年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第一章・年下は嫌いです!/1

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 天高く馬肥ゆる秋――――
 まさしくその言葉がふさわしい、爽やかな秋の日だった。
 気候に連動するかのように、美涼の気分も穏やかである。目覚ましが鳴る前にスッキリとした目覚めを迎えられたうえ、毎朝スマホに向かってうるさい声を響かせている弟も電話をしていない。いつもより一本早い電車に乗ったおかげか、珍しく空いた席を見つけゆったりとした気分で出勤できた。
 仕事の進みも順調で、久々に淹れた緑茶には茶柱まで立っている。
 おまけに、今日のお昼は仲の良い同僚たちとパンケーキで有名なカフェレストランへ行く予定。人気店なのでランチは予約制で、かなり競争率が高い。席が取れたのは本当にラッキーだった。
 今日はいい日だ……。美涼ではなくとも、そう思わずにはいられない。
 ――しかし……
「美涼サンっ」
 昼休み三十分前、そんな晴れやかな気分に暗雲が迫った。
「はいどうぞ」
 目の前に置かれたのは小さな白い箱。持ち手が付いたその形状から、ケーキが入っている箱にも見える。
 中身への期待に心が弾むところではあるが、置かれた場所が悪い。こともあろうに打ちこみ中のキーボードの上。しかも置いたのは、誰あろう昨日美涼を憤らせた堂嶋琉生その人だった。
 そこで美涼はハッと気づく。考えてみれば、今日は朝から琉生の顔を見ていなかった。普段から彼と組んでいる男性課員の姿を見た覚えもないということは、始業前から取引先の所へでも行っていたのかもしれない。
(そうか、こいつの姿が見えなかったから、よけいに気分が良かったんだ)
 失礼な考えではあるが間違いではない。朝から琉生の顔を見ていれば、昨日の一件を思いだし不愉快になっていたことだろう。
「なんなの……? これ」
「“プライム”のパンケーキですよ。会社に戻る途中で買ってきたんです」
「……私、……昼にはそこでランチする予定なんだけど……」
 昼に食べようと思っていた物を昼前にもらってしまった。苦笑いを浮かべて琉生に顔を向けると、彼は鞄を小脇に抱えたまま美涼の横に立っている。戻ってすぐに、この差し入れらしき物を持ってきたのだろう。
 美涼が昼に同じ店へ行くと知らなかったとはいえ、手土産のセレクトミスは否めない。話を聞いて、失敗したと照れ笑いのひとつでも見せてくれたならかわいい後輩だと思えたのかもしれないが、琉生は不思議そうに小首を傾げただけだった。
「それで? いいじゃないですか、昼メシ代ういたでしょ」
「私に、ランチに行くな……と?」
「天気もいいしー。なんだったら、裏の公園とかで俺と昼メシ食わない? 美涼さん」
 軽く笑う琉生から顔を背け、キーボードの上の箱を横へずらすと美涼は冷たく言い放つ。
「お断り」
「冷たいなぁ。せっかく美涼さんだけに差し入れしたのに」
 そう言われて、美涼は再びハッとする。視線だけで周囲を軽く見回し、本当に同じ箱がないことを確認して考えた。
 琉生は、なぜ彼女にだけ差し入れなどという物を用意したのか……
 そんな疑問はすぐに解決する。美涼は眉を寄せて横目で琉生を睨みつけた。
「……口止め料……?」
 それしか考えられない。彼は昨日資料室で見た一件を口外するな、そう言いたいのではないだろうか。
 すると琉生はクスリと微笑む。作りの良い相貌に浮かぶ、綺麗な微笑。ひたいでふわりと揺れる前髪は、彼の瞳をとても優しげに演出する。
 ……がっ、今の美涼には、それがただのズルイ笑みにしか見えない……
 琉生は片手をデスクにつくと、長身を屈めて美涼に顔を近づけ、声をひそめた。
「こんなモンひとつで口止めしようなんて、セコイこと考えちゃいませんよ。まあ、手付金みたいな感じ」
「よく分かんない」
「俺が資料室でイイコトしようとしてたとか、……別に、女子会ネタなんかにしてくれてもいいけどさ。……相手のことは……話さないでもらいたいんだよね……」
 美涼は琉生を睨んだまま顔を向ける。彼に合わせて声をひそめた。
「庇ってるんだ? ……そうだよね……、あの人……経理課の人でしょう……? 確か、既婚者だよね……」
 今度は琉生が眉を寄せる番だった。さらに顔が近づき、美涼はわずかに後ろへ反る。
「口止め料の代わりに、メシでも酒でも奢るし付き合うからさぁ。頼むよ、美涼サンっ」
「……あれだけ冷たく突き放しておいて……」
 昨日、眠りにつくまで美涼を不快にし続けた出来事が頭をよぎる。ひとり興奮を露わにしていた女性と、されるがままだった琉生。あそこまでさせておきながら、女としてのプライドを嘲笑い彼女を怒らせた。
 あれは、彼女が傷付こうとどうなろうと、自分には関係ないと思っていたからこそできた仕打ちではないのか。それなのに、自分はいいから彼女のことは口外するなとは、随分と今になって肩を持つものだと感じる。
(それともなに……? 気に入った女は、ああやって虐げたい男なの?)
 必要以上に近づいている軽薄なイケメン顔を、女の敵といわんばかりにキッと睨みつける。我ながら迫力らしきものはあったと思ったのだが、琉生はひるむどころかにこりと微笑んだ。
 なんとなく力が抜け、美涼はハアッと溜息をつく。
「……言わないわよ。だいいち、私、そういった他人の噂話みたいのって嫌いだから……。言う気もない」
「さすがぁ~、美涼サンっ」
 肩にポンッと置かれた琉生の手を「シッシッ」と手で払う。「ひどっ」とおどける声が耳に入るが、美涼は聞こえないふりをしてパソコンのモニターに目を向けた。
「安心しなさいよ。話題にすれば思いだすだけだもん。あんな胸糞悪いこと口になんて出さない」
「ありがとうございますっ。マジで俺、メシでも奢りますから」
「結構っ。これもらったしね」
 モニターを見たまま、パンケーキの箱を持ち上げる。すると、その手に琉生の手がかぶさり、美涼は驚いて顔を向けた。
 そしてまたもやギョッとする。彼の顔が、目と鼻の先に大接近していたのである。
「そんなこと言わないで……。飲みにでも行きませんか? ――ふたりっきりで……」
「……一カ月くらい女に向かってそんなセリフ吐けないくらい、顔を集中的にぶん殴ってあげようか……?」
 素早く琉生の手が離れる。彼が本気にしたかは分からないが、美涼はおおいに本気だ。
 ふんっと鼻を鳴らし顔を逸らして、美涼は仕事を再開させる。構わなければすぐにいなくなるだろう。そう思っていたが、琉生はなかなか立ち去らない。
「あのさぁ……」
「センパイさぁ……」
 いい加減デスクに戻らなければ主任辺りが眉を吊り上げる。苛立ち半分に忠告をしてやろうとした美涼の言葉に、琉生の声が重なる。彼女が言葉を止めてしまったので、そのあとに続いたのは琉生の質問だけだった。
「……国枝主任と……、いつ別れたの……?」
 彼の声はとても小さい。しかし、その言葉はとても大きく美涼の胸に響いた。
 次の瞬間、椅子のキャスターが背後の席に激突していきそうなほどの勢いで立ち上がった美涼は、何事かと注目する課員たちを意識して、わざと声を大にし琉生のデスクを指差した。
「女に気安く胸のサイズなんか訊くもんじゃないでしょうが! 仕事しなさい、仕事ぉっ!!」
 周囲の課員から爆笑が起こる。先輩女子社員にセクハラ一歩手前の質問をしたのかと濡れ衣を着せられた琉生は、駆け寄ってきた男性先輩課員に怒突かれつつデスクへ戻っていった。
 美涼と仲の良い同僚が「災難だったねー」と笑いながら椅子を戻してくれる。
 彼女に笑顔を返しながらも、美涼は震えそうになる手をギュッと握りしめていた。







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