溺愛マリッジ

第四章・5月/2

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 六月に行われる結婚式まで、あと一カ月。
 葉山グループ跡取りの挙式披露宴。その準備や段取りは、グループ傘下であるブライダルホテルのウエディングサロンスタッフが総力を挙げて行っている。
 とはいえ、やはり衣装関係の打ち合わせは本人の確認が必要。
 この日の終業後、美春はヘアメイクの件で変更の打ち合わせをするため、実家の母親と義母を伴い、サロンへと足を運んだ。
 そのため、学はひとりで先に帰宅したのである。
 両家の母親がいようと父親がいようと、美春がいる所に学あり、とまで言われている。いつもならばついて行くところなのだが、この日は彼も遠慮をした。
 美春は両家の母親と仲が良い。そして母親同士も仲が良い。女性三人で気兼ねなく楽しんできたらいい。そんな気分だったのである。
 帰宅をした学は、ひとりで夕食をとるのだと思うとさして食欲もわかず、先に調べ物をするとシェフに伝えて書斎にこもった。
 一時間後、自室のバスルームで軽く入浴を済ませる。いつも一緒に入浴をしているわけではないが、バスルームから出ても美春がいない部屋があるだけと考えると、なんともつまらない。
(母さんたちと食事して、お茶でも飲んでから帰ってくるかな……。連絡をくれれば、迎えに行くんだが……)
 そんなことを考えながら、学はバスルームを出た。――そのとき……
「学が作ったマシュマロが食べたい!」
 彼を出迎えた明るい声。その不意打ちに動きが止まる。
 それは決して、学がバスタオルを一枚頭からかぶっただけの姿であったからではない。彼としては、まさか愛しの妻がすでに帰ってきているとは思わなかったのだった。
「美春……、いつ帰ったんだ?」
「うん、ついさっき。部屋に入ったら学の姿がなかったから、書斎かバスルームだと思ったんだけど。そうしたらバスルームのドアが開いたから……」
「夕食は?」
「これからよ。帰ったときに聞いたんだけど、学も食べていないんだって? どうして食べてなかったの? 私より早く帰っていたのに」
「夕食の前に調べ物をしていた。書斎にいたんだ」
「そうなの? お疲れ様。じゃあ、一緒にご飯食べましょうね」
 美春は学に近づき、彼の胸に軽く手を添えてチュッと唇にキスをする。すると、いつもならば嬉しそうに微笑む学が、なぜか不満そうな顔をした。
「ここじゃないのか?」
 彼が指で示したのは、物足りなそうに曲がる唇である。キスをする場所が違うと、文句があるようだ。
「駄目っ。学、お風呂からあがったばかりだもん。口紅ついちゃうよ」
「“チュッ”くらいじゃ、つかないだろう?」
「……軽く“チュッ”で済むとは思えないし……」
 美春が軽くしても、絶対にそのあと「じゃあ、お返し」とばかりに彼からの濃厚な唇付けが待っているに違いない。
 彼女の予想は、学がニヤリと笑ってことで肯定される。分かりやすい反応をもらった美春は「やーねぇ」と笑いながら彼の胸をパシッと叩いた。
 続いて、学が裸にタオル一枚であることに対し、両手で顔を覆い「やんっ」とおどけながら背を向ける。学の裸など数えきれないほど見ているのだから、なにが“やんっ”だと大笑いでもしてくれたなら、それで終わりだった。
 だが学は、彼女のおふざけぶりに溺愛心を煽られてしまったのである……
「なんだ、その反応はっ。かわいいな、まったくっ!」
「きゃっ……ま、まなぶっ」
 学が背後から美春を抱きしめる。こんな反応を予想していなかったわけではないが、なんといっても学は入浴を済ませ満足に身体を拭かないまま出てきている。こんな状態の彼に抱きつかれては、美春のスーツまで濡れてしまう。
「ま、待って、待って学っ、スーツ濡れちゃうよっ」
「大丈夫。今、脱がせてあげるから」
「っていうか、もう濡れちゃってると思うー」
「じゃあ、もっと濡らしてあげる」
「学が言うと、やらしいよぉっ」
 学の腕の中で身をよじるものの、きっちり抱かれているので離れられるはずなどない。抱きつかれた時点で湯上りの温かさが伝わり、しっとりとした感触を覚えた。
 美春は観念をして抵抗をやめる。それを感じた学は、彼女の身体を返し、改めて向き合ったところで唇を重ねた。
「……おかえり。美春」
「うん。ただいま……」
 ひたい同士をコツンとぶつけ合い、再び唇を合わせる。濃厚なものではないが、忙しなく何度も何度も付けたり離したりを繰り返すキス。それは、美春に会いたくて堪らなかったと学が焦れているようにも感じられ、美春はくすぐったい気持ちでいっぱいになった。
「母さんたちと食事でもしてくると思ってた。よく帰ってこられたな」
「ほら、結婚式まであと一カ月だし、学の傍にいたいでしょって言ってくれて……」
「へぇ……、『いっつも一緒にいるんだから、たまには美春ちゃんを貸しなさい』とか言う人が……」
「お義母様がね、お義父様と結婚するときもそうだったんだって。もうすぐ結婚するんだと思ったらドキドキして、お義父様と一緒にいないと落ち着かなかった、って」
「へえ、初耳だ」
 両親のこんな仲睦まじい話を聞かされた息子の反応としては、照れてしまうのが正しい姿なのかもしれない。しかし当の学は、納得とばかりに真顔で頷いた。
 学の父も、息子に負けない溺愛体質。必然的に、両親の仲が良すぎる姿は幼い頃から見てきている。いまさらそんな惚気話のひとつやふたつ、全く平気なのだった。
 学はひとまず頭にかぶっていたタオルを腰に巻くと、美春の背を促し寝室へ向かった。
「夕食の前に、まず着替えだな。そうか、食事してこなかったから空腹だったんだな? だからいきなり『マシュマロが食べたい』とか言いだしたのか」
「うん……まあ、それもあるんだけど……」
 同意はするものの、美春の言葉はまだなにかを言いたげな余韻を残す。ふたりは寝室へ入るとクローゼットの前で立ち止まり、学が美春のスーツのボタンを外し始めた。
 彼自ら着替えさせてくれるつもりらしい。しかし無言のままで手だけを動かす仕草は、美春の話を待っているかのようでもあった。学は、彼女がなにかを話したがっている様子を悟ってくれているのである。
「……あのね……、今日の昼にね……」
 スーツの上着がスルリと腕から抜ける。出始めた言葉を聞き逃さぬよう、学の指はブラウスのボタンをゆっくりと外していった。
「銀行の前で……、小さな男の子に母親と間違えられたの……


【続きます】






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