溺愛マリッジ

第三章・4月/4

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 学が信の元へ歩み寄り、笑いながら話をしている。
 その姿を見つめていると、彼がかけてくれた気持ちに対して美春は胸が締めつけられる思いがした。
 すると、涼香に頭をポンッと叩かれたのである。
「なーに、旦那ばっかり見て。相変わらずねえ、もう」
「あ、相変わらずって、なによ」
「相変わらず甘やかされてるって意味よ。とは言っても、結婚して葉山君の過保護っぷりが衰えるとは思ってなかったけど」
 確かに結婚してから彼の過保護はヒートアップしている。否定はできない。
 美春が言葉なく苦笑いだけを浮かべると、やっぱりかと言わんばかりに涼香がクスクスと笑う。
「そういえば、今日はその過保護旦那の誕生日でしょう? 夜はデート?」
「うん、多分」
「多分って、決まってないの?」
「うん、まだ予定とか言われてないの。いつもの傾向からデートを予定してるんだとは思うけど」
「ふうん……。葉山君のことだから、誕生日プレゼント代わりに今日は美春に我儘いっぱい言うんだ、とかなんとか言ってベタベタくっついて歩いてるんでしょう?」
 さすがは無二の親友というべきか。ほぼ正解である。
 引きつりそうになった美春の口元は、その直前でくすぐったげな笑みを作る。はるかが肩にかかった美春の髪を掴んで、クイクイっと引っ張ってくるのだった。
「悪戯っ子さんだなあ。誰に似たの?」
「はるかも美春に構いたいのよ。きっと私譲りね。葉山君には負けないわよ、って感じ。そっか、美春を葉山君から取っちゃいたいときは、はるかを口実にしちゃえばいいんだ。『はるかが会いたがってるよ』って」
「なに言ってるのよ、もう」
 アハハと笑ってから思い立つ。美春は詩織にしたのと同じ質問を涼香にもふってみた。
「その“プレゼント”もね、なにをしてほしいんだか、どんな我儘を言いたいんだか、まったく分からない状態なのよ。かえって私のほうが構われているような感じ」
「美春が構われるのは、いつものことじゃない」
「うーん……、いつも以上に構われちゃってるような気がするのよ。もしかしてすっごい我儘を言うつもりなんじゃないか、なんて考えちゃう。どう思う? 涼香」
「葉山君のことだから、……したことのないようなことをさせてもらいたい、とか……そういったことじゃないの?」
「なっ……なんなのっ。その、聞くからにいかがわしい発想はっ……」
 詩織といい、涼香といい。本当に学は、どんなイメージなんだと不安になる。
「えー。だってね、男が根回ししてご機嫌を取ってくるなんて、ちょっと変わったことさせてもらいたいとかそういうときじゃないの? 葉山君辺りだとテクニックに変なプライドとか持っていそうだから、道具系のお願いではないとは思うけど」
「ど……道具っ……。ちょっとぉっ……、涼香っ」
 昔から物怖じしない発言が特徴の友ではあれど、相変わらずの爆弾発言力である。
 あたふたする美春を横目に、彼女の予想は続いた。
「あとは……、縛ってみたいとか……。ありそう」
「しっ、縛っ……。ちょっ、……それはない、それはないっ。縛るとか、変だよっ。そんなの信じられないっ」
 否定しつつも涼香の発想に引きつった笑いが漏れる。焦りと照れからくるものだが、動揺しているのがバレバレだ。
 こんな反応を見せては、「照れちゃって、このーっ」とからかわれてしまうのがオチではないか。
 友の行動を予想した美春だったが、なぜか当の涼香は真顔になってしまった。
「変……変かなぁ……。そうか……、変か……。んー、変なのかなぁ……」
 ぼそぼそと呟き、美春から視線を逸らして考えこむ。こんな深刻な反応を見せられると、かえって自分の反応がおかしかったのかと焦ってしまう。
「あ、あの……涼香?」
「変でもないよねぇ……。けっこう、ソフトなやつならやってる人多いし……。言わないだけでさ……」
「りょ、りょーか?」
 なんとなく冷や汗が浮かぶ。これはどう考えたらよいだろう。変だ、と言った美春の言葉に対する反応だというのは分かるのだが、これではまるで……
(ま、まさか……。田島君って……そういう趣味なのっ!?)
 あらぬ想像をしてしまう自分が恥ずかしい。すると、離れた場所で学と話をしていた信が、そろそろ時間だよと涼香を呼んだ。
 涼香は美春の腕からはるかを取りあげ、にこりと笑う。
「久し振りに顔が見られて嬉しかったわ。じゃあね、美春。今度はゆっくり会おうね」
「う、うん、私も嬉しかった。……あの……涼香、さっきの話……」
「なに?」
「な、なんでもないっ」
 笑顔で美春に手を振り、涼香は信の元へと歩いていく。信も学と手を上げて挨拶をし合い、親子三人でエスカレーターのほうへ歩いていった。
 あわや、そういったことをしたことがあるのかと訊きそうになってしまったが、訊かなくて良かった。美春には少々刺激が強すぎる気がする。
 しかし……
(田島君……。そうか……そうなんだ……。人は見かけによらないなあ……)
 信に対する印象は、変わってしまうそうである。

 午後から会社へ戻った美春は、役員会議の準備前にデスクワークに勤しんだ。
 涼香との件もそうだが、結局学に気を回されてばかりで、彼のためになにもしてあげられていないような気がする。
『美春が構われるのは、いつものことじゃない』
 涼香の言葉を思いだし、苦笑いが漏れる。確かにそうだ。間違いではない。
 幼なじみ時代。婚約者時代を通しても、学は一貫した過保護体質。結婚してからは、それがエスカレートしていることも承知している。
 分かってはいるが、誕生日くらいは喜ばせてもらうのではなく喜ばせてあげたいと思う。それは、当然の感情ではないだろうか。
 秘書課のオフィスを出た美春は、フロアの休憩スペースへ向かう。自動販売機で冷たいジュースでも買ってこようかと思い立ったのだった。
「美春さーん」
 目的の場所へ行きつく手前で、とても元気で明るい声が彼女を呼びとめる。立ち止まり振り向くと、満面の笑みを湛えたひとりの青年が、大きく手を振りながら駆け寄ってくるところだった。
「お疲れ様です。午前中からずっと外出でしたね。今日は忙しいんですか?」
 服装を整えて歩く者がほとんどであるこの上層階で、スーツの上着を脱ぎ、袖を肘の上まで捲くった姿で歩く彼は珍しい。さらにネクタイも緩め気味だとあれば、力仕事でもしていたのかと訊きたくなる。
「須賀さん、なにか作業中だったんですか?」
「新しいセキュリティソフトのチェックです。なかなか気に入ってまして。これなら専務に一発O.K.がもらえるんじゃないかって思ってます」
「そうなの。相変わらず凄いわね。お疲れ様です」
 美春にねぎらいをもらい、嬉しそうに爽やかな笑顔を見せる。
 コーポレートIT事業部、特殊対策班、須賀大智(すがだいち)。決して表立って動くことはないが、彼はハッカーとしての逸脱した能力を学に買われ、秘書課の櫻井と同じ“専務のお傍付き”といわれる役に就いている。
 学より四つ年上。彼もまた昨年十二月に結婚をしたばかりの新婚だ。
 彼が所属するIT事業部はこの下の階。学に用事でもあるのだろうかと思っていると、須賀は手に持っていた水色のギフトバッグを差し出した。
「これ、うちの奥さんから預かってきました。今日って、専務の誕生日じゃないですか。美春さんとふたりで、お茶の時間にでも食べてくださいって。カップケーキなんですよ。……とはいっても、お茶の時間も過ぎちゃいましたけど……」
「悠里さんが?」
 小さなギフトバッグを受け取り中を覗くと、持ち手付きの小さな箱がひとつ入っている。中には須賀の妻、悠里(ゆうり)手作りのカップケーキがふたつ入っているのだろう。
「嬉しい。悠里さんが作ってくれるお菓子って凄く美味しいし。専務も喜ぶわ。ありがとう、いただきます。悠里さん、専務の誕生日覚えていてくれたのね」
 美春が声を弾ませて礼を言うと、愛妻を褒められた須賀は嬉しそうだ。
「美春さんにそう言ってもらえると悠里も喜びます。誕生日だし美味しいもの食べに行くんだろうから、こんな差し入れは差し出がましいかな、なんて気にしていたんで」
「なに言ってるの。そんなことないわ。嬉しいわよ。誰かが自分のためになにかをしてくれるのって嬉しいことじゃない。お祝い事なら尚更だわ」
「あっ、じゃあ、あれですか。もしかして美春さんのプレゼントも、専務になにかしてあげる系ですか?」
「うん、してあげたいんだけど、なにをしていいやら……。毎年してほしいことを言ってくれるんだけど、今年は言ってくれないのよ。おまけに今日は私にばっかり手をかけて色々としてくれるから、どっちが誕生日なんだか分からないわ」
「美春さんに、構うっていうことですか?」
 美春はちょっと照れながらこくりと頷く。すると、須賀が不思議そうな顔をした。
「なんだ。もうプレゼントあげてるんじゃないですか」
「え?」
「だって、専務が一番好きなことは、美春さんに構って、美春さんを甘やかして、美春さんを自分だけのものにしておくことでしょう? いつも以上に構われているっていうことは、専務は誕生日だからいつも以上に好きなことをさせてもらっている、ってことじゃないですか」
 須賀の見解に、美春は思わず息を呑んだ――――


【続きます】






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