年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第一章・年下は嫌いです!/2

 ←『休憩室』見本誌を戴きました →『休憩室』更新予定について

 ――――東條商事株式会社。
 全国主要都市に支社支店営業所を持つ、食料品専門の総合商社である。
 市の中心部であるオフィス街に、地下三階、地上二十五階建ての自社ビルを構える本社。
 その九階フロアにあるのが、営業部第一課。美涼はこの部署で営業事務として働いている。大学を卒業してから配置換えになることもなくずっと在籍しているので、一番とまではいわないがベテラン女子社員の域には入っているだろう。
 それゆえ、任される仕事も主任や課長クラスから回されるものが多い。つい最近までは、主任の国枝専属アシスタントのような仕事ばかりをしていた。
 しかし……
 その仕事内容は、一カ月ほど前から、がらりと変わってしまっていたのだった。
「結局、ランチには行ったんですかー?」
 午後からの仕事を開始した美涼に、背後からかかる間延びした声。口調から誰なのかは分かっているが、彼女はあえて振り向くことなくエレベーターの呼び出しボタンを押した。
「俺さぁ、もしかしたら一緒に昼メシ食ってくれるかなぁなんて……、少し期待してたんですよー?」
 構うことなく書類封筒を抱え直した美涼は、早々に開いたエレベーターへと足を踏み入れる。先客はいない。回数指示パネルに手を伸ばした彼女を、素早く乗りこんできた琉生が覗きこんだ。
「無視ですか? 美涼さん」
「え? ああ、私に話しかけてたの? 名前呼ばれなかったから気が付かなかった」
「……今、エレベーターの前にいたのって、俺と美涼さんだけでしたけど……」
「大きなひとりごとだと思ってたわ」
 琉生と目を合わせることなく、美涼は一階を押そうとする。しかしその直前で手を掴まれた。
 驚いた美涼は咄嗟に顔を向ける。そこには必要以上に近づきすぎた琉生の顔があり、彼女はさらに驚いた。
「――無視しないでよ……」
 小さく呟いた琉生の声が、なんとなく悲しげに聞こえたような気がする。だがそれを意識する前にエレベーターのドアは閉まり、美涼は反射的に彼の足をガンっと踏みつけていた。
「み……みすずさんっ……痛い……」
「じゃあ、放しなさいよ」
 掴まれていた手が放されると、困笑する顔も離れる。約束どおりに美涼も足をどけ、何食わぬ顔で指示ボタンの一階を押した。
 エレベーターが動きだすと、琉生は踏まれていた足を軽く上げてぶらぶらと振る。
「美涼サンさあ……、なんか今日、俺に冷たくないです?」
「気のせいでしょう? 堂嶋君に冷たくしているつもりはないわ。――優しくしてるつもりもないけど」
「ひでー、言いかた」
 そう呟きつつも、琉生はクスクスと笑っている。早く一階に到着すればいいのに。そんな思いを込めて階数表示を見上げた。すると、その顔を上から琉生が覗きこむ。素早く顔を背けるが、彼はまたもや目を合わせてきた。
「あのさあ、美涼さん。冗談抜きで一緒に飲みにでも行きましょうよ。お近づきのしるしにさ。俺、会社の飲み会以外で美涼さんと飲んだことないし」
「なんなのよ『お近づきのしるし』って。別にお近づきになった覚えはないわよ。“あのこと”なら誰にも言わないって言ったでしょう。それに、あんたとふたりっきりなんて、お断りよ」
「じゃあ、誰か一緒ならいい?」
「は?」
 なんとなく予想外の言葉を聞いたような気がして、つい琉生の顔を見てしまう。彼は両手を腰にあて、軽く小首を傾げて微苦笑を浮かべていた。
 しょうがないな……。まるで、そうとでも言いたげな表情……
 ふとなにかを感じかけたとき、エレベーターのドアが開いた。
 そこには数名の社員がいたが、彼と話をしていたことを誰にも気づかれないうちに顔をそらし、美涼はさっさとエレベーターを降りる。琉生もあとに続き、一階のエントランスホールを並んで歩きだした。
「同期の男、三人くらい集めますよ。美涼さんも同期の女子三人くらい誘ってくださいよ」
「なに? その合コンみたいな人数合わせ」
「いいじゃないですかー。年上の綺麗なオネーサンたちが来るって言ったら、すぐに集まりますから。美涼さんも、年下のイケメンとお酒飲もうとでも言っておいてくださいよ」
「自分でイケメンとか言うな。バカじゃない?」
 琉生の軽口を聞いていたら苛立ってきた。腹立ち紛れに歩調を早める。引き離すつもりだったが彼のほうが背も高く足も長いので、なんなく歩調を合わされ、先を行くことは叶わなかった。
「俺、自分に自信を持とうっていうポリシーの元で生きてるんで。……自分に自信が持てない人生なんて、損だと思いません?」
「はいはい。自信家でかっこ良うございますね。せいぜい口だけの独りよがりにならないようにするのね」
「そのための努力はしてるつもりだけど? 仕事も、人間関係も……」
 美涼はピタリと立ち止まる。合わせて止まった琉生に顔を向け、不満げな双眸を見据えた。
 確かに琉生は、仕事面において若手の中では一目置かれる行動力を持っている。女性に好かれる容姿であることを自覚し仕事にも精力的となれば、そこに自信が芽生えても不思議ではない。
 だが、その自信を振りかざし、昨日、女性をひとり傷付けたのではなかったか……
 美涼に言わせるならば、そんな自信はただ高慢なだけ。口から出る言葉はひとつしかない。
「……生意気……」
 そう言い捨て、琉生を無視して歩きだす。今度は追ってくる気配がないので、してやったりと清々した気分になるが、浮付きかけた歩調はすぐに止まってしまった。
「なんで……」
 目をぱちくりとさせて、自動ドアから見える外の光景を眺める。そこに見えるのは、ぽつりぽつりと降りだした雨。急ぎ足で歩く通行人。
「あー、雨かあ……」
 琉生が横に立つと、美涼はひたいを押さえて嘆息した。
 今日は天気に比例して朝から気分が良かった。昼前、琉生に声をかけられるまでは最高潮だったのである。そう考えると、雨が降り出したのさえ彼が悪いように思えてくる。これから外出だというのに、運が悪い。折りたたみ傘を取りに九階まで戻らなくてはならないではないか。
 八つ当たり気味に琉生をキッと睨むが、彼はなぜかにこっと笑った。
「はいはい、分かりました。傘借りてきてあげますから、待っててくださいよ」
 いきなりなにを言う。美涼がキョトンとしている間に、琉生は受付カウンターへ歩いていき、受付嬢から貸し出し用の傘を受け取っていた。
 戻ってきた彼は、それを美涼に差し出す。
「はい。美涼さん」
「え……?」
「近い場所におつかいなら、タクシーも使えないし。傘なんか取りにロッカーまで戻るのもめんどくさいでしょう?」
 彼は美涼のために傘を借りてきてくれたのだった。気に食わない後輩でも、これは礼を言って然るべき。傘を受け取り、照れくささを隠すように「ありがとう」と口にすると、琉生は嬉しそうな笑顔を見せた。
 その笑顔がとても屈託のないものに見えて、なんとなく少し冷たくしすぎてしまっただろうかとの後悔が走る。昨日の出来事があまりにも衝撃的で不快感を大きくしてしまってはいたが、琉生は相手の女性を庇う言動を見せている。彼の思惑も分からないまま、きつい態度をとるのは間違いなのかもしれない。
「生意気な後輩も、少しは役に立つでしょう?」
 ちょっと誇らしげな琉生に苦笑いを見せ、美涼は傘に手をかけながら自動ドアの前に立つ。せっかく『奢る』と言ってくれているのだから、複数で飲みに行く誘いくらいには応じてあげても良いだろうか。
 そんな仏心が動きかかったとき、琉生が後ろから耳元に唇を近づけてきた。
「さっき、『ありがとう』って言ってくれた美涼さん、すっごくかわいかったです。堪んなく滾るんで、ここはやっぱりふたりきりで飲みに……ってぇっ……!」
 不埒さ漂うセリフを、彼は最後まで言うことはできない。美涼の手に握られた傘が、見事に彼の“弁慶の泣き所”に打撃を加えたからだ。
 痛みを声にできないまま片足を押さえる琉生を残し、美涼はさっさとビルを出ていった。







もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【『休憩室』見本誌を戴きました】へ  【『休憩室』更新予定について】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【『休憩室』見本誌を戴きました】へ
  • 【『休憩室』更新予定について】へ