恋のエトセトラ

●『プラトニック・ヴァージン』(キリ番299万9999リクエスト) ・4

 ←『休憩室』「玉の輿ですか!?」本日発売です! →『休憩室』「玉の輿ですかっ!?」御礼

 私は目を見開いた。
 彼の言葉に、息が止まる思いがしたのだ。
 頭の中に達彦の言葉が再生される。
『疲れなんか取れるわけがないだろう。美奈がいないのに』
 彼は、私が傍にいることを願っていた? どんなに疲れていても。
 お茶を淹れなくても、食事の用意をしなくても、お風呂の用意をしなくても、例えずっとセックスをはぐらかしていても、彼は文句を言わなかった。
 「疲れた……」と、部屋に帰った早々ベッドに倒れ込んでも、ただ私の手を握って、安心したように眠っていた。

 彼は、私が傍にいることだけを望んでくれていたのに……。

「疲れててもさ、好きな女には傍にいてもらいたいし、触っていたいんだよな……。なんか、俺、……上手く言えないけどさ、……疲れてるときほど、好きな女に触ってると癒されるときってあるし」
 重なっていた手が離れる。亮介君はそのまま、抵抗もしない私をゆっくりと絨毯の上へ押し倒した。
「俺も勉強で疲れてるから、……癒されたいし……。俺と、スル? 美奈さん……。俺、経験あるから、面倒なことないよ?」

 力強い腕。若い肌と爽やかな笑顔。
 萎えそうになっていた私の中の“女”を、毎日刺激し続けた亮介君の身体が覆い被さってくる。
 これは、私が望んだ展開ではないのか。
 私はずっと思っていたはずだもの。
 “彼を抱いてみたい”と。

「やめておくわ……」
 けれど私の口から出たのは、今までの感情とは別の言葉だった。                                                                                                                                                    
「そんなことしちゃったら、幻滅しそう……自分に」
 亮介君はゆっくりと身体を離し、床に手をついたまま私を見下ろした。私は彼のまっすぐな瞳を見詰めながら、自分をさらけ出す。

「……君を、……抱きたいと思ったわ。……結婚相手とは、まったくなにもかも違う君を。……でもそれは、結婚が不安で、その不安から逃げ出したくて、結婚相手じゃない違う人を見て、不安を忘れたかっただけ……」

 それは、マリッジブルーが引き起こした、不思議な感情。
 不確かで、淫らで、不誠実で……
 けどこれは、私が持たなくてはいけなかった性欲だった。
 結婚という、これからの人生を迷った自分を、見つめ直すために。

 達彦を、私の中で再確認するために。

「良かった……」
 亮介君は私から離れて大きく息を吐き、はにかみながら髪を掻きあげた。
「おっかなびっくりだったんだ。……でも、美奈姉ちゃんに断られて良かった。……。断られなかったら俺、自分の気持ち戻せなくなるところだった……」
 ゆっくりと身体を起こして、私も苦笑いを見せる。
「……ごめんね……。でも、亮介君のおかげで、私も自分の気持ちに踏ん切りをつけられたような気がするの……」
 気泡が弾け飛ぶように、心の中で不安な気持ちが弾けていく。淀んだ不安が、エアパッキンを指で潰すように、なくなっていくような気がした。
 ひとつひとつ。少しずつ……。

「幸せになってよ……。美奈姉ちゃん……」
「うん……」
「でさ、また迷ったら呼んでよ。欲情させてあげるから」
「やめておくわ。亮介君とは、プラトニックな関係でいたいもん」
「なにそれ? 今度会ったらプラトニックじゃいられなくなるかもしれないって期待させてんの?」
 調子に乗った彼が身を乗り出す。私は広いおでこをペンっと叩いた。
「期待するくらい、いい男になりなさいよって言ってんのよ」
「イイ男じゃん、俺ーっ」
 もう一度おでこを叩いてそのまま手を止め、手の隙間から見える彼の目を見ながら、私はこの感情に終止符を打つ。
「私の結婚相手のほうが、何倍もイイ男だわ」

 私たちは同時に笑いだす。
 「ごちそうさまー、美奈姉ちゃん!」と叫んだ呼びかたは、いつの間にか元に戻っている。そして、気軽に肩から腕を回す彼も、彼の身体が触れて鼓動の高鳴りを覚えなくなった私も、幼い頃の従姉弟同士に心が戻っていった。
 私は笑いが収まりきらないまま立ち上がり、大きく息を吐いてから彼を見下ろす。
「亮介君、明日何時に帰るんだっけ?」
「朝飯食ったら、かな。新幹線の都合もあるしさ」
「そっか、じゃぁ、お見送りはできないかも。私、これから出かけるし」
 そう言っただけで、彼は私がこれからどこへ行き、誰と会うのかが分かったようだ。もちろん、なぜ朝の見送りができないのかも察したことだろう。
「“イイ男”に、よろしく」
「うん」
 二コリ笑って踵を返す。もう、手を振ってくれている彼の笑顔で鼓動が高鳴ることもない。
 部屋を出てドアに寄りかかり、私は心ごと深呼吸をする。

 夢を見ていた気分だ。
 マリッジブルーの、蒼い夢を。

 ***

『はい』
 耳にあてた携帯電話から聞こえるのは、達彦の声。
「達彦、これから行くから」
『美奈? どうしたんだ、突然』
「疲れてる? それでも行くからね。ひとりで休みたいって言ったって、傍にいるからね」
『なに言ってんだ、お前』
 不思議そうだけど、でも、なんだか嬉しそうな声。
 そう、この声。こんな声聞いたの久し振り。私まで嬉しくなってくるじゃない。
「ねぇ、達彦、セックスしよう。私、あなたのこと抱きたい」
『はあ?』
 いきなり何を言ってるのかと言わんばかりに、彼の声は裏返る。ドスンと大きな音が混じったので、ソファからでも落ちたのかもしれない。
「だから、早く開けてよ」
『開けるって……。なにを……』
「部屋のドア。私、合鍵持たないで来ちゃったから、鍵ないのよ」
 電話の向こうから「ええっ!?」と驚いた声。遠く響く足音は、おそらく携帯を投げ出して玄関へと走っているからだろう。

 携帯をポケットにしまい、私はドアが開くのを待った。
 部屋のドアが開き、そこから見えた、今一番愛しい人を確認して、私は彼に抱きつく。
「美奈?」
 不思議そうな声。それはそうだ、数分前、まるで喧嘩をするように電話を切ってしまったのだから。
 それなのに彼は、嬉しそうに私を部屋へ入れてくれる。それがまるで、ひとりマリッジブルーに悩んで拗ねていた私を許してくれているかのようで、なんだか心が熱くなってしまった。
 リビングへ入るのもそこそこに、私は達彦に唇を合わせる。戸惑っていた彼だが、すぐに私を抱き返し唇に応えてくれた。
「美奈……愛してるよ……」
「私も……」
「俺も……、美奈を抱きたかった……」
 廊下の壁に押し付けられ、彼の唇が首筋を滑り大きな手が身体をまさぐる。間違った嫌悪感を抱いていたはずの行為は、私の心を幸せで満たした。

 初めて体験した、プラトニックな蒼い感情。
 不安定な自分を振り払った今、それは私に、幸せになるための最高の魔法をくれたような気がした――――



     END





もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【『休憩室』「玉の輿ですか!?」本日発売です!】へ  【『休憩室』「玉の輿ですかっ!?」御礼】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【『休憩室』「玉の輿ですか!?」本日発売です!】へ
  • 【『休憩室』「玉の輿ですかっ!?」御礼】へ