恋のエトセトラ

●『プラトニック・ヴァージン』(キリ番299万9999リクエスト) ・3

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 亮介君が来てから、私は毎日のように通っていた達彦のマンションへは行かなくなり、仕事も早く終わらせて帰るようになった。
 私がマンションへ行かなければ、達彦も気を使うことなくゆっくり身体を休められるだろう。
 そんな考えを持ちつつも、それが自分に対する言い訳であることは理解している。彼の元へ行かない一番の理由は、亮介君と同じ場所にいたいという気持ちがあっての行動だったのだから。
 毎日のようにゼミはあるが、夕方には終わる。彼が帰ってくる時間は、だいたい私の帰宅時間と同じだった。
 亮介君に会い、亮介君の声を聞き、亮介君に触れるのがとても楽しく、心を浮き立たせてくれる。まるで淀んでいた心の曇りが晴れていくかのようだった。

 十歳も年下の少年に性的な感情を抱いてしまっている事実をひた隠し、これはおかしな感情だと自分を責めるも、改めることができない。

 小さな頃とはまるで違う逞しさ。
 笑い声は心地良く、「比べてみようか」と合わせた手はとても大きかった。
 夏の暑さに汗ばんだ肌からは、達彦とは違う“男”の香りがする。
 彼に休憩の差し入れをしに行くふたりきりの時間が、一日で一番楽しみな時間になっていた。彼に近づくたび、自分の中の“女”が刺激を受けているのが分かる。

 こんなにも強烈に、自分から男に触れたいと思ったのは初めてだった。
 彼を見ていると、抱いてはいけない感情でいっぱいになる。

 彼を、抱いてみたい……と。


 ***


『明日の土曜日は来るんだろ?』
 電話の向こうから聞こえる達彦の声は、相変わらず疲れているようだった。ちょっとイラついているようにも聞こえるのは、仕事が忙しいせいなのだろう。
「うん……、分かんないけど……」
『なんで? 土日はいつも来てるだろ』
「それは……、式とか新居とかの話もあったし……」
 準備が終わったわけではないし、新居の準備だって中途半端になっている。休みの日を利用して準備を進めていたけれど、明日は達彦の所へは行きたくなかった。

 明日は、亮介君が帰ってしまう日なのである。
 笑顔で彼が立ち去るまで、彼を見ていたいのだと私の心が我儘を言う。
『最近、ずっと来てないだろ? 会社は定時で帰ってるのに」
 達彦はやっぱり苛々している。疲れているなら早く寝ればいいのに。
『美奈さ、早く帰ってどっかに行ってるのか? なんかさぁ、最近凄く楽しそうだし』
「え……?」
『少し元気がない日が続いてただろ? 急に部屋にも来なくなって。そうしたら、最近はなんか楽しそうだし……。なに? なにかやってるのか? それとも、俺の所に来るのがイヤなだけ?』
「……別になにも……、どうしてそんなこと言うの? 私は、達彦が疲れているだろうなと思って……」
『疲れなんか取れるわけがないだろう。美奈がいないのに』
「なにそれ、どういう意味」
『もういいよ!』

 一方的に電話は切れた。
 私は片手に携帯電話、片手にアイスコーヒーを持ったまま立ちすくむ。
 亮介君にこのアイスコーヒーを届けに行こうとしていたのだ。客間の手前まできたとき、スカートのポケットに入れておいた携帯電話が鳴り出したのである。
 達彦からの電話。無視をするわけにもいかず応答してみれば、イラついた声を出されて喧嘩腰で会話は終了。すっかり気分を害されてしまった。

 達彦は仕事で疲れているのだから、私のことなど気にせず休んでいれはいいのに。私が部屋へ行かないのは、彼にゆっくり休んでほしいという気持ちもある。なのに、どうして私の気持ちを察してくれないのだろう。
 こんな気持ちも分かってもらえないのに、結婚して、この先ずっと分かり合っていくことなどできるのだろうか。

 私は大きく吐息し、携帯をポケットに入れる。せっかくの楽しい気持ちは、すっかり消えてしまった。

 やっぱり、結婚……、考え直したほうがいいかなぁ……

「美奈姉ちゃん」
 呼びかけられ顔を上げると、客間のドアから亮介君が顔を出している。私は慌てて笑顔をつくろった。
「あ、ごめん。アイスコーヒー、持ってきたよ」
「大丈夫?」
「なにが?」
「なんか、喧嘩してるみたいな感じだったし……。彼氏?」
 おそるおそる窺う様子に、胸が痛む。彼にそんな質問をされるのは辛かった。
「ん、まぁ、そうだけど……、大丈夫よ……」
 笑って彼の横をすり抜け部屋へ入る。
 テーブルの上には、いつものようにアンダーラインだらけの参考書やレポート用紙が広がっている。その横にアイスコーヒーを置いて腰を下ろすと、私の横に亮介君がぴったりと寄り添うように腰を下ろした。
 ちょっと、くっつきすぎじゃない? 肩同士が触れ、互いの手が重なったとき、聞いたこともないような亮介君の男らしい声が私の鼓膜をくすぐった。

「ねぇ、美奈さん……、俺と、セックスしようか……」

 驚いて横を見ると、目と鼻の先に亮介君の顔がある。私は慌てて顔を逸らした。
「なっ……、なに言ってるの……、いきなり。おかしなこと言わないの」
「だって美奈さん、俺とセックスしたいんでしょ? いっつも俺のこと、すっごい色っぽい目で見てるじゃん」

 彼に対して抱いていた邪な感情。それに気付かれていたことが恥ずかしい。私の顔は羞恥に染まった。
 赤くなった耳を、クスッと笑う亮介君の唇が食む。そのまま舌が耳の輪郭をなぞり、ぞくりとした疼きが走った。それを誤魔化すために、私は両肩をすくめる。

「なにやってんの、やめなさ……」
「やめて欲しいなら逃げりゃいいじゃん。なんで座ったままなのさ。ねぇ、美奈さん……」
 呼びかたが「美奈姉ちゃん」から「美奈さん」に変わっている。それだけなのに、妙に大人っぽく、いつもの彼ではないようだ。

「美奈さんさぁ、彼氏と上手くいってる?」
 先日訊かれたのと同じ質問だ。私が黙っていると、彼の追及は続いた。
「ほら、答えられないだろう? 最初のうちからなんとなくおかしいなと思ってたんだ。結婚前の女の人ってさ、彼氏の話されればもう少し楽しそうなんじゃないかなー、って。それに、最近彼氏に会ってるの? おばさんにも聞いたけど、毎日彼氏の所に行っていて帰りは遅かったんでしょう? でも、俺が来てから帰ってくるの早いよね」
「それは……、せっかく亮介君が来てるんだしと思って……」
「……俺に、会いたいから、なんでしょう……?」

 間違いじゃない。私はこの十歳も年下の少年を達彦と比べ、姿を見ては性欲を疼かせていたのだから。
 それでも、私は言い訳を試みた。
「……違うわよ……。彼、仕事が忙しくて毎日疲れているし、イラついているし、……だからひとりでゆっくり休ませてあげようと思って……。それで、彼の所にも寄らないで早く帰ってきているのよ」 
 これだって嘘じゃない。
 けれど、疲れた達彦の傍にはいたくないという気持ちも大きかった。それくらいなら、家に帰って亮介君の明るさに触れたいと思ってしまっていたのだから。
 すると、自分を正当化する私に、亮介君の疑問がぶつけられたのだ。

「でも、それ変だよ。疲れてしんどい時に、好きな女か傍にいないんだよ? イラつくのは当たり前だし、疲れなんか取れるわけないじゃん」





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