理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12部こぼれ話・1『愛しい君のおにぎり』

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 ――――それは、ロシュティスとの契約日である土曜日の朝……。

(また、ここに来られるなんて……)
 専務室内をぐるりと見回し、美春は涙が零れそうになるくらいの感慨に耽った。
 秘書としてここへ入ることは、もう二度とないのではとさえ思っていたというのに。
 すべての軌道は修正され、美春は再び正式な専務秘書としてこの場に立っている。出社してから学と共に入室し、彼女は感動のあまりしばらく動けなかった。
(嬉しい)
 言葉では言い表せない幸せを噛みしめ、この満たされた気持ちをくれた大切な人へと視線を移す。駆け寄って抱きついてしまおうかとの考えが頭をよぎるが、その前に、彼女は首を傾げた。
「何見てるの? 学?」
 抱きつく目標としていた人物は、デスクの前で腕を組み、右手を軽く顎に当てるという“考えるポーズ”をとっている。そしてその視線は、引き出されているデスクの引き出しに注がれているのだ。
「美春……」
「なに?」
「……これ、どうしようか」
 何か深刻な問題でも発生しているのだろうか。美春は不審に思いながらも学の横へ歩み寄り、……そして、息を呑んだ。
「ま……、学、なに、これ……」
「おにぎり」
「いや、それは分かるけど」
 デスクの中には、食品用ラップフィルムに包まれた白い物体がある。ひと目でそれは御飯を握った物だと分かるのだが、美春はゾワゾワと嫌な悪寒が走った。
「ま、まさかと思うんだけど……、数日前に私が握ったやつじゃ……」
「二個もらったけど、一個しか食べてなかったんだよな。残りはあとで食べようと思って、ここに入れたまま……」
 ふたりは顔を見合わせ、美春に至っては言葉を失う。
 あれは、三日前、水曜日のことだ。食事もとらず考え事ばかりをしている学が心配になった美春は、彼に“素にぎり”をふたつ作って差し入れた。彼はとても嬉しそうに食べてくれたのだが、ひとつ食べたところで急ぎの用件が入り、残りは手つかずになっていたのだ。
 その後、怒涛の木曜金曜へと流れたので、このおにぎりも引き出しの片隅で放置されてしまったのだろう。
 三日経過のおにぎり。それもこの夏場にデスクの片隅で放置されていたのだ。常識的に考えても、この物体の中ではどんな変化が起こっているかが分かるというもの。
(捨てなきゃ……)
 持った瞬間、ご飯ではない違う物に変化した感触に襲われかねない現状を危惧しつつも、美春はおそるおそる手を伸ばす。すると、そんな彼女の手を、学は両手で握り締めた。
「すまない、美春。せっかくお前が、この手で握ってくれたものだったのに。放置してしまって……」
「……い、いいよ……、あのあと、呑気におにぎりを食べていられるような状況でもなかったし」
「俺、お前の気持ちを無駄にしないためにも、ちゃんと食べるからな」
「は?」
 美春は耳を疑う。
 彼は何と言った。
 これを、「食べる」と言わなかっただろうか。
「学……、これ、三日も経って……」
「もったいないだろう。美春が作ってくれた愛だぞ」
「だって……、こう言ったらなんだけど、腐ってるよ……。お腹壊すでしょう」
「美春の愛が腐るわけがないだろうっ」
 
 美春はグッと言葉に詰まる。
 笑ってはいけない。
 彼は本気だ。
 言葉のみを聞くなら、なんとも情熱的な言葉ではある。
 ――だが、ここは冷静に考えるべきだ。

 美春は心を鬼にして物体を鷲掴むと、傍らのダストボックスへ投下した。
「みっ、みはるっ!」
「愛があっても、お腹壊しますっ!!」

 ――どんなことも、愛があれば大丈夫。
 ……とは限らないのだ。

 だが、残念そうな学を放っておく美春ではない。
 その日、ふたりは入籍後、葉山家へ戻り、美春が作ったおにぎりで新婚初日の食卓を飾った。
 愛する新妻が、その手でたったひとりのために握ってくれるおにぎりは、学が今まで口にしたどんな料理よりも豪華で、そして、心に沁みる美味しさだったに違いない。



     『愛しい君のおにぎり』
       *END*




**********
後書き
こんにちは。玉紀直です。
第12部の“こぼれ話”を書かせて頂きました。

最後の十日間の中で、おにぎりを作ったお話がありましたが、残りのひとつはどうなったのだろうという、素朴な疑問。
まさか取っておいたとは。(笑)

こぼれ話は何話かあるのですが、また近いうちに公開したいと思います。
宜しければ、覗きに来てくださいね。^^


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ツキハラコトセさんへお返事です(10/21)

コトセさん、こんにちは!

おにぎりの件、思い出してくれました?
以前に頂いたコメントで「学はもうひとつのおにぎり、どうしたんだろう」と疑問を投げてくださったのは、実はコトセさんだったんですよ。(^^ゞ

真夏に3日は危険すぎますよね。
学だからこその反応でした。楽しんで頂けたようで良かったです。^^

有難うございました!

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