溺愛マリッジ

第一章・2月/5

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「次はクリーム付けてあげるねー」
 フォークに取ったガトーガナッシュはひと口分。そして皿に添えられた生クリームをひとすくい。
 学へ差し出そうとして、美春はなにかを思いだしたかのように手を止めた。
「そういえばね、これを作るって決める前に、もうひとつ候補があったのよ」
「ふうん、もうひとつって? トリュフかなんかか?」
 何気なく訊き返し、学はソファの前のテーブルからコーヒーカップを手に取る。
 なぜか「んふふ」と笑う美春をほんわりと見つめてカップに口を付けると、彼女は恥ずかしそうに答えた。
「あのね、全身にチョコ塗って、『はい、バレンタイン!』って抱きついちゃおうかなって」
 その瞬間、学は盛大にむせた。
「だ、大丈夫? 学っ」
 学が咳込んだので、美春は慌てて皿をテーブルに置き彼の背をさする。こんな奇抜すぎるアイデアを聞かされては、さすがの学も驚くというものだろう。
「ごめんね、びっくりしちゃった? で、でもね、お母さんにそれは駄目だって止められちゃったの。全身に塗る手間もかかるし、床にチョコが垂れたりしたら葉山家の高価な絨毯が汚れるからやめなさい、って」
 なんとなく止める理由のポイントが違うような気もするが、これが美春の母の言い分だと思えばなんとなく納得もいく。
 すると、コーヒーカップをテーブルに戻した学が、がしっと美春の両腕を掴んだ。
「俺、それでも良かった!」
「えっ……、そ、そう? でも、全部舐めなくちゃならないんだよ?」
「大丈夫だ! 俺、美春の身体なら全身舐め尽くせる自信があるから!」
「全身舐めたら、甘すぎて胸やけしそうだよね」
「美春を舐めて胸やけするわけがないだろう!」
 チョコを舐めるという話をしているのだが、学の中では美春を舐めるという話にすり替わってしまっている。
 却下されたというプランに魅力的な後ろ髪を引かれているらしい学ではあったが、彼は考え直したかのように言葉を止めた。
「……あ、やっぱり、まずいかな……」
「そうだよね、虫歯になりそう」
「いや、そうじゃなくてさ。美春が耐えられないと思う」
「私? どうして?」
「腕一本分舐められた頃には、美春、イきまくって動けなくなってると思うぞ」
「なっ、なによぉ、そんなことないわよっ」
 恥ずかしい予想をたてられ、少々ムキになる。敏感なのは自分でも分かっているが、まさか腕一本分舐められて昇天しはしないだろう。
「そんなことあるって。――たとえば……」
 学は美春の手を取ると、身を乗り出してテーブルに置かれた皿を取る。ガナッシュの横に添えられた生クリームに美春の左薬指を沈め、指の間までクリームまみれにした。
「学……あの、まさか……」
 彼がなにをするつもりなのかを悟った美春は、戸惑いつつ彼の行動を見守る。
 学は皿を戻すと、クリームまみれの指を口に含んだのだ。
(やっ、やっぱりっ)
 予想通りの行動ではあるが、特に美春は抵抗を見せない。そのまま彼に指を任せた。
 第二関節まで口腔に含まれた指は、強弱を付けて吸われる。絡みついていたクリームが蕩け落ちる感触。もったりと絡まるのはクリームだろうか、それとも彼の唾液だろうか。
 分からないまま、クリームに汚された指が舌で舐めまわされる。指に伝わるおかしな感触。むず痒いような、くすぐったいような。
「ぅンっ……学っ……」
 つい表情が歪んでしまう。きゅっと肩をすくめると、学が肩に手を回し美春を抱き寄せた。
「ハァ……ぁ」
 指を食む彼に目を向けて、美春はポッと頬を染める。学は口を半開きにして、わざと指を舐めまわす様を見せつけているように思えた。
 その舌の動きが妙にエロティックで、見ているだけで違う行為を想像させる。
 また、学の表情がやけに色っぽいのだ。女々しいという意味ではなく、舌を動かしながらその目で見られるだけでぞくりとする。いわゆる、男の色気というものだろう。
 舌は指をなぞり指先を吸い、爪の間に舌先を這わせる。指輪の部分に唇をあて、指の根元を舌がしごく。クリームの存在などとっくにないのに、それでも学は指の間をじゅるっと吸い上げた。
「あぁんっ、ダメぇっ……」
 ついに我慢できなくなった美春が学の胸にしがみつく。学はあははと笑って美春を抱きしめた。
「ほらみろ。やっぱり耐えられなかった」
「もーっ、学っ、いじわるーっ」
「美春はね、指フェラに弱いんだよ。してるときも、これされるとすっごく焦れるだろ。まあ、それを言ったら全身弱いんだけど」
「やっ、やーっ、もうっ、えっちっ」
 ポカポカと学の胸を叩く。「もうっ」と、ちょっと拗ねた目で彼を見上げると、ピンクに染まった頬をつつかれた。
「だから、全身チョコ案は俺も却下だ。ついでに、そうなったら全身舐め終わるまで俺だって我慢できないだろうし」
 美春が感じすぎるからというより、正直こっちが本音ではないのだろうか。学が“舐めるだけ”で、いつまでも耐えられるはずがないのだ。
 学は安堵の息を吐き、美春を掻き抱いて頭を擦り寄せる。
「やっぱり美春はかわいいなー。昔と変わんないよ。いや、昔よりかわいいぞ。結婚して変わるとか、ないよなぁ」
「結婚して……? なあに、それ」
「田島にさ、結婚すると女は変わるっていうけど、美春は変わってないかって訊かれてさ」
「変わるってなにが? そんなこと……。あっ、自覚できることがひとつだけあるかな……」
「えっ? なんだっ?」
 せっかく安心したというのに。学の気持ちはにわかに緊張する。美春自身が自覚してしまうほど変わったこととは、いったいなんなのだろう。
 彼女の身体を離し、きょとんっとする顔をじっと見つめる。美春にしてみれば、学はどうしてこんなに慌てているのだろうと不思議でならない。
 結婚して変わったこと。きっとそれは彼にも当てはまることなのに。
 美春は両肩をすくめると、「んふっ」とはにかんだ笑顔を見せた。
「あのね、結婚前より、もっと学が好きになったこと」
 これは堪らない。この言葉と笑顔だけで、学の理性は崩壊状態だろう。
「みはるっ!」
 再び美春をギュっと抱きしめ、彼はそのまま彼女ごとソファに倒れ込んだ。
「学もそうだよね? 結婚する前より変わったでしょう?」
 そう尋ねる美春の声はちょっと恥ずかしそうだ。愛されていると分かってはいても、確認してしまう行為はやはり照れくさい。
 学は顔を上げ、嬉しそうに微笑み美春を見つめた。
「ああ。結婚前より、もっと美春が好きになってるよ」
 欲しい言葉をもらえて、美春は彼に抱きつく。
「学ー、好きーぃ」
「あーっ、もうっ、やっぱり全身にチョコ塗っちゃおうか」
「えー? 今から?」
「美春の全部、隅から隅まで舐めまわしたくてしょうがない」
「やーね。それならチョコ塗ってなくたっていいじゃない」
「なんか塗っとかないとさ、全身っていう目標を遂げる前に俺が我慢できなくなるだろう」
「そんな目標いらないってば」
「そうかっ。挿れながら舐めまわせばいいんだ」
「学っ、その言いかた恥ずかしいっ」
 ちょっと怒った声を出しつつ、美春は笑い声をあげる。
(結婚したら女は変わる? もう、男同士で勝手なこと言って)
 美春だって言ってやりたいのだ。涼香に愚痴って『はいはい、分かった分かった』と呆れられてしまいたい。
(変わったのは、学よ)
 昔から、美春に対してずっと一途で過保護で、婚約してからは惜しみなく美春を溺愛してきた学。
 だが、美春は思うのだ。
 結婚してからは、間違いなくそれがエスカレートしていると。
「美春っ、愛してるよ」
「私もっ」
 だが、そんな旦那様の暴走も、嬉しいくらい許せてしまう。
 ――愛、あればこそ。だろう……


【第一章・END/第二章に続きます!】

*第二章は3月中旬更新予定です。



 


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