溺愛マリッジ

第一章・2月/3

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「まあ、なんだかんだ言っても……」
 学はゆっくりと信に歩み寄ると、後ろから椅子の上部に両腕を置き、ニヤリと笑って彼を覗きこんだ。
「こんなかわいい中性的な顔をした男でも、弁護士だってだけで周囲は遠慮をするからな。ちょっとしたボディガードには最適なんですよ。信センセっ」
 信のスーツの襟につけられた弁護士バッジをつつくが、すぐにその手は持ち主によってぺしっと叩かれた。
「神聖なバッジに触るな」
「信ちゃん、冷たいぞ」
「るせっ」
 ムキになる信を見ながら、学は楽しそうに笑う。親友の相変わらず具合を感じて、信もふっと苦笑いを浮かべた。
 カップに残っていたコーヒーを飲み干し、ソーサーに戻して学を振り返る。
「しっかし、ホントお前は美春さん一直線だよな。昔っから全然変わんねーな」
「当たり前のことを言うな。美春は俺の……」
「“俺の世界のすべて”とか言いたいんだろ。はいはい、聞き飽きた」
「なんかお前、今日はやけに突っかかるな。涼香さんと喧嘩でもしたのか?」
 信の口が止まる。彼は学の顔を見たままハアッと溜息をついた。
 どうやら図星らしい。涼香(りょうか)というのは信の妻。美春の親友であることから、学もよく知っている。
「いや、なんていうかさ、結婚したら女は変わるっていうけど……、本当だなぁ、なんて」
「まだ結婚半年だろう。俺たちと入籍日が一日違うだけなのに。はるかちゃんだって、まだ三カ月だ。かわいくてかわいくてしょうがないんじゃないのか? なのに、なに言ってるんだ今から」
「……かわいすぎてさぁ……。だから問題なんだよな……」
「分かった。涼香さんがはるかちゃんばっかり構って、お前のこと構ってくれないんだろう。だから拗ねてんだな」
 信の口が再び止まる。――図星、その二、である。
 はるか、というのは、去年十一月に生まれた彼と涼香の娘。入籍が学たちより遅かったにもかかわらず、すでに子持ちだ。
 できちゃった婚、などと言ってはいけない。信いわく、『孕んでもらおうと思ってヤったんだから、これは計画婚だ!』とのことだが、彼の立場上、人に説明するときの言いかたは少々考えたほうがいい。と、学は常々思っている。
 一度黙った信ではあるが、彼はせきを切ったように話し始めた。
「だ……だってな、不満にもなるだろう! はるかはかわいいけど、すっごくかわいいけどっ! でも、なんか俺、昔より涼ちゃんにないがしろにされてるような気がしてさ! ついでに聞いてくれよ葉山、はるかがさぁ、間違いなく俺より父さんのほうに懐いてるんだよ! 俺が抱っこしても泣くのに、父さんが抱っこすると泣きやむんだぜ! あれって“爺っ子”決定じゃないのか!?」
「あーっ! はいはいっ! 分かった分かったぁっ!!」
 学は両手を顔の前に立て、今にも椅子を飛び越えんばかりの勢いを見せる信を押し留める。
 どちらかといえば涼香にないがしろにされているというよりは、父に娘を取られて悔しいというのが本音であるようにも思えた。
 座面に両膝をつき学を振り返る信は、本当に椅子を踏み越えていきそうな体勢だ。ふとなにかを思いついたのか、学を指さし怪訝な表情を見せる。
「そういえば……、お前のところはそういうことないのか?」
「うち?」
「なんて言うか、お前は相変わらずだけどさ。美春さん、結婚して変わったとか、ないのか?」
「んー……」
 学はそのままの体勢で首をひねり、視線を上げて考えこむ。それだけで悟った信は、呆れた表情で手を顔の前に立て、もういい分かったと言わんばかりに小さく振る。
「……訊いた俺が馬鹿だった……」
「不毛だ」
「はいはい」
 納得した態度を見せはするが、信は内心、子供ができたら分かんないぞと思っていたに違いない。
「まったく。分かりきったこと訊くなよ」
 そんな信の思惑など意に介さず、優越感に浸り笑う学。そのとき、彼をもっと笑顔にするであろう声が聞こえてきた。
「専務。失礼いたします」
 ノックと共に響く声。ドア越しにではあるが、どんなに小さな声であろうと聞き逃すはずがない。これは愛しい妻の声ではないか。
 学が微笑んで顔を向けると、ドアが開き、トレイを手にした美春が入ってきた。すると彼女は語らう親友同士を見て目を丸くし、クスリと笑ったのである。
「相変わらず仲良しねぇ。妬けちゃうわ」
 そう言ってしまうのも無理はなく、そこには椅子の背もたれの上に肘をついて身を乗り出す学と、座面に膝をついて向かい合う信の姿がある。これが男女であるならば、微笑ましさこの上ない光景だ。
 本気が冗談か分からないやきもちを妬かれ、学は苦笑いで椅子から離れる。信も、そろそろ帰る時間かと立ち上がった。
 学が美春に近づくと、彼女は持っていたトレイを「はい」と満面の笑みを湛えて学に渡し、そのままの顔で信に近寄っていく。
「田島君がまだいてくれて良かったわ。はい、これ」
 美春が差し出したのは、熊のプリントが付いたかわいいペーパーバッグ。信が不思議そうに受け取ると、美春は片方の肩をすくめて「うふふ」と笑った。
「バレンタインのチョコレート。今日はついて来てくれてありがとう。弁護士さんについて来てもらえるなんて役得。おかげで心強かったわ」
「えっ、俺に!?」
 毎年義理チョコはもらっていたが、結婚してからももらえるとは思っていなかった。驚きつつも心浮き立った信ではあったが、その浮かれ具合はすぐに縮小された。
「うん。あとね、涼香と、はるかちゃんと、信悟先生の分もあるから。配っといてね。あ、はるかちゃんのはベビー飲料だから、安心して」
「あ……ありがとう」
 もらえはするようだが、配り役を仰せつかってしまった。信は少々複雑な心境である。だが、そんな信に学から羨望の声がかかった。
「いいなあ、田島。俺、今日はまだ美春からチョコもらってないんだぜ」
 下降していた信のテンションは再び浮上する。配り役付きであろうと、学に勝った、これは大きい。
「涼香によろしくね。またはるかちゃん抱っこさせてもらいに行くから」
「おいでおいで。はるかも美春さんが好きだから喜ぶよ。涼ちゃんが買い物に行ってるときでも、また三人で遊ぼう」
「でも、このあいだ三人で遊んでるとき、田島君が途中で仕事で呼ばれて出て行っちゃったでしょう? あのあとはるかちゃんが田島君が出て行ったドアを眺めてメソメソ泣いちゃって大変だったのよ。お願いだから途中で出て行かないでね。涼香が帰って来るまで大変だったんだから」
「え……?」
 一瞬きょとんっとした信だったが、彼はすぐにハッと手で口を覆い、そそくさとドアへ向かった。
「じゃ、じゃあ、葉山、またなっ」
「ああ、お疲れさん」
 逃げるように信が退散する。彼がふさいだ手の下には、嬉しくてニヤけそうになっている口があるに違いない。
 それはもちろん、娘が自分を恋しがって泣いていたという事実を知ったことによるものだろう。


【続きます】







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~ Comment ~

待ってました。

今回はリアルタイムで読んでます。
学さんと美春ちゃん。
なつかしーなんて思ってワクワク。
こっそりなんて言わないで時間の許す限りどんどん書いて下さい。
お待ちしております!

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Re: 待ってました。(rieppeさんへお返事です)

rieppeさん、こんにちは!

お読みくださり、ありがとうございます!
待っているとのお言葉、胸に沁みて嬉しいです。
今更? という感じしかないのではと思っていたものですから。

ありがとうございます。
できる限り、書き続けていけたら良いなと思います。
第二章も、何卒よろしくお願いいたします!

Re:ごまさんへお返事です(2/15)

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