恋のエトセトラ

*記念SS*『どこまでも君と、この螺旋階段を…』

 ←2013年~2015年刊行 →●『永遠のメリークリスマス』・1(2013クリスマスSS)

*こちらは『少女は螺旋階段の上ではるかな夢を見る』書籍記念SSとなっております。

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「恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいですぅっ!!」
 気の毒なほど必死になるその声を耳に、田島信悟は己の予想がどこまでも正確であったことにほくそ笑んだ。
「ですが奥様。もうお時間ですので……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ! やっぱり駄目です、駄目です! 恥ずかしいです、あたし、行けませんっ!」
 だが笑っている場合ではない。おそらく土壇場でこうなるであろうことを想定の範囲内に収めてはいたとはいえ、その想定通りの出来事を放っておくわけにはいかないのだ。
 信悟はひとつ鼻で息を抜くと、花嫁控室のドアを開けた。
「奥様っ……」
「ごめんなさいっ、やっぱりやめますぅっ……」
 光沢を放つ純白レースの塊がソファの陰でうずくまり、その傍では花嫁担当の女性従業員が、その塊を解きほぐそうと悪戦苦闘をしている。
 信悟が無言のまま近付くと、先に気づいた女性従業員が「あ、田島様」と名を口にし、それを聞いて白い塊がピクリと動いた。
「……信悟君?」
 頭から長く流れるヴェールの陰から、怯えた小動物のようなはるかの瞳が覗く。信悟は彼女とふたりきりにしてくれるように告げ、従業員を室外へ出した。
「――さて、予想通り、駄々をこねてくれたな。はるか」
 溜息混じりに親指の腹で眼鏡の下をクイッと上げると、うずくまったまま動かないはるかが、ポカンッと口を開けて信悟を見上げている。
「なんだ?」
「……信悟君……、かっこいい……」
「何を言っているんだ、お前は」
「だって、白いスーツなんか着てる姿、初めて見たし……、髪も上げてるし……」
「……お前だって、白いひらひらドレスだろう……。髪だってくるくる巻かれて」
 信悟の言葉で、はるかは今まで自分がゴネていた理由を思い出し、再び丸まった。
「恥ずかしいっ!」
「結婚式の時くらい、我慢しろっ!」

 秋空爽やかな九月吉日。
 今日は田島信悟とはるかの結婚式だ。入籍は既に済ませており、はるかは“田島はるか”として正式に信悟の妻となっている。
 結婚式は、はるかの生い立ちを考慮して、身内や極親しい者だけを招いた五十名程度の小さなもの。それでも、法曹界では名の知れた田島総合法律事務所の長男、“法曹界のサラブレッド”と異名をとる男の結婚式だ。招待客は弁護士仲間や司法関係者、警察関係者、大企業の上層部クラスなどが軒並み名を連ね、非常に濃い面々となっている。
 夏に出会ったふたり。一カ月後にはプロポーズをし、更にその一カ月後には結婚式に至るという、とても早い展開。
 勘繰るならば、早く結婚しなくてはならない理由があったのだろうか、まさか赤ちゃんでもできたのでは、などの詮索もされてしかるべきところだ。
 だが、なんてことはない、「どうせ一緒に住むんだ。さっさと結婚しといたほうが良いだろう」という信悟のひと言で、すべてが決まってしまった。
 いつもは、戦闘服宜しく弁護士バッジを光らせたスーツに身を包んでいる信悟も、今日ばかりは白のタキシードだ。そんな姿を初めて見たはるかが「かっこいい」と口走ってしまうのも、当然といえば当然。
 だが、はるかとて人のことは言えない。彼女だって、純白のウエディングドレス姿だ。
 オーソドックスなプリンセスラインだが、リボンやレースをふんだんに使用したドレス。十九歳の初々しい花嫁らしく、エレガントさよりは可愛らしさを全面に出した物だ。試着の際、「これにしろ」という信悟のひと言で決まってしまったドレスなのだ。
 施設育ちのはるかにとっては、まるで夢の中にでも放り込まれてしまったかのような華やかさ。「あ、あたし、こんな、お姫様みたいな可愛いの、似合わないよ……」とうろたえる彼女に、なんと信悟は「はるかは、私の“お姫様”だろう? だから良いんだ」と囁いたのだ。
 彼のクールな相貌からは想像もできない甘い言葉にとろかされ、また、ホテルのブライダル担当者たちにも囃し立てられ、場の雰囲気に呑まれたまま決めてしまったのだが……。
 ――――当日、改めて着せられた際には、恥ずかしがって大騒ぎをするだろう。
 彼女の性格上。信悟はとっくに予想済みだ。
 仕事以外でも働く抜群の勘。法曹界のサラブレッドは、またもやほくそ笑みそうになるが、いつまでもひとりで良い気分を満喫するわけにはいかない。

「立て、はるか」
 信悟ははるかの細い両腕を掴むと、ゆっくりと立たせた。
 ふわりとドレスが広がり、ヴェールが流れる。いつもは肩に垂らしているストレートヘアを可愛らしい巻き毛に変え、ヴェールを留める花々が大人しい彼女の表情をとても華やかに見せてくれる。
「驚いたな。とても可愛いぞ」
「え?」
 はるかはおそるおそる信悟を見上げ、すがるような目で小首を傾げた。
「……ほんと? 信悟君……」
「ああ、私が嘘を言ったことがあるか? はるかはいつも小動物のようにちまちまして可愛いが、今日はまた違った可愛らしさを感じる」
 いささか複雑な褒められかたではあるが、好きな人に「可愛い」と言われて嬉しくはないはずはなく、はるかは控え目にはにかんだ。
 ……だが、そのあとが悪い。
「聞いていたところによると、どうやらはるかは結婚式には出たくないとゴネていたようだな? それならそれでも良いぞ」
「……え? い、いいの?」
「ああ。そうすれば、今すぐ部屋に鍵をかけてこのウエディングドレスを捲くり上げてやる。いつもとは違う雰囲気の中で啼くはるかは、いつもと違う可愛らしさがありそうで楽しみだ」
「……しっ、しっ、しっ、……しんごくんのいじわるっ!」
 意味を悟って真っ赤になったはるかは、信悟に取られていた両腕を振りほどき、自らを抱きしめて身体を傾けた。
(はるかは面白いな)
 彼女の反応に大満足をした信悟は、クスクスと漏れる笑いが止まらない。
 気分が更に良くなったところで、拗ねる彼女を諭しにかかった。
「で? 何が恥ずかしい? 普段はしない恰好をしていることか?」
 顔を逸らし口をつぐんでいたはるかは、数秒ののち、口を開いた。
「だって……、皆の前で、恥ずかしいんだもん……」
「皆? 招待客のことか?」
「――――施設の皆……。まさか信悟君が、そんな、何人も呼んでるなんて思わなくて……。優子ちゃんと、あと二、三人くらいだと……」
 話しているうちに、施設の光景でも思い出してしまったのだろう。はるかは深く俯いてしまった。
 招待客の中には、はるかと同じ頃に施設を卒業した優子や少年たち、幼児の世話や食事の用意をしている年配の女性たち、そして、小さな子どもたちも含まれている。
 皆、施設にいた頃のはるかを知っている。何をしてきたのか、どんなことをされてきたのか。どんな生活を送っていたのか。
 夏の事件から、施設での出来事を忘れようとしている彼女にとっては、こんなにも気飾った別人のような自分を見られてしまうのは、凄く恥ずかしく感じることなのだ。
「きっと……、笑われちゃうよ……。あたしがこんな、綺麗な恰好して、おかしい……って」
 信悟は両腕をはるかに回し、ふわりと彼女を抱きしめた。
「誰が笑うんだ?」
「だから、施設の……」
「私は、お前を笑うような人間は招いてはいないぞ」
 ヴェールが揺れ、はるかが信悟を見上げる。彼女の瞳は不安でいっぱいだ。自分の姿が恥ずかしいというより、彼女は不安で堪らないのだ。
 結婚式という、幸せなイベント。祝福されるべきこの場所で、自分は本当に祝福をしてもらえる人間なのだろうかと。
「優子君も、女性職員たちも、お前に敵意など持ってはいない。むしろ褒めていたくらいだ。子どもたちに至っては、はるかが施設を卒業していなくなってから、寂しくなったとも言っていた。みんな、はるかが好きだと言っていたんだ」
「……本当……?」
「施設にいた頃、確かにお前の周囲は敵ばかりで、お前を苦しめる人間ばかりだったのかもしれない。だがな、はるか、敵に囲まれたその外には、お前を想ってくれている人間も、ちゃんといたんだ」
 はるかは目を見開く。あの頃、日々の辛さが精一杯で、自分を気にかけてくれている人間の存在など考えたこともなかった。
「お前は常に、敵となる人間の中にだけ放り込まれていた。だから、そこ以外は見えていなかったんだ。お前はあの施設で、すべての人間に蔑まれていたんじゃない。味方はいた。お前の境遇を分かってくれている者、同情を向けてくれていた者、心配してくれていた者。お前のことが好きで懐いていた幼児たち。そんな者たちに、幸せになった姿を見せて安心してもらうのは、恥ずかしいことか?」
「……信悟君」
「今度は私と、のぼる約束をしただろう?」
 信悟ははるかの左手を取り、これから行われる式で交わされる、誓いの証を嵌めるべき薬指に唇を付けた。
「新しい人生の螺旋階段を、私とのぼるんだろう? 最後まで……」
「信悟君……」
「その始まりの姿を、皆に見てもらえ」
 はるかの瞳が潤んでいく。唇を付けた左手を握ったまま、信悟はポケットチーフを抜き、彼女の目元を押さえた。
「泣くな。メイクが崩れたら、私が世話役の人間に怒られるだろう」
「……どっちにしろ、チーフ汚しちゃったから、怒られると思う……」
「平気だ、このくらい」
 ふんっと鼻白み、彼はチーフをポケットへ戻すが、おそらく直されることは確定だ。
 信悟らしさにクスリと笑んだはるかの唇に、彼の唇が軽く重なる。
 額をこつりっとくっつけ、ふたりは両手を握りあった。
「どこまでも……。離さないぞ、はるか。……お前も絶対、この手を離すな……」
「うん……、信悟君……」
 握り合う手から、互いの温かな想いが沁み込んでくる。
 信悟の愛情を取りこみながら目を閉じたはるかは、全身を襲っていた緊張が、いつの間にか解けていることに気づいた。
「絶対に、離さない……。あたしはこれから、……信悟君と、螺旋階段をのぼるの……」

 これからを。
 これからの人生を。共に、君と。
 どこまでも続く、人生の螺旋階段を、最後まで。

 最期まで君と、のぼりつづけよう――――。

 溢れる幸せ。
 温かな祝福の中で。
 手を取り合うふたりは、人生の螺旋階段を、のぼり始めたのだ……。




     *記念SS*『どこまでも君と、この螺旋階段を…』

       *END*





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