溺愛マリッジ

第二章・3月/5

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 午前中、仕事以外の用事に時間をとられたものの、櫻井の協力もあって、その日のスケジュールは滞りなく進行した。
 途中、紗月姫から葉山邸へ誕生日のプレゼントを届けたとの連絡が入り、内容を聞いた美春はとても心が浮き立ったのである。
 早く帰って、紗月姫からのプレゼントを開けたかった。
 しかし今夜は、学とバースデーデートの予定が入っている。彼女からのプレゼントが見られるのは明日になるかもしれない。
 定時後、美春は早々に秘書課のオフィスを出て専務室へと向かった。
「学ー、準備できた?」
 中へ入ると、学はまだデスクに向かっていた。だが、机上は片づいているしパソコンも電源が落とされている。退社準備はできているようだ。
 ドアの前に立って「帰ろっ」と身体を横に傾けると、美春のかわいい仕草に呼ばれたかのように学も立ち上がる。
 近づいてきたので、てっきりそのまま専務室を出るのだと思ったが、美春の後ろへ手を伸ばした彼は、なぜかドアを施錠した。
「え? まな……」
 どうしたのと問いかける間もない。美春はそのまま姫抱きにされてしまった。
「食事に行く前に、ちょっとひと息つかせてくれ」
「ひ、ひといき……って」
「今朝、ひと息つこうと思ったら、邪魔が入っただろう」
 邪魔などと言っては、櫻井に睨まれてしまいそうだ。確かにひと息つける時間はハプニングに潰されてしまっていた。学はそれを取り返したいらしい。
 美春を抱き上げたまま、学は応接セットのソファへと移動する。腰を下ろし、彼女を横向きのまま膝に座らせ、腰を抱いて唇にチュッとかわいいキスをした。
「誕生日おめでとう。美春」
「……ありがとう、学」
「一カ月間だけ、同い年だな」
「そうね」
 ふふっと笑って学に抱きつく。彼の誕生日は四月十四日。ちょうど一カ月間だけ、ふたりは同い年になるのだった。
「そういえば、一真はなにを選んでくれたんだろう」
「分からないわ。まだ連絡はきていないから」
「邸に届いているかもな。早く帰りたいだろう?」
「あら? デート前にそんなことを言うの?」
 くすくすと笑う唇がふさがれる。キスをしながら美春の身体をずらし、学は彼女をソファに横たえてしまった。
 こんなことをしている場合じゃないのに、と思いつつ、彼がくれるキスの気持ち好さを手放すことができない。
 挨拶と同じくらいの気持ちで毎日しているキスではあるが、学がくれるそれは、ときおり全身が動かなくなってしまうほどの甘やかさをくれる。
「ん……まな……」
「しゃべったら、やめるぞ……」
 開きかかる美春の下唇を唇で挟み、学は横になぞっていく。彼の舌が上唇の内側に触れ、口腔を愛撫した。
「ふ……ぁ……」
 吐息が震えるのと同時に全身が戦慄く。キスはやめて早くデートに行こうと言ってしまえば良いのに、言えない……
 吸い付く彼の唇は、強弱をつけて吐息をさらう。上がる体温と同時に、口腔の温度も上がっていく。こもる熱さは、自分のものなのか彼のものなのか、もう分からない。
「……だ……め……。まなぶ……」
 吐息に混ぜて言葉を出す。上手く単語になっているのかも分からなくなりかかっていたが、学は分かってくれたようだ。
 彼は唇を離し、目と鼻の先で美春を見つめた。
「動け……なく、なる……」
「なればいい……」
 熱を持って色を濃くした唇を、学の唇がなぞり、彼の吐息が彼女の吐息をさらに熱くする。
 とろりとした気持ちのまま、閉じきれない瞼が、その隙間から艶のある彼の眼差しを流し込む。
 色香を孕んだ綺麗な双眸。視界の愉悦に、美春は瞳が濡れるのを感じた。
(学の目……、綺麗……)
 蕩ける意識が、身体の力を抜いていく。学の腕に添えていた手がするりと落ちると、彼が唇を離し美春の髪を撫でた。
「そんな溶けそうな顔をするな……。全身蕩かしたくなるだろう……」
「も……ぅ……」
 誰が悪いのと言わんばかりに学を睨む。……睨んだつもり、ではあるが、きっと、潤んだ瞳が揺れた程度だろう。
 薄微笑を浮かべた唇が美春の瞼をついばんだ。軽く触れただけなのに、電流を流されたかのように上半身が震える。
「誰のせいなの……って、言いたいんだろう? そんな目をしてる……」
 学の声が身体の奥底に沁みていく。すっかり彼のキスに溶かされてしまったような気がした。
 もういっそ、デートなど投げてこの場で抱かれてしまいたいとも思う。
(でもなぁ……、夜のデートは久し振りだし……)
 デートを取るか、目の前の愉悦を取るか、刹那、美春はおおいに迷う。そんな彼女の気持ちを読んだか、学はクスリと笑って、ゆっくりと美春の身体を抱き起こした。
「ここで、すぐに美春を感じたい気持ちは大きいけど、せっかくの誕生日にいきなりそれはないよな。……ひとまず、食事に行こうか」
「……良いのに……。ここでも……」
「だーめ。せっかく予約したスイートが無駄になる」
「部屋、とってあるんだ?」
「もちろん」
 ご機嫌な笑顔で、学は美春を肩から抱きよせる。彼とロマンチックな夜を過ごせるのは嬉しいのだが、少し残念な気持ちもチラリと動いた。
「じゃあ、今日は家に帰らないの?」
「泊る予定でいたけど……、ああ、そうか……」
 美春が少々がっかりしている意味を悟り、学は彼女の頭を撫でる。
「届けてくれたっていう、紗月姫ちゃんからのプレゼントが見たかったんだ?」
「……うん……」
 紗月姫が美春に用意してくれたというのは、なんと結婚式の当日、披露宴パーティーで着用するカラードレス。
 誕生日に合わせて、美春には秘密で作らせていたものだという。
『美春さんのイメージを、デザイナーと相談して作らせました。とても素敵に仕上がっていますから、きっと気に入っていただけると信じていますわ』
 意気揚々と語る紗月姫の口調から考えても、彼女がそれだけ言うのなら、どれほど素晴らしいものなのかと期待が膨らむ。
「紗月姫ちゃんのプレゼントは、明日にしよう」
「明日?」
「今夜は、違う物を美春に見てほしいんだ」
「違う物って、なに?」
「俺からのプレゼント」
「……学から?」
 考えてみると、学からのプレゼントというものを聞いてはいなかった。
 というよりは、この夜のデート自体が彼からのプレゼントなのかと思っていたのだった。
「ホテルの部屋に用意してあるんだ。ふたりきりで見ようと思って」
「見る? なにを?」
「ウェディングドレス」
「……え?」
 美春は目を大きく見開く。カラードレスの話で心を浮き立たせていたというのに、学はウェディングドレスを美春のために用意したという。
「でも……、挙式用のドレスは……」
 挙式用のドレスは、すでに決まっている。美春の母や義母と相談をして決めたものだが、美春自身も気に入っている一着だった。
「あれは挙式用だろう? 俺が美春にプレゼントするのは、披露宴用だ」
「披露宴でも、挙式のときのドレスを見てもらうんじゃなかったの?」
「途中で着替える。もちろん、母さんたちとも相談済みだ。紗月姫ちゃんからのカラードレスも着なくちゃならないし、涼香さんが見立ててくれた大振袖にも着替えなくちゃならないから、忙しいぞ、美春」
「学……」
「紗月姫ちゃんは自分がプレゼントしたドレスを自慢していただろうけど、俺だって美春に似合う物を相談して作らせた。絶対気に入ってもらえる自信はある。俺が選んだドレスは俺の奥さんにしか似合わない」
「学!」
 美春は両腕で力強く学に抱きついた。
「ありがとう、学……。嬉しい……」
「よし、その言葉、実物を見てからもう一度言ってくれ。感動して倒れるかもしれないぞ」
 学は声をあげて笑い、しがみつく美春を抱き返す。力を入れて抱きしめ、彼女を腕の中に感じ安堵の息を吐いた。
「こうして美春を感じていると、とても落ち着くよ……。安心する……」
 学の声が、愛情と共に全身へ、そして心にまで沁みていく。
 彼は、いつも美春を喜ばせてくれる。なにも言わなくても、誕生日にはとても素敵なプレゼントをくれる。
 けれど美春は、毎年思うのだ。
 こうして、毎年学に祝ってもらえることが、彼の傍にいられることが、最高のプレゼントだと。
 学に抱きついた美春の耳に、彼の囁きが落とされる。
 そしてその言葉は、とても嬉しいプレゼントだった。
「happy birthday. thank you for always listening to me」
 
 ――誕生日おめでとう。いつも、傍にいてくれて、ありがとう――


【第二章・END/第三章に続きます!】

*第三章は四月中旬から下旬に更新予定です。






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