くのだろう。彼女の印鑑も既に押されていることから、周到な準備を感じざるを得ない。
「……こ、これ……」
 美春は慌ててつつ何度もその紙を見返した。上から下まで。隅から隅まで。
「あとは美春の名前を書くだけだ。それで、その書類は完成だよ」
 確認を繰り返す美春の目が止まったのは、保証人の欄。婚姻届には、保証人というものを二名立てなくてはならない。仲人や共通の友人などを立てる場合が多いようだが、そこには、さくらとエリの名前があった。
 どうやら、母親同士はこの件を知っているらしい。
「こんな物……、いつ作って……」
「用紙自体は以前から持っていたんだ。昨日、襲撃をかける前に全部書いて紗月姫ちゃんに預けた。美春を取り返したら、保証人には田島でも櫻井さんでも誰でも良いからなってもらって、さっさと届け出るつもりだったんだ。――まあ、計画が玉砕したんで、変更になったけど」
 美春はまだ呆然としたまま、やっと書類から視線を上げ学を見つめた。
「母さんとエリお母さんに名前を書いてもらってくれって、田島に頼んで、今日会った時に受け取った。……母さんたちは、ずっと小さな頃から俺たちの関係を見守っていてくれたから、お願いするのは一番相応しいと思った」
「学……」
「ふたりには、電話でちゃんと説明をしてあるよ。良い意味で叱られた。『決めるのが遅い!』って。……本当に遅くなった。……けれど、これを届け出れば、事実上、俺と美春は夫婦になれる」
 
 じわり……と、美春の瞳が潤み、湧き出してきた想いに手が震える。書類をシワにしてしまわないうちに、美春はそれをたたんで胸に抱いた。
「美春……」
 学は俯きかけた美春の顎を掬い、彼女を見つめる。
「待たせてごめん。ずっと、長いこと一緒に頑張ってくれて、ありがとう。……美春がいてくれたから、俺は俺でいられる。いままでも、そして、……これからも……」

 こんなに嬉しい言葉をかけられているのに、泣いてはいけない。
 そう思っているのに、美春の瞳は藍色に潤んだまま、ぽろぽろと涙を流し始めた。

「俺は、“お前にとって”完璧な男になれたか?」
 こくり、と美春が頷く。
 彼女の涙につられそうになりながら、それに耐え、学は口元を和ませた。
「じゃあ、目標達成だ」
 ゆっくりと唇が近付く。
 そして、学は口にしたのだ。
 ――――幼い頃の、誓いの言葉を。

「愛してるよ。……結婚しようね」

 美春の瞳は決壊したかのように涙を零し、嗚咽混じりに「うん」と承諾を口にする。
 そしてその唇は、強い強い唇付けを受けた。

 唇を重ねながら、ふたりの脳裏に甦るのは出会いの春。
 美春は二歳になったばかり。学はもうすぐ三歳になる、あの春。
 いったい、誰に想像ができただろう。
 そんな幼いふたりが将来の約束をしあい、そして今、それを叶えようとしているなど。
 惹かれあった幼い想いは本物。ふたりはその想いを貫き通し、やっと、すべての意味において結ばれようとしているのだ。

「結婚式は先だけど、その前に、美春と結婚したかったんだ。ほら、嘘じゃなかったろう? 『今年中に結婚する』って」
「強がりだと思った」
「これで、入籍は誰よりも先だ。田島より、一真より、紗月姫ちゃんより。皆の結婚式には、“夫婦”として出席したいもんな。須賀さんの結婚式でも、夫婦で仲人できるぞ」
「見栄っ張り」
「ん? 知らなかったのか?」
「誰よりも知ってるわよっ」
 学に涙を拭われながら、美春は微笑む。学は助手席のドアを開けて、彼女を中へ促した。
「さあ、行こう。今日は入籍記念日になるな。結婚式の日が、結婚記念日だ」
「この先、どっちの記念日でお祝いするの?」
「両方に決まってるだろう。美春と喜びを分かち合える日は多いほうが良い」
「そんなこと言ったら、学は一年中記念日にしそうだね」
 助手席へ座り、クスリと笑んで出たセリフは半分冗談だったのだが、直後、学が本気で考えてしまいそうな素振りを見せたので、美春は慌てた。
「まっ、学! 早く行こうよ! 私、早く学のお嫁さんになりたいんだから!」

 こんな言葉に、学が張り切らないはずがない。
 ふたりを乗せた漆黒のレクサスが、今のふたりのような眩しさを放つ光の中へ、飛び出して行った――――。





**********
*明日、20章ラストです。残すはエピローグを含め二話となりました。
 最後まで、どうぞ宜しくお願い致します!

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