溺愛マリッジ

第四章・5月/3

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 昼間の出来事が、美春の脳裏によみがえる。
 絡まった柔らかな手。細くかわいい、女の子のような声。
『ママぁ……』
 ――甘えたくて堪らないと、いわんばかりのトーン。
「昼に出掛けて、そんなことがあったんて聞いていなかったな。その母親は、そんなに美春に似ていたのか?」
「髪の長さと後ろから見た形で判断したみたい。なにかに気をとられて母親から離れてしまったんでしょうね。似た後ろ姿を見つけて、咄嗟に手を取ってしまったんだと思うわ」
 美春の話を聞きながら、学は彼女のブラウスのボタンを外し腕から抜いていく。スーツの上着と同じように床へ落とした。
「一緒に探してあげようとしたの。でも、すぐに母親が現れて……」
「すぐに見つかったなら、良かったじゃないか」
「……男の子が傍から離れたこと、凄く怒っていたわ。話をしていた私には目もくれないで、無理やり男の子を引っ張って行ったの」
 トーンが落ちた声を聞き逃さぬよう、学はその場にゆっくりと両膝をつく。スカートのホックを外し足元へ落とすと、今まで締められていたウエストに唇を付けた。
「それで……、美春はイヤな気持ちになったのか? 小さな子どもがウロウロしてしまうのはしょうがないことだとはいえ、母親の注意不足であることも多い。その母親は、一方的に子どもを責めたんだろう?」
「うん……。でもね、違うの……」
「ん?」
「羨ましくなった……。そのお母さん……」
 ウエストラインで、美春の肌を横になぞっていた学の唇が止まる。彼としては、子どもを叱る母親の姿を見た美春が切ない気持ちになってしまったのだろうと思ったのだった。
 意外な言葉に彼が驚いたのだと悟り、美春は苦笑いを漏らす。
「あんなに怒らなくても、って……、最初は思ったの。でも、その子、私を母親と間違えたとき、とっても嬉しそうな声を出していたのよ。『ママぁ』って」
 学が作ってくれたマシュマロを思いだしてしまうほど、柔らかく優しげな雰囲気。甘えたい気持ちを抑えようとして抑えきれていない、そんなくすぐったさ。
「この子は、お母さんが大好きなんだろうって思ったわ。……こうやって怒られたって、乱暴に手を引かれたって、母親だと間違えた私に、あんなに嬉しそうな笑顔を見せてくれるんだもの。そう考えると、その母親が羨ましくなった」
 止まったままの学を見おろし、美春は彼の頭を撫でる。しっとりと湿る髪を指に絡め、ゆっくりと滑らせた。
「この人は子どもに愛されている。……叱っても、自分の感情をぶつけてしまっても、そんなもの気にせず無条件で愛してくれている子どもがいる。その絶対的な繋がりが、羨ましかった。……私も、そんな母親になりたいって……思うから……」
 美春は自分の母親と仲が良い。彼女自体が、無条件で母親が好きだ。叱られたことだって喧嘩をしたことだってあるが、それでも、決して嫌いになれない存在として自分の中で確立されている。
 学が自分の父親に目標と理想を掲げているように、美春もまた、自分の母親の優しさを理想にしている。
「いつか子どもができたら、そんな母親になれるかな。私……」
 声に照れが混じる。まだその存在の影さえ無い、ふたりの子ども。それを語るとくすぐったい気持になるのは、気が早いと考えてしまうからだろうか。
 止まっていた学の唇が、再びウエストラインで動く。へその上で止まり、クスリと笑った。
「なれる。……当たり前だろう」
 穏やかな口調は、とても嬉しい安心感をくれる。その声音の中に混じったものを感じ取った美春は、学の髪を両手でくしゃくしゃっと混ぜた。
「学、照れてる」
 胸のふくらみが邪魔をしてハッキリと表情は確認ができないものの、学の声はどこか照れくささを感じさせる。
 からかうような言葉を出してしまったが、彼もそれを否定はしなかった。
「照れるっていうか、楽しくなるだろう、そんな話をされたら」
「楽しい……? 嬉しい、じゃなくて?」
「どっちもだよ。俺と美春の子どもだ、考えただけで楽しみになる」
「せっかちねえ」
 そうは言うものの、美春だっていつかはくるであろう未来を想像すれば、浮き立つ気持ちを隠せない。学に両腕を引かれ、そのまま床に腰を落とした。
 さっきまで下にあった学の顔が、今度は見上げる位置にある。彼は美春にだけくれる極上の微笑みを浮かべ、彼女の髪を梳き、頭を撫でた。
「俺は、結婚する前から、すぐ作っても構わないって言っていただろう。軽々しいことを言うなって怒られてしまいそうだけど、それを言えてしまうくらい、俺はそのときが楽しみすぎて待ち遠しいんだ」
「私も……」
 染まる頬に学の唇が触れ、そのまま美春の唇へ異動する。
 もっとこの心地好いキスをもらっていたい希望はあるものの、湯上がりである学を思って、美春は彼の胸を軽く叩いた。
「……だからっ、学のマシュマロ食べたいのっ」
「肝心なところを聞いていないけど、その男の子とマシュマロと、なんの関係があるんだ?」
「ほんわりした雰囲気で、かわいい男の子だったのよ。繋いだ手がすっごく柔らかくてね。だから、学のマシュマロ思いだしたの」
「よく分からない理由だな」
「……そうねえ……、たとえるなら、はるかちゃんのほっぺの感触が手に絡まってきたような……」
「美春の胸の谷間に挟んでもらったような感じか?」
「なにをっ? たとえがエッチだなぁ、もうっ」
 話がだんだんずれていく。ふたりで笑い声をあげていると、美春はゆっくりと床に横たえられた。
「マシュマロ作るより……、俺、子ども作りたいな……」
 目的があからさまだが、求められているのだろうことは分かる。話の流れもあるが、まさか彼は本当に今から子づくりを考えてしまったのでは……
 美春は慌てて、覆いかぶさりかける学の胸を両手で押さえた。
「ほ……本気……?」
「んー、正確には、子どもができることが、したい」
「やっぱりそっちなのね……」
 ホッとしたような少し残念であるよな。しかし美春としては、ここで快く受け入れてあげるわけにはいかない。
 夫の暴走を止めるのは妻の役目。その決意をこめて、美春は彼を諭す。
「でもっ、夕食ふたり分用意してくれてるんだよ。早く行かないと、悪いよ」
「大丈夫だ。新婚夫婦がふたり揃ってなかなか下りてこないとなれば、気を使って部屋の前にでも置いておいてくれる。葉山家仕えの人間は察しが良いんだ。父さんと母さんで慣れている」
「それはそれで、なんか恥ずかしいよっ」
 そこまで聞かされてしまうと、じゃあいいか、とは言えない。人前で仲睦まじすぎる姿をさらすことにさほど抵抗はないとはいえ、ハッキリと情欲行為に走っている旨を悟られて、平気な顔をしていられるほど強かにはなれないのである。
 とはいえ、“ソノ気”になっている学を止めるのは至難の業。
 ゆえに美春は、彼を止める魔法のひとことを口にするのだった。
「ご……ご飯食べさせてくれなきゃ……、今夜、しないからねっ」


【続きます】






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