溺愛マリッジ

第三章・4月/5

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『叶うなら、今日は一日中美春を抱きしめていたいよ』
 どうして気づかなかったのだろう。
 学は朝から、自分の望みを口にしていたではないか。
 仕事があるのだから、現実的にそれは叶わない。だが、一日中美春を抱きしめるのと同じくらいの充実感を彼が求めたのだとすれば、いつも以上の過保護ぶりにも納得がいく。
『専務は、なにをしているときよりも、美春さんに構っているときが一番幸せなんだと思いますよ』
 そう言った須賀は、美春信者とからかわれてしまうくらい彼女を敬愛している男だ。崇拝に近い憧れを持っていた経験があるからこそ、美春の傍にいたい学の気持ちが良く分かる。
 ただ愛する人の傍で、その人を感じていられることがどれだけ幸せか。どれだけいつも以上の充実感で満たされることか。どれだけ嬉しいことか……
 美春はすでに、“学がしてほしいこと”をしていたのだ。
 彼の傍で、彼にだけ甘えてあげる、という行為で。
 ――専務室のドアを大きく開ける。ノックもなく開いたせいか、デスクに向かっていた学が不審そうに顔を上げた。だがドアを開けたのが美春であると分かり、表情を和めたのである。
「どうしたんだ、美春。そんなに早く帰りたいのか」
 普段ならば「ノックくらいしなさい」と諭されたところだろう。だが彼は立ち上がりデスクから離れ、優雅な微笑みを向ける。
「俺もだ。早く美春が帰り支度をして現れないかとソワソワしていた」
 定時からまだ五分しか経ってはいない。これでソワソワしていたというのなら、せっかちすぎる話だろう。
 しかし今の彼を考えるなら、そう言われても納得ができた。
「あ……学……、膝枕……」
「ん?」
「膝枕してっ。私、疲れた」
 そう言いながらドアの鍵を回す。学は一瞬キョトンッとした顔を見せたが、すぐに中央のソファへと移動し端に座った。
「おいで、美春」
 ポンポンと膝を叩く学へ近づき、靴を脱いでソファに上がる。ころんっと転がった美春は、学の膝に頭を載せた。
「学の膝、気持ち良い……」
「美春の膝ほどじゃないけどな」
 学は笑顔で美春の髪を撫でる。耳の上から挿しこんだ指で栗色の柔糸を梳き、指先から流れ落としてその感触を楽しんだ。
「帰ったら、トリートメントしてやろうか」
「本当? 嬉しい。学、上手だから気持ち好いんだもん。じゃあ、私もお返しに洗ってあげる」
「え? 身体を?」
「髪だよお」
 声をあげてふたりで笑い合う。撫でていた髪を手に取った学がそのひと房に唇を付けると、美春はゆっくりと身体を起こし彼と向き合った。
「でも、身体も洗ってほしいな。たくさん触ってほしいから」
「美春……?」
「たくさん触って。構って……。一日中抱きしめていたいって言ってくれたでしょう? それと同じくらい触ってほしい」
 少々不安定な体勢のまま両腕を学の背に回し、彼に寄りかかる。腕の中に入ってきた美春を、学も両腕で抱きしめた。
「嬉しいな……。最高のプレゼントだ……」
 ホッと息を吐きながら美春を掻き抱く。学の表情は穏やかで、とても嬉しそうだ。
 やはり彼はこれを求めていたのだった。それを実感して、美春は嬉しくなる。はにかみを含めた頬笑みで学を見上げると、すぐに唇が落ちてきた。
 唇を合わせ、舌を吸い、絡めながら、学に促されるまま体勢を変えていく。横座りで足を伸ばしていた美春の身体を移動させながら、学は片足を床に落とし、ほぼ四つん這いに近い体勢で迫りながらキスを続ける。
 足を伸ばして普通に座る楽な体勢にはなったものの、彼から降り注ぐ激しいキスの猛攻に倒れそうな身体を、美春は後ろ手を着いて耐えた。
「ん……ふぅ……」
 絡む舌がぺちゃぺちゃと行儀の悪い音をたて、吐息の熱さを逃がすために開きっ放しになっている唇の端から銀糸が垂れ落ちていく。
 後ろ手を着く両腕ががくりと震え、今にも身体が後ろへ倒れてしまいそう。キスの激しさに降参した喉が酸素を求めて上を向くが、それは余計に学の舌を受け入れやすい形になってしまっただけだった。
 反った喉を学の指がなぞる。ぞくぞくする感触に肩を震わせると、美春の舌をしごく唇がクスリと笑んだ。
「美春……かわいい……」
「まなっ……ぁっ……」
 喉をなぞった指が、ブラウスとスーツのボタンをも外していく。すっかり前をフラットにしてしまった学は、ブラウスの中へ手を挿し入れ、ブラジャーの上から彼女のふくらみに触れた。
 大きく手のひらで包みこみ、やんわりと揉みこんでいく。じわじわとした気持ち好さが広がってきたとき、とうとう腕の力が抜け、肘ががくりと落ちた。
「ぁ……んっ」
 唇が離れて、大きな吐息と共にじれったい喘ぎが零れる。唇の端から垂れてしまった涎を手の甲で押さえようとしたが、その前に身体がソファに落ちた。
 美春の唇を解放した学の唇は、耳輪を食み首筋へと落ちていく。火照りだした彼女の肌を唇とブラジャー越しの手で感じながら、もう片方の手がネクタイを緩める。
 ムードも前ふりも完璧だ。もしかしたら、この場で甘い時間が始まってしまうのではないかという予感さえ走る。
(それでもいいかな)
 ムードに負けたわけではないが、学がそうしたいのならそれでもいいかと気持ちが緩んだ。ドアの鍵は締めてあるし、定時も過ぎているのだから。
 結婚前は、たとえ職場でも求められれば応じていた。結婚後は少しけじめをつけようと意識をして避けていた部分もあるが、今日くらいは……。学がそうしたいのなら……
 覚悟を決めた美春は、学の頭に腕を回す。胸に彼の頭が落ち、温かな吐息を肌に感じた。
 ――が、それ以降、学は一向に動かない……
 美春の胸に顔をうずめたまま、やわやわと動いていた手さえも止まってしまったのである。
 どうしたのかと声をかけようとしたとき、学が大きく息を吐いた。
「あーっ、美春の肌は気持ちが好いなぁ……」
「そ、そう……?」
「すっごく落ち着くんだ。美春にくっついていると。……肌は柔らかいし、温かいし、良い匂いはするし」
 学は再び深く吐息し、美春の胸にくりくりと顔を押しつける。なんとなく、ロマンチックに抱き合っているというよりは、はるかに懐かれているときと同じような気持ちになってきた。
 すると学が身を起こし、続いて美春を抱き起した。
「よし、早く帰ろう。すぐに帰ろうっ。早く帰って、美春とベタベタするんだ」
 張り切りだした彼は、外したばかりだった美春のボタンを留め始める。ご丁寧にブラウスの裾もスカートのウエストに仕舞い、スーツのボタンを留めて乱れた髪を指で梳いた。
「もっと艶々な栗色にしてやるからな。のぼせないように、お湯はぬるめにしておかないとな」
 学はとても楽しそうで、はしゃいでいるようにも見える。あっという間にムードもなにもなくなってしまった。美春は思わず噴き出してしまう。
「学、楽しそう」
「ああ、楽しいよ。楽しくないはずがないだろう。今日が俺の誕生日だってことは、美春は俺だけのものだってことだ。遠慮なく美春を感じて良い日なんだぞ」
 学の笑顔が、記憶の中にある過去の笑顔と重なる……
 ――――今日のお前は、俺のものなんだからな……
 昔から、そう言って笑っていた学。
 美春が学を好きでい続けたように、同じく幼いころから美春を好きだった彼。ただの幼なじみとしての関係でしかなかった時期、彼にとって、この誕生日プレゼントが最高の幸せであったに違いない。
 考える必要など、ましてや悩む必要などなかったのである。学が心から欲しかったものも、誕生日にしたいことも、すべて美春が彼の傍にいるだけで果たされることであったのだから。
 湧き上がる愛しさのあまり、涙まで浮かびそうになる。美春はそれを誤魔化すように、学のネクタイを直し始めた。
「……ここで、エッチしちゃうのかと思った……」
「ん? ここでがっつくより、邸に帰ってゆっくりがっついたほうが落ち着けるから良いだろう?」
「昔は色んなところでしたくせに。大人になったんですねー、学君は」
「そうですよー。大切な奥さんもいるし、落ち着かないとねー」
「あらっ、頼もしいですねー」
「惚れ直したか? ほらほら、『旦那様大好き』って言っても良いぞ」
 冷やかす美春の言葉を、学はおどけた態度で締める。ネクタイを直し終えた美春が手を離すと、彼女の頭を引き寄せ、髪の毛をふわりと握った。
「大切な、俺の“春”だからな」
 美春は両腕を学に回し、今の気持ちをその表情いっぱいに込める。
「お誕生日おめでとう。――私の、大切な旦那様」
 彼女の頬笑みは、春の木漏れ日のような優しさを彼に注いだに違いない。
 学の誕生日は、今年も、彼の愛しい春と一緒に、暖かな幸せに包まれたのだった――――


【第三章・END/第四章に続きます!】

*第四章は五月中旬から下旬に更新予定です。






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