理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

エピローグ~愛の欠片 そして未来へ~

 ←第20章10(愛しいあなたと永遠の愛を) →*あとがき・お礼*


「白百合……?」
 少年が足を止めたのは、階段の下り口に置かれたフラワーテーブルの前。大きな花瓶に飾られた大輪の白百合の花束が原因だ。
「こんなの、いつ……」
 昨日は、学校の帰りに父親の会社へ赴き、母方の祖父である薬学博士の元で薬学の勉強をしてきた。
 なかなか突き詰めた内容になり帰宅が少々遅くなったのだが、自室へ戻るためにここを通った時には違う花だった覚えがあるのだ。
「その花、昨日会社へいらっしゃったお客様から奥様にって戴いたお花だそうです。第二秘書の櫻井さんが持ってきてくれたんですよ。旦那様と一緒に出張先へ行っている奥様に確認をとったら、邸に飾ってくれって言われたそうです」
 立ち止まった少年の様子を見て、先に階段を一段下りてしまっていたスーツ姿の男が説明をしながら振り返る。ガタイの良い三十半ばの男は、姿勢も良く体育会系だが、滑舌が良く笑顔は爽やかだ。彼は少年の専属運転手、兼、ボディガードを務めている。
「そうなのですか、有難うございます。柳原さん」
 少年はにこりと笑い、本来この家の使用人である男性にも、奢ることなく礼儀正しい態度で接する。
 そんな少年の態度を見るたび、柳原仁志は、この葉山家現当主の若い頃にそっくりだと微笑ましくなるのだ。
 白百合をジッと見つめる少年は、眉目秀麗を絵に描いたかのような相貌だ。切れ長で鋭い眼差しを見せる際の瞳は父親譲りだが、花を愛で慈しみ優しげに変わるそれは母譲りだ。
「華恋(かれん)に……、やろうかな……」
 ポツリと呟いた後、少年は速足で階段へ向かう。
「柳原さん、この百合、五本くらいまとめてください。今、持っていきます」
「辻川の御令嬢にさしあげるんですね?」
 どうやら少年の行動は珍しいものではないらしい。当然とばかりに言い当てられ、少年は一瞬立ち止まるが、十五歳という思春期ながらに反抗をすることもなく素直な笑顔を見せた。
「ええ。とても綺麗な白百合なので。きっと、彼女に似合うと思うんだ」
 私立西海学園中学の制服を見目良く着こなした葉山魁(はやまかい)は、ひとり階段を下り始めた。

 今や巨大グループ企業となった葉山グループの会長を祖父に持ち、研究開発においては世界トップクラスといわれる葉山製薬の社長を父に持つ魁は、葉山直系の長男であり、跡取りだ。
 幼い頃より神童と呼ばれた頭脳とその容姿は父譲り。そしてそこに裏表のない品行方正さと癒し系の優しさが加わった、まさに両親の良いところだけを取って付けたかのような少年なのだ。
 だがそんな彼も、思春期ともなれば大人の感情が芽生えてしかるべきもの。
 魁が柳原にさえ見破られてしまうほど頻繁に花を贈る相手は、彼の再従妹(はとこ)に当たる少女だ。
 巨大組織、辻川財閥の令嬢、同級生で幼馴染の辻川華恋(つじかわかれん)。

「華恋、百合とか好きだもんな……。前に百合園に遊びに行った時、はしゃいで可愛かったなぁ……」
 ひとりになった瞬間に華恋を思うと、つい“地”が出る。だがすぐエントランスにメイドたちの姿が見え始め、魁は“いつもの彼”に表情を戻した。
「ごきげんよう、皆さん、行ってまいります」
「行ってらっしゃいませ、魁様!」
 清々しい挨拶に返されるのは、気持ちの良い見送り。こうして彼は、若き日の父と同じように“良い子”であり続ける。
 魁が華恋に恋心を抱くのは当然だ。
 彼女の前でだけは、彼は“素”に戻れるのだから。

「お兄様遅い!」
 黒いBMWの後部座席を覗いた瞬間、魁を迎えたのは不服を訴えるとても可愛らしい声。
 声の主は先客。同じ中学の制服、ただし一年生である旨を表す学年章バッジを襟元に付けた少女。
 サイドアップされたミディアムロング。白い肌に、美人というよりは可愛らしい顔立ちなのは母親似だ。だが、時折見せる彼女らしくはない鋭い目つきは、おそらく父親譲りだろう。
「花音、十分も待ったんですよっ」
 車に乗るのが遅いと責めはするものの、彼女は魁が乗り込むとその腕に抱きつき可愛らしい声を出した。
「お兄様がいないと、寂しいです」
 葉山花音(はやまかのん)は魁の妹。ふたつ年下で中学一年生だ。「お母さんの小さな頃にそっくりね」と祖母たちから言われるほどの器量良しだが、ひとつ、救いようのない問題点がある。
「ごめんね、花音。ほら、階段の所に綺麗な白百合があっただろう? 華恋に持っていってあげようかと考えていたんだ」
「華恋さん?」
 笑顔でありながら、ぴくり……っと花音の眉が動く。想い人の名を口にしてニコニコとする兄に、この胸に渦巻く嫉妬心を悟られまいと、彼女も笑顔を維持し続けた。
「よ……、喜びますよ、きっと……」
「そうだよね」
 魁は気付かない。花音が右手に掴むシートベルトが、今にも引き千切られんばかりの力で引かれていることを……。
 ――彼女は、かなりのブラコンなのだ。

 幸せな笑みと生温かい笑みが交差する兄妹の視界に、同じBMWだがグレードの高いタイプが入り込んできた。
 葉山邸の正面へ停まり、運転席と助手席から颯爽と出てきた男女を見て花音は目を輝かせる。
「お父様! お母様!」
 手元のドアを急いで開き、魁を置き去りにして車を飛び出したのだ。
「お帰りなさい! いつスイスからお戻りになったんですか!?」
 子犬のように全身で喜びを表現しつつ駆け寄ってくる彼女を抱き上げたのは、父親である葉山学だ。
「ただいま、花音。実は向こうで、偶然にも“辻川の総帥サマ”に会ってね」
「紗月姫さんにですか?」
「自家用ジェットに乗せてもらったから、予定より早く帰国できたんだよ。驚いたかい?」
 父に笑いかけられはにかむ花音を、その腕からヒョイッと取り上げ、更に説明を続けたのは母親である美春だ。
「でもちょうど良かった。一日早く花音ちゃんに会えたもの」
「花音も嬉しいです。おかーさまっ」
 美春に抱きつき、花音は嬉しそうに脚をパタパタさせる。だが、チラリっと学を見た後に、小声で美春へ訊ねた。
「お母様、紗月姫さんにお会いになったんですよね」
「うん。相変わらずだったわよ」
「あ……煌さんは、お元気でしたか……?」
 娘がはにかみを含めてしてくる質問の意味を知る母としては、何とも複雑な心境だが、この年頃はしょうがないのかと苦笑いだ。
「元気だったわよ。近いうち、花音に会いに来るって」
「本当ですかぁ」
「なあに? そんなに喜んで。田島君のトコの彼方君が寂しがっちゃうわよ?」
「かっ、彼方(かなた)はかんけいありませんっ」
 同い年の幼馴染の話をされ、いきなり赤くなって動揺する花音を見ながらクスクスと笑う美春。
 女同士が内緒話で盛り上がる中、学の元へ魁が歩み寄ってきた。
「お帰りなさい、お父さん。お疲れさまでした。ロシュティス本社はいかがでしたか」
「ただいま。今回は仕事以外で疲れたよ。レイン社長は、年々話が長くなっている気がする」
「それは大変でしたね。お父さんのお気に召すような良いお話はありましたか?」 
「ああ。レイン社長のお兄さんが手掛けていた新しい研究が成功したっていう話だ。早速、うちのほうからも博士を含め数名の研究員を向かわせる」
「凄いですね。研究員としては無名の方のようですが、五年くらい前から色々と成果を挙げられている方ですよね? 素晴らしく研究熱心な方だ」
「ああ」
 学の双眸が、どこか懐かしさに憂う。それを魁が悟る前に、彼は違う話題を息子へふった。
「そういえば魁、田島のところのはるかちゃんに、何か頼みごとをしているか?」
「はるかさんですか? ええ、ちょっと、学園内部におかしな動きがあったので調査を……。生徒会長として、放ってはおけませんので」
「女の子なんだから、あまり危ない裏側には入らせないでくれって、また田島から釘を刺されたんだが……」
「……はるかさん……、そこらへんの男より根性は座っていると思いますよ……」
 同じ思いなのか、学も魁と顔を見合わせ苦笑いだ。
 田島はるかは、葉山グループの顧問弁護士を務める田島総合法律事務所所長を祖父に、そして、葉山製薬顧問弁護士を務める副所長を父に持つ、法曹一族の長女だ。
 魁のふたつ年上で高校二年生だが、女だからといって馬鹿にしてはいけない。
 その英知と行動力は目を瞠るものがあり、クールな判断力と性格は、両親からというより、祖父からの隔世遺伝としか思えない。

「あっ! 旦那様、奥様! お帰りなさい! お疲れさまでした!!」
 その時、父息子の気まずい苦笑いと、母娘の意味深な照れ笑いを打ち砕く元気な声がエントランスから飛び出してきた。
 魁に言われ、白百合を五本ほどまとめていた柳原が出てきたのだ。
「柳原さん、御苦労さま。今日もふたりをよろしく」
「りょーかいいたしましたぁ!」
 学の言葉に、柳原は元気に敬礼をする。その様子に、学と美春は、かつて彼が葉山製薬のエントランスで元気な挨拶を振りまいていた警備員時代を思い出す。
 そして……。
「ほらほら、坊ちゃん、お嬢さん、行きますよ! 学校遅れます!」
 彼が子どもたちをそう呼ぶ声を聞き、自分たちが同じように呼ばれていた時代があったことを思い出すのだ。

「……学」
「ん?」
 車に乗り込む、ふたりの愛の証を見つめ、美春は学の肩に頭をよりかける。
「私……、幸せよ」
「俺もだ」
 美春の肩を抱き、学も彼女に頭をもたげた。

 眩しい光と幸せの中で、成長と共に輝きだす次世代の愛のかけらたち……。

 新しい理想の恋愛が、またここから、始まっていく――――。




   『理想の恋愛 完璧な愛』
     *END*







**********
後書き
 こんにちは。玉紀直です。
 エピローグは、約十六年後の未来をご覧いただきました。
 いや、もう先へ進みすぎ?(笑)
 気になる名前がたくさん出てきましたが、『愛の欠片』は数年前に番外編で書いたことがあるんです。(途中読みの方すみません)

 さて、これにて、第12部自体も終了となります。
 学と美春、最後にして最大の試練となりました完結編。
 あらすじUPの際、あまりにも悲惨な内容にたくさんのお叱りを受けました。あの節は御気分を悪くさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
 ですが、ラストはもちろんハッピーエンドです。
 最後までお読み頂き、有難うございました。

 このあと、シリーズ完結のお礼を書かせて頂いております。
 それとは別に、活報などでは次回作の件やお知らせなどを書かせて頂きましたので、御一読いただければと思います。

 宜しくお願い致します。


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