溺愛マリッジ

第二章・3月/2

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 差出人不明の贈り物に注意を払うのは、当然である。
 普通に生活をしていたって、誰からか分からない封書が届けばおかしく思うだろう。
 美春は今、葉山グループの跡取りたる男の妻なのだ。知らないところで、なにかの妬みや良からぬ目的のターゲットにされてしまう恐れだってある。
 婚約者時代にだって、そんな出来事が何度かあった。
 いくら平和な日々が続いているのだといっても、まったく気を抜いて良いわけではない。学はそれを案じてくれたのだろう。
 専務室で感じた妙な胸騒ぎを自分なりの解釈で片づけ、美春は共にエレベーターへ乗り込んだ櫻井へ顔を向ける。
 機内はふたりきり。櫻井は一応上司ではあるが、色々と親しい間柄であるゆえか気さくな笑顔が漏れてしまう。
「櫻井さんは、私に届いたっていうお花、見たんですか?」
「いいや。受付から連絡がきたんだ。小さな物だって言っていたが、配達員が持ってきた届表には、発送されたフラワーセンターの名前しか書いていなくて、誰からなのかは分からないらしい。同梱されているっていう封筒の中を見れば分かるだろう」
「お友だちかなあ。だとしたら嬉しい。お誕生日だし」
 本心を込めて出た言葉。それを聞いた瞬間、櫻井が驚いた顔で美春を見た。
「お前、誕生日だったのか?」
「はいっ。あっ、櫻井さんっ、かわいい部下にお祝い待ってます」
 両手を後ろで組み櫻井を覗きこんで、美春は笑顔でおどけて見せる。「ふざけるな」と冷たくスルーすればいつもの櫻井なのだが、彼は一瞬美春が引いてしまうほどの笑顔で、にっこりと笑った。
 そして、彼の笑顔にひるんだ美春の頭をくりくりと撫で、有難いプレゼントを口にしたのである。
「よーしよし、じゃあ、お祝いに、今日はたくさん仕事を回してやろうな」
「さっ、さくらいさんっ」
「いくつになったんだ? 早生まれで専務と同級生なら二十四歳か?」
「はっ……はいっ」
「よし、じゃあ、それに合わせて、二十四時間耐久勤務ってのはどうだ」
「それをやったら黒くてアブナイ会社になっちゃいますよっ」
 冗談なのは分かっているが、櫻井ならばやりかねないという危機感に襲われる。美春の慌てぶりに笑い声をあげた彼は、エレベーターが一階に到着してドアが開くと共に真顔に戻った。
(切り替え早いよね。この人)
 入社してから、会長第一秘書である義母を介して関わりを持つようになった当初、美春は櫻井が怖くて苦手だった。
 しかし慣れてみると、彼は非常に頼りになる。
 仕事面でもトラブル面でも、何度彼に助けられたか分からない。
(嫌味っぽくてすっごく怖い人に見えるんだけど……。良い人なんだよねぇ)
 心の中で櫻井を褒め、彼に続いてエレベーターを出ようとする。目の前にある広い背中が振り返った気配を感じて視線を上げると、微笑む櫻井が目に入った。
「おめでとう、女史」
 彼はそのまま前を向き、歩いていく。一瞬遅れて、美春も急いで櫻井の後を追った。
 とても心が温かくなるプレゼントを、もらったような気がした……

 *****

 美春が櫻井と共に専務室を出ると、学はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「花か……」
 気になるのは、彼女に届いたという花束の存在。
 友だちが送ったのだというなら、家へ届くのではないだろうか。家ではなく会社に届けられたのなら、仕事の関係者だという可能性もある。
(仕事の関係者で、美春の誕生日を知っていて、なおかつ花を贈ってくるような人間がいたか……?)
 半眼になった学の頭の中では、物凄い勢いで記憶の風が吹き抜ける。
 そして、一瞬のうちに出た答え。
(俺の美春はかわいいから、誰が贈っても不思議ではないな)
 送り主を特定しようにも、彼のこの考えではできるものではない。
 花を贈ったのが男なら……。
 気分は悪いが、やはり考えてしまうことは同じ。
(俺の美春は最高にかわいいからな。花を贈りたい気持ちは分かる)
 ――さらにグレードアップである。
 美春への愛情を最優先させ、学はイヤな胸騒ぎを思考の隅へ追いやる。
 送り主確認のために櫻井を同行させたのは、やはり“もしも”を考えてのことだった。
 平和な状況に浸りきっている毎日ではあるが、なにかあると最悪の事態にまで思考は動く。無理もないのだ。その習慣から逃れられないだけの修羅場を、ふたりは経験してきたのだから。
 傾きかかる負の思考を打ち止めにして、学はデスクの隅に置かれた大きな書類封筒を手に取る。
 美春が膝に乗ってくる前に持っていたものだった。
 軽く折られた紙が入っているのが分かる。学は封筒からそれを出し、広げてみた。
 A1ほどの大きさ。そこに映るのは、葉山製薬本社ビル。そして下段には、コンセプトフレーズと共にモデルが配置されている。
「よくできてるじゃないか」
 仕上がったばかりの企業ポスターだった。先月、美春がモデルとして撮影に入っていたものだ。
 学は撮影風景を見られなかったが、同行してくれた信の話では撮影は順調だったという。
 ポスターは、本社はもちろん各支社支店営業所へと配布される。
 モデルを入れたポスターは数年ぶり。今回は学が結婚したことで、記念に美春がモデルとして入ることになったのだった。
 それこそ二十五年前、学の両親が結婚をした当時は、学の母がモデルになったという。
『出来上がったポスターは、あまりにもかわいらしく仕上がっていて配るのがもったいなかった……。配布禁止にしてやろうかと思ったのに、父上や母上、果ては妹にまで全力で説得に当たられてしまった……』
 真面目な顔で当時の気持ちを語った父を思いだし、学は笑いがこみあげそうになる。しかし本格的に笑えないのは、彼も同じ気持ちだからだった。
(もったいないな……。美春、こんなにかわいく撮れているのに、他人の目にさらすなんてイヤだな……)
 ――あの父にしてこの息子あり、である……
 ポスターを眺め、締まりのなくなりそうになる口元をなんとか結んでいると、ドアにノックの音がした。
「専務、入ります」
 櫻井の声だ。彼ひとりなのかと振り向くと、開いたドアからは美春も一緒に入ってくる。
 彼女の様子を見て、学は眉を寄せた。
 不安げな表情をした美春。手には小さな花束を持っている。付き添っている櫻井も、どこか深刻な表情だった。
「どうかしたのか?」
 ポスターを戻して学が問いかけると、彼の傍に近寄ってきた美春が白い洋封筒を差し出した。
「差出人が分からないの」
「分からない?」
 洋封筒を受け取り、学は櫻井を見る。美春のあとから彼も近寄り、学に説明をした。
「発送されたのは、フラワーサービスのネット通販からです。美春女史宛てではありますが、送り主が会社になっていました」
「会社? うちの名前か?」
「はい。葉山製薬から美春女史に贈られた形になっています。ですが……、おかしな話です……」
 櫻井は稚拙な小細工を鼻で笑う。
 社内でどこかの部署が気を利かせたという解釈をさせたかったのかもしれないが、それならば直接秘書課へ持ってくれば良いだけの話。わざわざ通販などを利用する必要などない。
 何者かが、送り主である自分の存在を隠そうとしている。
 美春が手にしているのは、春らしいチューリップの花束。
 春らしい花のセレクトに、明るくかわいらしい黄色。いつもの彼女ならば、笑顔を誘われてしかるべきだというのに。なんたることか、美春が浮かべるのは不安げな表情。
 学はそんな彼女と視線を合わせて頷いてから、渡された洋封筒を開けた。
 中には、説明通り会社名が差し出し人になった伝票と、メッセージカードが入っている。
 そのカードに目を通し、学はおもむろにデスクからスマホを取り上げた。
 短縮番号を押し、耳にあてる。そして、皮肉な声を出したのだった。
「“田島センセ”、ちょっと、うちの美春を困らせる輩が現れたんで、力を貸してもらえるかな?」
 学が電話をかけたのは、信だった――――


【続きます】






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