理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12部こぼれ話・3『愛しい人と人生の階段を』前編

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「疲れた?」
 ぼんやりとした意識の中、我に返るきっかけをくれたのは信の声だった。
「え? どうして?」
「うん。涼ちゃん、ずっと無口だから。さすがに疲れたかなって。ごめんね」
「違うわよ。ちょっと見惚れてたの。かっこいいなぁって」
「え?」
 その言葉にドキリと期待を先走らせ、信は助手席でニコニコと笑う涼香に顔を向ける。だが今は運転中だ、すぐに視線を前へ戻し、名残惜しげに横目で彼女を窺った。
 そんな信に手を伸ばし、涼香は彼のスーツ左襟に付けられた、受け取りたての“弁護士バッジ”を指で弾いたのだ。
「かっこいいじゃない。このバッジ」
「……あっそ」
 先走った期待は、先走ったまま通り過ぎていく。どうやら見惚れていたのは“夫”の横顔ではなく、これからの彼を表すこのバッジだったらしい。
「このバッジって、こんなに綺麗な金色でキラキラしている物だったのね、知らなかったわ。だって、お義父様が付けているのって銀色っぽいし、事務所にいる弁護士さんたちの物だってこんなにキラキラしていないじゃない?」
 涼香は身を乗り出し、バッジに顔を近付ける。妊娠中なのでシートベルトは勘弁願っているものの、一応走行中だ。信はさり気なくその身体を気遣い、彼女の前へ左腕を出して不意のぐらつきに備えた。
「このバッジはね、元々は純銀なんだよ。そこに金メッキが施されているだけだから、付けているうちに金メッキがくすんでキラキラじゃなくなってくるんだ。父さんくらいになると、金メッキも剥がれて地の色に近くなっているだろう?」
「そっか、キラキラしていないのはベテランの証拠なんだ? お義父様かっこいい、“燻し銀”って感じね。じゃぁ、逆にキラキラだとド新人ってバレちゃうわね、信ちゃん、またお義父様にからかわれそう……」
「ま、まぁね……。だから、新人に見られるのが嫌で、わざと表面を少し削る人なんかもいるんだよ……」
 嬉しいはずの弁護士バッジ。待望の“本物”を手に入れ嬉々としていた気持ちは、「ド新人」のセリフに少し沈んだ。
 萎えた原因をくれたのは“妻”だが、再び奮い立たせてくれるのも、もちろん“妻”だ。
「でも、信ちゃんは実質的な面で“新人”ではないわよね。小さな頃から法律が自分の一部で、今まで凄いことたくさんしてきたんだから。既にベテランの域じゃない」
「そ、そうかな……」
「うん。検事さんやら警部さんやらも知り合いだし、色んな所に顔も効くし、怖いもの知らずの御曹司やら、怖いものなしの財閥の総帥やら、色んな人に好かれてるし。もーっ、信ちゃん最高っ」
「あ……、ありがと、……涼ちゃん……。すっごく嬉しいよ……」
 せっかく奮い立った気持ちは、最後のほうで成りを潜める。これからの弁護士生活、後述二名の存在なしには語れないものになるであろうことが、紛う方なき事実であるからだ。

 八月最後の日曜日。
 今日は信の、二回試験の合格発表だった。
 怒涛のような波乱の日々を乗り越え、それを思い知らせるかのように熱さも和むこの数日。気持ち的にも安定している涼香は、とても体調が良い。
 前日まで様子を見ていたものの、本人の強い希望もあって、ふたりは一緒に合格発表を見に司法研修所まで赴いたのだ。
 「見るまでもない」と、父の信悟や学にも言われてはいた。「辻川の総帥に頼めば、事前に分かる」とも学には助言されたが、信は自分の目で合格を確かめたかったのだ。
 涼香と一緒に――――。
 発表は受験者番号で貼り出される。通常の合格発表というものは合格者の番号が書かれているものだが、考試の場合は不合格者の番号が貼り出されるので、自分の番号がなければ合格だ。
 もちろん番号がなかった信は、すぐに弁護士協会での登録を済ませ本物のバッジを手にした。
 そして、涼香を連れだって出かけた最大の目的である、入籍を済ませてきたのだ。

 涼香は“田島涼香”に変わり、ふたりは夫婦となった。
 土曜日に入籍をした学と美春から、二日遅れの入籍。
 だが来月は、一足先に信と涼香の結婚式が執り行われる。

「はるか、暴れてないか? “つかれたよー”って」
 涼香の前に回した手で、彼女の腹部をポンポンっと撫でる。行きは後部座席で横になっているよう言い、彼女も大人しく従っていたが、「寂しいから信ちゃんの横がいい」と、信が強く出られないセリフを口に、ずっと助手席で座り続けている。彼女が隣にいるのは信だって嬉しいが、車での移動が長い分やはり心配なのだ。
 彼の手を腹部で押さえ、涼香は助手席に座り直す。
「大丈夫よ。今日は大人しくしていなきゃって思ってるのかな、とっても良い子。でも、合格を実感した時はお腹の中もポコポコしてたわよ」
「そうかぁ、やっぱり良い子なんだなぁ、オレたちの娘は」
 今から親バカを発揮し、もう一度腹部を撫でて手を離すと、信は時計を確認する。
「もうすぐひと休みできるから。もうちょっと頑張って」
「大丈夫だってば。これから事務所に顔を出しに行くんでしょう? 私もお義父様にご挨拶を……」
「いいや、事務所は後で。先に行く所があるんだ。
「先に? え? 葉山君の所とか? やーねぇ、事務所より優先なの?」
「ちげーよっ」
 アハハと笑い声をあげた信だが、信はすぐに真顔に戻った。
「もうひとりの“はるか”に、報告しに行くんだ」

 *****

 信が弁護士として籍を置くのは、もちろん田島総合法律事務所だ。
 本来なら、合格の報告と挨拶を兼ねてこのまま事務所へ顔を出しに行くのが筋なのだが、信が向かったのは彼の自宅だった。
 そしてそこで、これから事務所で会うべき人物と、先に顔を合わせてしまったのだ。
「やっぱりな。先に家へ寄るだろうと思っていたぞ」
 ふたりが真っ先に向かった仏間には、信の父親である田島信悟がいたのだ。「やっぱり」と付けられてしまうほど、手に取るように読まれてしまう行動パターン。信は苦笑いだが、涼香はクスクスと笑ってしまう。
「父さんの車があったから居るんだなとは思ったけど……。何してんの?」
「見れば分かるだろう」
 信悟が座っているのは大きな仏壇の前。信が八歳の時に他界した母のはるかのものだ。彼は妻の遺影を見上げ、眼鏡の奥の双眸を和める。
「……信の話をしていたんだ。なあ、はるか」
 母へ呼びかける父を見て、信はドキリと胸が詰まった。今日が合格発表の日であり入籍日であることから、母と息子の思い出話をしていたのだろうかと、感慨深い気持ちに捉われてしまったのだ。
「信はマザコンだからな。きっと事務所へ顔を出すより先にはるかに会いに来て『母さーん、受かったよ、それでね、入籍もしてきたんだ。オレの嫁さん可愛いだろー』……とか、ハシャギまくるんだろうなって、悪口を言っていた」
「マっ、マザコンってっ、とーさんっ!」
「涼香さんの前だからって恥ずかしがるな。今さら。学生の頃から、何かあるたび仏前で『かあさーん』って泣きごと言っていたのは誰だ。まあ、主に涼香さん絡みだったようだが……」
「わーっ、わーっ、わーっ!」
 機嫌が良いのか悪いのか、笑顔で息子をいじる父を止めようと、信は足を踏み出して恒例となっている亡き母の口癖を心で叫ぶ。
(信悟君の意地悪っ!)





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*今回は前後編で分けさせて頂きました。
 明日、後編を更新します。
 よろしくお願い致します。*^^*






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