恋のエトセトラ

●『プラトニック・ヴァージン』(キリ番299万9999リクエスト) ・1

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「帰るのか……?」
 ずっと握られていた手を外して立ち上がると、背後からけだるそうな声が聞こえた。
 しょうがない。彼は疲れているのだ。そう自分に言い聞かせて、私は薄暗い寝室のベッドを見おろす。
「うん、達彦、疲れてるみたいだから」
「泊まっていけよ……」
「私がいたらゆっくり休めないでしょう? 最近、仕事忙しいんだから、心置きなくゆっくり寝て休んでよ」
「……なんだよ、……それ……」
 不満そうな声と共に伸びる手は、私の腕を掴み引き寄せる。引かれるままにベッドへ腰を下ろすと、スーツ姿のままベッドに倒れ込み寝てしまっていた達彦の両腕が、私の腰に巻き付いた。

 セックスしたいのかな……

 なんとなくそんな予感がした。
 けれど私は、彼の腕をペンっと叩いておどけて見せる。
「駄目よ。仕事の疲れはその日のうちに取ってちょうだい。疲れを溜めて、結婚式当日までダルそうにされちゃ堪んないわ。……だから、ちゃんと休みなさいね」
「じゃぁ、泊まっていけよ……。少し寝れば元気になるし……」
 ああ、やっぱりそうだ……。軽く走る悪寒を振り払い、私は苦笑して達彦の頭をポンポンッと叩いた。
「“あの日”だから、駄目」
「……もう? このあいだじゃなかったか?」
「そうだっけ? 男の人は女の生理になんて関心がないから、定期的にきていても感覚が分かんないのよ」
 何食わぬ顔でうそぶくと、達彦の腕はスルリと離れる。

「じゃぁ、また明日、会社でね」
「ああ……」
 相変わらずけだるそう。けれどどこか寂しそうな彼の声を背に聞いて、私は寝室のドアを閉めた。
 このあと、彼はこのまま眠ってしまうだろう。食事もせず、シャワーも浴びず、着替えもせずに……
 少し前までは、仕事が忙しい彼を気遣って、食事を作り、お風呂を用意して、疲れて眠ってしまってもご飯ができたら笑顔で起こしてあげたものだ。
 なのに今は、それどころかセックスさえ面倒になってしまっている。

 私達は、三カ月後に結婚を控えているというのに……

 彼、高田達彦《たかだたつひこ》は、私よりもふたつ年上の三十歳。会社の先輩だ。
 三カ月後、私は彼と結婚をする。笹原美奈《ささはらみな》は、高田美奈に変わるのだった。
 達彦は優しいし仕事もできる。ほどほどに褒めてあげられる程度に顔も良い。
 友だちに「良い結婚相手捕まえたね」と言われるくらい、私だって自慢にしていたはずなのに。

 本当に、この人で良い?
 後悔しない?
 一生この人と暮らして、一生この人とだけセックスするんだよ?
 ――――いいの?

 私に問いかける“私”が現れてから、彼の傍にいること、彼に抱かれること、すべてに疑問が生じ始めた。

 疑問を抱えた心は、やがて身体にまで影響を及ぼし、彼に触れられることに嫌悪感まで覚えるようになってしまったのだった。
 「疲れているから」「生理だから」そんな理由をつけて、もう一カ月近く彼に抱かれてはいない。
 以前まで、一緒に過ごす夜や休日は必ず愛し合った。私も、達彦と肌を合わせることが好きだったはずなのに。

 まるで自分に、性欲がなくなってしまったかのよう。

 ――――マリッジブルー。

 そんな言葉が、私の心を苛み始めていた。

 ***

 家へ帰ると、やけに明るい雰囲気が私を迎えた。
 もう深夜の十二時も近いのに、リビングからは笑い声が漏れてくる。私は両親と三人暮らしだ。この時間に笑い声とは、なにかバラエティ番組でも観ているのだろうか。
 父が会社の人でも連れてきているのかもじれない。玄関には両親の靴の他に、男物の靴が一足揃えられている。しかしそれは普通のサラリーマンが履くような皮靴ではなく、若い子向けのスニーカーだった。
 お父さん、新入社員でも連れてきたのかしら……
 一応挨拶でもしておこうか。軽い気持ちでリビングのドアを開ける。「ただいま。お客様なの? こんばんは」いつものようにそう言って笑えばいいだけだ。話しかけられたら適当に答えて、さっさと引っ込んでしまおう。
 けれど私の言葉は、出ることなく呑みこまれた。

「あ! 美奈姉ちゃんだ! おかえり!」

 いち早く私の姿を見付け立ち上がった青年に、私の目は釘付けになったのだ。

「俺だよ! 従弟の亮介! ちっちゃい頃、遊んでくれたろ? 覚えてるよね?」

 サラサラの黒髪、爽やかな笑顔。背筋を伸ばすはつらつとした姿は若々しく、Tシャツの袖を肩まで捲り上げた二の腕と、大きく開いたシャツの首元に見える鎖骨に、どくんっと、全身の熱が湧き立つ。

 ――――抱イテミタイ……

 とんでもない感情を自覚した瞬間、理性が戸惑う。
 なんてことを考えてるんだろう。私。

「亮介君ね、大学受験のために予備校に通ってるんですって。三年生用の集中ゼミの会場がこっちだったらしくてね、一週間ほどうちから通うことになったのよ」
「集中ゼミ? ……ああ、夏休みだもんね……」
 社会人になると、学校の夏休み冬休みなんて周囲に学生がいなければ意識しなくなる。けれど今は八月初旬、確かに夏休み期間ではあるだろう。
「でも……、もう受験生なんだ……? 三年生にもなってた?」
 母親に説明をされ、今さらながらの事実に驚く。十歳年下の従弟。考えてみればもうそんな歳なのだ。
 すると、きょとんと目を見開く私の傍に、亮介君はいそいそと近づいてくる。
「いつまでもちっちゃい子ども扱いしないでよ、美奈姉ちゃん。高校入学のとき、お祝いくれたじゃん」
「あはは、そうだった……、ごめんねぇ」
 笑って誤魔化す私に苦笑いを見せるものの、すぐに彼の笑みは遠慮がちなものに変わった。
「いきなりお世話になること決めちゃって、すいません。親には、予備校で斡旋してくれたホテルを取ってやるって言われたんだけど、俺、美奈姉ちゃんに会いたくて……」
「私に?」
「うん。だって、十年ぶりだろ? 小学生の頃、高校生だった美奈姉ちゃんがすっごく大人に見えてて憧れてたから、美奈姉ちゃんに会いたかったんだ」

 会いたかったの言葉に、大きく鼓動が高鳴る。
 あの頃は私より背も小さく、彼の頭をくりくりと撫でては、ふざけて抱っこなんかをしてからかった。でも今は随分と背が高く、反対に私がからかわれそう。
 ふと、ふざけた彼に『昔の仕返し』と頭を撫でられ抱きかかえられている自分を想像してしまい、頬が熱くなる。
 赤面する顔を見られたくなくて、私はクルリと踵を返した。
「そ、そっかぁ……、本当に久し振りだねぇ……。――ごめんね、今日は疲れてるから、また明日にでも……」

 そのまま逃げるようにリビングを出る。自分の部屋へ向かうあいだも、私の心臓は大きく脈打ち続けた。
 どうしてあんなことを思ってしまったのだろう。――抱いてみたい、などと。
 急に大人になって現れた従弟に欲情した自分。
 そのよこしまな感情を責めるかのように、胸を叩く鼓動は、しばらく鎮まってはくれなかった……





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