溺愛マリッジ

第四章・5月/4

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 ぴたり……。学の動きに音をつけるなら、おそらくそれが相応しい。
 石化したかのごとく動かなくなった彼を、美春はじっと見据える。ちょっと目を見開き表情を固める学と顔を突き合わせる今の状況は、見つめ合っているというよりは牽制しあっているといったほうが正しいような気がした。
 勝敗はすぐに決まる。学の手が両脇からスススッと離れ、美春を見たまま身体が離れ始めたのである。
 しないからね、は、まさに鶴のひとこと。いや、美春の奥の手。
 夕食は確保できそうだとホッとしつつ、美春も身体を起こす。すると、学の顔が視界の中で悲しそうに歪んだ。
「美春ぅ……」
「だっ、だめっ……! そんな『かわいそうでしょ、僕』みたいな顔したって! ご飯食べてからだからね!」
「この状態で“おあずけ”は、酷くないか?」
「この状態……って……」
 言われてから美春は現状を直視する。片や学は裸の腰にタオル一枚。片や自分は服を脱がされ下着姿。
 このまま、コトが始まってしまってもおかしくはない姿である。
「で、でも駄目っ!」
「準備も問題ないのに」
「……準備……?」
 教えられたわけではないのに、美春の視線は予感のままに彼の身体を下がっていく。通常の状態ではあり得ないタオルの張り具合を前面に確認するも、美春は心を鬼にしてキッと視線を上げた。
「駄目っ!」
「美春~、冷たいぞ~」
「そっ……、そんなことないっ」
「こんなに我慢させて。俺が射精障害になったらどうすんだ」
「ぜったいに、ありえないからっ」
 身を乗り出し、美春は言葉ひとつひとつを強調して力説する。彼女の主張が楽しかったのか、学はクッと笑いを噛み殺した。
「分かった分かった。先に食事だな」
 美春の頭にポンッと手を置き、落ちてしまいそうなタオルを巻き直して立ち上がる。クローゼットを開き、ワンピースを一枚手に取って美春へ放った。
 ロングのフレアーワンピースは、美春の頭を覆うようにパサリとかぶさる。同時に学の姿も視界から消えた。
 希望を聞き入れてくれたのは嬉しいが、準備万端だった学に我慢をさせてしまったのは少しかわいそうだったような気もする……
(少しくらい夕食に遅れてもいいから、許してあげればよかったかな……)
 もそもそと布を移動させながらワンピースを頭からかぶっていく。顔を出して袖を通し、美春は学の後ろ姿を見つめた。ジーンズを穿き終え、シャツに腕を通す彼。拒否された背中が寂しそうに見えて、美春の胸に罪悪感がよぎる。
(でもなぁ……、今許したら、夜中まで放してもらえないような予感もするし……)
 ゆっくりと立ち上がりワンピースの裾を足元へ伸ばしながら、頭を巡る幸せな妄想。そこまではないかと自分のノロケを自己否定しようとしたが、すかさず入った爽やかな学の暴言がそれを阻止した。
「まあ、いいか。今したら、次の食事が朝食になりそうだし」
 どうやら美春が心と身体を許すと、一晩中離してもらえないらしい。
 いつもなら相変わらずエッチなことばっかり言っているとからかうところだが、美春は四つん這いで学に近づき、ぴとっと彼の片足に抱きついた。
「……なにやってんの、美春?」
「うん。くっついてる」
「寝室から出ないでここにいようって言われてるみたいで、滾るんだけど」
「じゃあ……出なきゃいいじゃない……」
 学の言葉が止まる。シャツのボタンを留めるのも中途半端にして、彼は美春に合わせて床に腰を下ろした。
「なんだよ。せっかく諦めたのに。ご飯食べさせろって言ったの美春だろう」
 足を伸ばし彼女を引き寄せる。もたれかかる身体を抱き留め、学は苦笑をした。
「どうしたんだ? 気が変わったのか?」
「なんか……、諦めてる学を見たらかわいそうになって……」
「おっ? 情をかけてくれたのか? 心配するな。今の分溜めておくから」
「学が言うと、いやらしさマックスに聞こえるね」
「そんなこと言ってたら、俺が言うとなんでもいやらしく聞こえるだろう」
「間違いじゃないもん」
 ふたりで笑い声をあげるものの、学に頭をぽかりと小突かれる。彼の両腕が優しく背中をさすり、顔を上げた美春のひたいに唇が落ちてきた。
「それじゃあ、結婚式まで禁欲して、美春が言う『いやらしさマックス』をさらに膨らませておこうかな」
「まだ一カ月あるんだよ? 我慢できるの?」
「できないこともないと思うけど」
「そんなことしたら、新婚旅行中ずっと部屋から出してもらえなくなりそうだから駄目っ」
「よく分かったな」
 ご名答とばかりに、学は美春の頭を撫でる。先程ひたいを責めた唇は、次に鼻の頭で弾けた。
「たまに思う。美春を離れかどこかに閉じ込めて、誰にも見せないで俺だけのものにしておきたいって」
「危険思考ですよ。旦那様」
「昔から、美春に対しての独占欲は強いと自覚していたけど、結婚してから、もっと強くなったかな。良い意味で」
「良い意味?」
「うん」
 ふわりと笑んだ唇が、美春のそれに触れる。押しつけることもなく表面を優しくなぞられ、くすぐったい電流が走った。
「昔はさ……、美春をどこにも、誰にもやりたくなくて、俺の美春なんだって誇示するための独占欲だったけど、結婚してからは、美春は間違いなく俺の美春なんだっていう安心感からくる独占欲なんだよな……。意味、分かる?」
 言葉で上手く説明しろと言われたら、とても長くなってしまうような気がする。けれど学が言わんとしていることは、感覚的に美春の心に沁みてきた。
「うん……、分かるよ……」
 美春は自分から彼の唇を食み、何度も軽く吸いつく。両腕を肩から回し、彼女の視界いっぱいに映る愛しい瞳を見つめた。
「私は学のものだけど、学も私のものだもん」
 今度は学からキスが落ちてくる。しばらく互いに唇付けを繰り返していたが、ふと見つめ合いクスリと笑った。
「早く食事に行かないと、気の利いたシェフに部屋の前にワゴンを置かれてしまいそうだ」
「恥ずかしいよぉ」
 そう言い合いつつも、ふたりはなかなか離れない。学は美春を力強く抱きしめ、彼女の髪を撫でた。
「来月、楽しみだな」
「うん」
「食事のあと、マシュマロ作ってやろうか?」
「本当? じゃあ、いつもより甘くして」
「もちろん」
 お願いが通った美春は、嬉しそうに唇を寄せる。彼女が触れてくる前に、学からマシュマロのように柔らかいキスが与えられた。

 そして……
 キスよりも、マシュマロよりも、もっと甘い。
 ふたりの結婚式が、一カ月後に、やってくる――――


【第四章・END/第五章に続きます!】






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