溺愛マリッジ

第二章・3月/3

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 黄色い八重咲きのチューリップが十本。
 かすみ草と一緒にラッピングされた花束は、とてもかわいらしい。
 受付で受け取ったときは気持ちが明るかった美春であったが、添えられていたカードを見て、その気持ちはフェードアウトしていった。
 そして、そんな彼女の様子を見てカードを覗きこんだ櫻井も、表情を固めてしまったのである。
 差出人が分からないうえ、そこには……
「“あなたの白い肌も透き通る声も、すべてが素敵です。柔らかなこげ茶の髪が忘れられません”……か。熱烈だな……」
 一部カードの文面を読みあげ、信は顔半分を歪め鼻で笑う。
「倒錯的っていうか……自分の世界に浸りきってないか? その挙句、名も明かさずに花束か? 気持ち悪がられるのは当たり前だろう。間違ってる」
「まったくもってその通りだ。間違っている!」
 椅子に座り腕を組んでいた学が、信の言葉に同意して勢いよく立ち上がる。デスクにバンッと両手を置き、彼は強固なまでに主張した。
「美春の髪はこげ茶じゃない! 栗色だ!」
「そこ、主張するところが違う!」
 デスクの前に立っていた信が言い返すが、学は引かない。さらにデスクをバンッと叩く。
「大切なことだ! こげ茶と栗色は違うぞ! 確かに美春の髪は落ち着いた栗色だが、こげ茶とは違うんだ!」
「似た色なんだから、こだわんなきゃ分かんないだろう!」
「いいや! 俺に断りもなく美春に憧れておきながら、こいつは美春の魅力を分かっていない! これが許せるか!」
「お前の怒りはいったいどこへ向いてるんだ!!」
 学に負けじと、信も一度言い返すたびにデスクを叩く。回数を競っているわけではないと思うが、両者ひとことずつデスクを叩く回数が増えていくので、言い争う声と合わさり耳に響く。
 コーヒーを載せたトレイを持ったまま、美春はそんなふたりを眺めた。
 隣に立つ櫻井をちらりと見上げ、目が合ったところで困った顔をして見せる。彼は一瞬眉をひそめるが、諦めたようにハアッと息を吐いた。
 櫻井は前に出ると、言い争うふたりが思わず止まるほどの迫力でデスクを叩いたのである。
(わっ、デスク壊れちゃうっ)
 トレイの端を握りしめて美春が緊張をする。心配すべきはデスクではないのだが、問題となるふたりも口を閉じてくれたので、専務室は静かになった
 学と信に注目されるなか、櫻井が鋭い視線を学へ流す。
「――これ以上……無意味な口論で時間を潰し、本日のスケジュールにロスが出れば……。調整しきれません……。専務どころか女史まで残業確定となりますが……、よろしいですか……」
 おそらく学は、心の中で「よろしくない!」と叫んだに違いない……
 背筋を伸ばし、誤魔化すように咳払いをする学を見て、信も状況を察する。彼も同じようにネクタイを締め直し、場を取り繕った。
 ひと決着つけ、櫻井はデスクから離れる。そんな彼に、ありがとうと目で合図を送り、美春は信に近づいていく。
「早朝からごめんなさい。“田島先生”。事務所でコーヒーを飲む暇もなかったでしょう? ひとまず、これどうぞ」
 トレイを少し上に掲げ笑顔でコーヒーを勧めると、信もつられて笑顔を作った。
「いや、そのおかげで美春さんのコーヒーが飲めるんだから。早く来た甲斐があったよ。ありがとう」
「急ぎの仕事とかなかった? 大丈夫ですか?」
「今日は午後から法廷があるけど、準備は済んでいるから。それに……」 
 信はトレイからコーヒーを取り、立ったままひとくち飲んで、学を横目にニヤリと口角を上げた。
「すぐに終わりそうな案件だしね。どうせ俺は、確認のためだけに呼ばれたんだろうな」
「え?」
 信の視線を追って学を見ると、彼も信に合わせるかのようにニヤリと笑う。そして、戻されたメッセージカードの文面をすべて読みあげた。
「“ライトを浴びるあなたの白い肌も、透き通る声も、すべてが素敵です。柔らかなこげ茶の髪に触れた感触が忘れられません。あなたの存在は癒しそのものです。お誕生日、おめでとうございます。”……ってことだけど……」
 語尾を引き、なにか思わせぶりな態度を取る学を、美春はワクワクした気持ちで見つめる。彼はいったい、どんなことに気づいているのだろう。
 そんな美春に目を向け、学は微笑ましげな笑みを作る。
「美春にこんな態度を見せてくる輩は、久しぶりだな。というより、向けてくる奴はいるけど、俺がガードしているせいで近寄ってこられない。色目どころか声もかけられない状態だ」
 自信満々に語る学を、美春はくすくす笑いながら見つめた。
 大袈裟なことを言っているようだが、これは間違いではない。
 ふたりは常に一緒に行動をしている。プライベートはもちろんのこと、仕事中も、ほぼ離れることはない。
 仕事の関係者や親しい者は、ふたりが結婚をしていることを知っている。レセプションやパーティーで美春に目をつけた輩がいたとしても、学が傍にいるおかげで彼女は常に守られている状態だ。
 誰だってトラブルはご免だ。下手に葉山の跡取りに歯向かい睨まれて、ただで済んだ者はいない――――
 そんな、決して冗談ではない噂を、誰もが分かっている。
「そこで美春に質問だ。最近、好意を向けてくる男の視線に気づいたことがあるか?」
「残念ながらないわ。今学が言ったように、しっかりガードされているから。……でも、そんな目を向けられていても、私が気づかないだけかもしれないわ。いつも見つめてくれている旦那様の視線しか感じないの」
「良い答えだな」
 美春の回答に満足した様子をみせると、学は続いて櫻井に目を向けた。
「美春はほとんどの場合、俺と行動をしている。だが、ときに別行動になる場合もある。たとえば秘書課内でのデスクワークや課内関係での外出。会長からの所用。そんなときは、櫻井さん、あなたが一緒である場合が多い。その視点から、最近美春におかしな視線を向ける男を感じたことがありますか?」
「ありませんね。特に、おふたりがご結婚されてからは……」
 櫻井の回答にも満足した学は、最後とばかりに信へ顔を向けた。
「で、田島」
「なんか、法廷で尋問される気分だな。お前、検察に向いてるぞ」
「弁護士じゃなくてか?」
「葉山は、庇うより攻めるほうが好きだろう」
「特に、美春に関してはな」
「最高の回答だな」
 親友同士意思の疎通があったところで、学は質問を再開しようとする。しかし、信は片手を立ててそれを制した。
「訊きたいことは同じだろう? けど、俺はいつも美春さんと行動を共にしているわけじゃないから、誰かが色目を使っていたかなんて分からないぞ」
 聞いている美春も同じことを思った。
 いつもは学と一緒。そうではないときは櫻井が傍にいる。美春のみならず行動を共にしているふたりもおかしな気配などは感じていないのに、滅多に一緒にいるわけではない信がなにかを感じているはずがない。
 学は、なにを彼に確認しようとしているのだろう。
「いや、田島の場合は、“いつも”じゃないんだ」
「となると、やっぱり一か月前のことか?」
「それだな」
 ふたりは同じことを考え、結論を出しているように見える。
(一か月前って……)
 なんのことだろうと考えていたが、美春はハッと思いだした。
 学も櫻井も傍にいない環境で、信だけが彼女の傍にいたことが最近あったではないか。
「ああ……なるほど……」
 美春が気づいたのと同時に、櫻井が呟く。彼も、学が繰り出していた質問の意味を察したようだった。
 ふたりの様子を見て、学はデスクを回り前へ出る。櫻井に視線を向け、デスクの端に置いていた書類封筒を手に取った。
「さて、残業を強いられないうちに、気がかりなことは片づけてしまいましょう。櫻井さん、車をお願いします」
 封筒に戻してあったポスターを取り出し、学はそれを広げた。
「“これ”を作った場所へ行きます」


【続きます】






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