理想の恋愛 完璧な愛・第12部(完結編)

第12部こぼれ話・3『愛しい人と人生の階段を』後編

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 仏前へ詰め寄り信悟の口をふさごうとした信だが、その手はいきなり掴まれ、更にスーツの襟を掴み上げられた。
「うぁっ!」
 その勢いのまま畳で足を滑らせ膝をつく。前のめりになった彼は、嫌な予感を醸し出すほどにニヤリと笑むレンズ奥の瞳を見てしまった。
 そして、ご希望通りとばかりに激励の言葉がかけられたのだ。
「ピカピカしたバッジだな、新人。バッジと同じくらいのピカピカの一年生なんぞ気取ってられないくらい鍛えてやるから、覚悟しておけ」
「とっ……父さんっ」
 信の文句が口から出ないうちに、信悟の手は離される。引っ張られたスーツの襟を直す息子をよそに、信悟は立ち上がり涼香へ視線を移した。
「疲れなかったかい? 一日中振り回されて大変だったね」
「いいえ、大丈夫です。色々と嬉しいことが多くて、疲れを感じる余裕がないくらいでした」
「そうか。それは良かった」
 にこりと柔らかく微笑む信悟は、信に言わせれば「オレと随分態度が違いませんかね。おとーさん」と皮肉のひとつもぶつけてしまいたいレベルだ。
 彼はそのレベルを維持したまま、涼香の腹部に手をかざした。
「“はるか”は、疲れなかったみたいかい?」
「はい。大人しくしていてくれました。良い子ですよ。生まれてくる前からこんなに良い子でどうしようと思うくらい。きっと、名前が良いせいですね」
 気のきいたお世辞のようにもとられかねないが、涼香は本心で言っている。信悟もそれは分かるようだ。刹那、面映い笑みを見せた。
 滅多に見られないそんな表情に涼香が目を瞠りかけるが、信悟はすぐに彼女の横を通り過ぎ、振り向かないまま仏前の息子に手を上げる。
「じゃあな、信。先に事務所へ行っているぞ。ちゃんと、スタッフに挨拶しに来いよ」
「もちろん行くよ。父さんは? すぐに戻るの?」
「ああ。“歩道橋”に寄ってから、そのまま戻る」
「そうか、もうすぐだもんね……。分かった。母さんと話をしたら、すぐ向かうから。同じくらいに着くかもね」
 仏間からリビングを出ていく信悟を見送り、姿が見えなくなってすぐに玄関のドアが開閉する音が響く。ずっと入り口で立っていた涼香は、いそいそと信に近付き、隣へ腰を下ろした。
「ねぇ、歩道橋、って何? 何か事件?」
「ん? ほら、事務所の近くにさ、ちょっと古くなった歩道橋があるの知ってる? もうすぐ取り壊されるんだけど」
「あるのは知っているわ。壊されちゃうの? 古くなったから?」
「老朽化が一番の原因だと思うよ。で、あの歩道橋さ……、父さんと母さんが、初めて会った場所なんだって」
「初めて会った場所?」
 信は母の遺影を見上げる。母が亡くなったのは彼女が三十三歳の時。しかし、遺影に飾られた写真は十九歳の笑顔。
 信悟と結婚し、新しい人生を始めて幸せいっぱいの時期だ。
「……オレさ、……父さんを照れさせてやろうと思って、わざと訊いたことがあるんだ。母さんとの馴れ染め、ってやつ。そしたらさ、酷いんだぜ、『はるかが自殺しようとしていたところを私が止めて、そのまま拾ってやったんだ』……って」
「ひっ……拾った……って……」
「いくら照れるからって、そんな追及しづらい作り話するかなぁ、あの人はまったく。……母さんが聞いたら『信悟君の意地悪』って怒られるよ」
 話しながらも遺影から目を逸らさない信。その視線を追い、涼香も遺影を仰ぐ。「ふーん」と何気ない相槌を打つも、クスリと穏やかな笑みを漏らした。
「……でも、本当だったら素敵。お義父様は、法でたくさんの人を救ったのかもしれないけど、……お義母様は、お義父様そのものの手で救われて、そのまま手を取り合い続けたってことでしょう?」
 新鮮な発想だった。信は意外な面持ちで涼香の横顔を見つめる。
「こうして、お義母様が信ちゃんやお義父様を見つめる存在になっても、きっとふたりは、今でも心の手を取り合っているんでしょうね。……本当に、素敵だと思う」
 静かに横へ傾いた涼香の頭が、信の肩へ寄り添った。
「……お義父様とお義母様みたいに、……いつまでも手を取り合っていられる夫婦になりたいね……。信ちゃん……」
 膝に載った涼香の手を掬い取り、信の両手がキュッと握り締める。微かに熱くなる目頭の誘惑を振り切って、信も涼香に頭を寄せた。
 そして、誓ったのだ。
「なるよ、絶対。……この手は、絶対に離さない」
 握られていた涼香の手が、信の手を握り返す。そしてふたりは、想いを交わしあった。

 新しい人生を。
 新しい人生の階段をのぼり始めるふたりを、母が見つめていてくれているような気がした。

 *****

 欄干に手を載せ、そこからの景色に見入る。
 車通りも多くはなったが、周囲の景色も随分と変わった。三十年近く経てばそれも当然だろう。
 古びた歩道橋の上から左右を眺め、自分ひとりしかここにはいないことを確認して、信悟は欄干から手を離した。

 信悟が二十四歳、はるかが十九歳の時、ふたりはここで出会った。
 彼が信に話したことは嘘ではない。信悟がはるかの命を救ったことが、ふたりの始まりだったのだ。
 そして、生涯手を取り合うべくプロポーズをしたのも、この場所。

「はるか……」
 呟いて目を閉じると、そこには亡き妻の笑顔が見える。
 ふたりでのぼり始めた人生の螺旋階段。その途中で、繋ぎ合っていた手は離れてしまったが、心の手は今でも繋ぎ合ったままだ。
「――――信も……、のぼり始めたよ。……大切な人と一緒に、……人生の階段を……」

 信悟の心に続く螺旋階段。その上には、いつもはるかがいる。
 彼女が手を伸ばしてくれることはまだないけれど、それでも彼は、彼女と心の手を繋いだまま、今でも、その階段をのぼり続けているのだ。

 愛しい。誰よりも愛しい。最愛の人と――――。




     *END*
  『愛しい人と人生の階段を』






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**********
後書き
こんにちは。玉紀直です。
こぼれ話の3話目、随分と間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
今回は本編には入れられなかったけれど、どうしても書きたかった、信と涼香の入籍日のお話でした。
信の立場を語る際、どうしてもエピソードとして入るのが母親のお話です。今回は信悟を絡めて、これから夫婦として手を取り合っていくふたりの誓いをご覧いただきました。
他の親世代達とは違うものではありますが、信悟とはるかの夫婦愛も、健在です。

少々しんみりとしたエピソードの使われがちで、申し訳なさを感じてしまいますが。
信悟とはるかの幸せなエピソードを書いた物などは、今週末、7日土曜日に公開予定です。
もしお時間がありましたら、覗きに来てくださいね。*^^*
(書籍記念SSなので、サイト限定になっております。投稿サイト等での公開はありません)

予定していたこぼれ話は、ここで終了になります。
もう少し続けようかとも思ったのですが、あまりやってると新婚編で書くことがなくなりそうで……。(いや、それはありませんが)
これからの予定など、昨日色々と活報にあげさせて頂いています。
よろしければ、ご一読くださいね。

ありがとうございました。




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