年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第一章・年下は嫌いです!/4

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 琉生の目が片方だけ細められる。同時に小さな舌うちが聞こえた。
 ――口が滑った。
 そう言いたげな彼を、美涼は凝視する。
 彼は、なにを知っているのだろう……。間違いなく他人が知っているべきではないことを知っている。
 気まずい雰囲気が漂う中、ふたりはその体勢のまま止まった。エレベーターが九階へ到着し、同時に我にかえる。
 扉が開いて誰かがいたら大変だ。こんな体勢のままでは、下手をすれば怪しげなことをしていたと疑われてしまう。琉生も同じことを思ったのだろう。美涼が動きだそうとした瞬間に手を離したので、彼女はドアが開くと急ぎ足でエレベーターを出た。
 案の定、営業課員が数名エレベーター前に立っている。「お疲れ様です」と声をかけ、さっさとその場を離れた。また琉生が追いかけてくるのではないかと焦ったが、彼はエレベーターを待っていたひとりに仕事の話で捉まったようだった。
 ホッとしつつオフィスへ向かう。冷や汗をかいたせいなのか、それとも水滴がついただけなのかは分からないが、ペットボトルを持つ手の内側が酷く濡れていることに気づいた。美涼はスーツのポケットからハンカチを取り出し、ペットボトルの表面を拭いながら歩く。
「何度言ったら分かるんだ!」
 しかしその足は、突然聞こえた怒鳴り声で止まった。顔を上げると、目の前に迫った営業一課のオフィスの中で、後輩の沢田永美(さわだえみ)が上司に叱責を受けている姿が見えた。
「まったく言ったとおりにできていないじゃないか! 書類の見本も渡しただろう!」
「も……申し訳ありません、主任……。あの……、すぐにやり直して……」
「もういい! これで何度目だと思っている、仕事が進まない!」
 オフィスの中といっても出入口に近い場所だ。通路の中央に立ったまま向い合せに怒られていては、課員どころかオフィスの前を通りかかった他の部署の人間まで何事かと視線を向けていく。これでは彼女が晒し者ではないか。
 美涼は眉をひそめ、部下に怒鳴り散らす国枝満留(くにえだみつる)を見る。美涼よりひとつ年上の二十八歳。普段は冷静で優秀な人なのに、自分が思ったとおりに事が運ばない事態が続くと理性を見失いがちになる。それが欠点。分かっているのかいないのか、なかなか改善はされない。美涼は小さく嘆息し、目をそらして何食わぬ顔でオフィスに足を踏み入れた。
 なるべく顔をそらし、そちらを見ないよう自分のデスクへ向かう。しかしそんな美涼に、背後から国枝の声がかかった。
「倉田さん、ちょっと」
 さっきの琉生ではないが、舌うちをしたい気分だ。唇を結んでそれに耐え、美涼はくるりと振り返る。国枝は手に持っている書類を振り、オフィスの外を指差して、ちょっと来て、とでも言いたげな合図を送っていた。
 永美に目をやると、彼女は顔を伏せて肩を震わせている。そんな彼女に美涼と同期の遠藤千明(えんどうちあき)が声をかけ、席へ戻ろうと促していた。
 今日は何回叱られたのだろう。永美は入社二年目で琉生の同期だ。女子課員の中では一番若い。仕事に慣れた先輩が多いおかげで、今までその手伝いや雑用ばかりをやってきた。それが一カ月前からいきなり主任補佐になったのだ、辛くないはずがない。
 しかし彼女がそんな立場に置かれることになった原因を美涼は知っている。それを思うと、いやいやながらも国枝のあとを追わざるをえなかった。オフィスを出ていくふたりの姿を見ていた課員たちは、国枝が美鈴に仕事を頼むためにミーティング室へでも移動するのだと思っていることだろう。彼女に頼めば仕事は早急に片づき事態は収まるはずだと。
 一カ月前まで国枝の専属補佐だったような美涼なら、最近仕事が進まなくてイラついている主任をなんとかしてくれる。そう思っているに違いない。
 だが美涼には分かっている。
 国枝がイラついているのは、仕事の件だけではない。
「ちょっと厳しすぎるんじゃないですか?」
 ミーティング室とは逆方向へ歩いていく国枝のあとにつき、後ろ姿を見ながらひとこと口にする。すると国枝の肩がわずかに揺れた。
 まるでおかしさを堪えているかのように、彼の肩は揺れ続ける。笑いの原因は美涼のひとことで間違いがないのだから、彼女にしてみれば不愉快極まりない。
 口には出さず顔で不快を表していると、いきなり国枝に腕を掴まれ傍にあった小会議室へ押しこまれた。あまりにも突然だったので、持っていたペットボトルを落としてしまう。
 それを拾う間もなかった。驚いて振り返った瞬間、あとから入ってきた国枝がドアを閉めてしまったのだ。すぐにドアの横の壁に押しつけられ、美涼は身体を固めた。
 さっきの琉生といい国枝といい、今日は随分と押しつけられる日だ。たださっきと違うのは、明らかに今のほうが身体も顔も位置が近いということだろう。
「……厳しくもなるだろう? 美涼が僕の補佐から抜けて、仕事の運びが悪いにもほどがある……」
「勤務時間内ですよ、国枝主任。そんなに不満ならば、補佐に対する仕事の期待レベルを下げてご自分で手掛ける量を増やせば良いのでは?」
 プライベートの顔を覗かせた国枝を、美涼は何気なく牽制する。彼女が仕事モードから態度を変えないので、国枝は不快そうに眉を寄せた。
「美涼……、また僕の補佐についてくれないか……。課長には、僕から上手く説明するから……」
「今後一切、プライベートでも仕事でも私と関わりを持たない。――それが、約束だったはずです」
 しつこく馴れ馴れしい態度をとる国枝を、美涼はさらに牽制する。約束という言葉に反応したのか、彼女の腕を押さえつけていた手に力が入った。
「いっそ……、同じオフィスに私はいない、くらいの気持ちでいてほしいですね」
「目の前にいるのに?」
「私は主任がいないつもりで仕事をしています。……さっきのように、怒鳴り声が聞こえたときは意識もしますが」
「……随分と。冷たいことを言うんだな」
「ふたつ以上年下の女の子は、素直でかわいいからお好きなんじゃなかったですか? 沢田さんにも優しくしてあげてくださいね。……私の妹には、随分とお優しいみたいですし」
 国枝の口調が気に障る。イラつくあまり言わなくてもいいことまで口から出てしまったが、効果はあったようだ。押さえつけられていた手の力が緩んだので、美涼は身体をよじって国枝から離れた。
「美涼!」
 しかし再び腕を掴まれる。また引き寄せられるかと構えた瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「主任~」
 ドアの勢いとは反比例する間延びした声。ふたりが同時に顔を向けると、そこには開いたドアに片腕を引っ掛け中を覗きこむ琉生がいた。
 彼は何食わぬ顔で中へ入ると、ドアが閉まらないよう片足の爪先をドアに挟み、手を伸ばして国枝が握りつぶしかけていた書類を取る。
「これこれ。沢田にやり直しさせるんで、もらっていきますよ。……それと……」
 琉生は続けて美涼の腕を掴み自分のほうへ引き寄せる。突然の入室者に驚いたのか、国枝が美涼を掴んだ手に力は入っていない。そのせいで、彼女は軽く琉生の胸にぶつかってしまった。
「倉田さんも借りていきます。元補佐の先輩に指導してもらえば、沢田だって倉田さんみたいに上手くできるようになりますよ。沢田は、なぜか引き継ぎも受けないまま、倉田さんがやった仕事の見本だけを渡されて、同じようにやれとだけ言われていますよね。焦るあまり正確な確認もできず、自信の持てない仕事ばかりをして毎回怒られている。……無理ですよ。こんなことの繰り返しで、できるはずがないんだ。百聞は一見に如かずっていうでしょう。倉田さんについてもらって色々聞かせてもらえれば、沢田だって不安だった部分を理解します。――倉田さんに引き継ぎをさせなかったのは……、個人的な理由でもあるんでしょうか……? 主任」
 ちょっと声をひそめた最後の言葉は、どこか意味ありげだ。気に障ったのか、国枝は一瞬琉生を睨みつける。しかしすぐに目をそらし、琉生が隙間を作っていたドアを大きく開いて出ていってしまった。
「……図星かぁ……。けっこー大人げないなぁ、主任って」
 クスクス笑い、琉生はドアに挟んでいた足をどける。相変わらず美涼の腕は掴んだままだ。ドアの横にある照明のスイッチを入れる彼を見ながら、美涼は口を開いた。
「どこから見てたの?」
「はい?
「ここに来たってことは、入るところから見てたの?」
「見てた、つうか、ここにいるっていうのが分かった、が正しいかな。ドアの前に美涼さんが買ってもらったお茶が落ちてたし。沢田の指導をお願いしようと思って来た。それだけですよ」
 美涼は黙って琉生を睨みつける。やっと照明が点けられた室内で、なんでも知っていると思わんばかりの生意気な顔が、イラつくくらいハッキリと見えた。
 さっきまでは照明を点けていなかった。夕方というにはまだ早い時刻だが、雨のせいで室内はかなり薄暗い。そんな中、なぜか壁側にくっついて話をしていたふたりを目撃したというのに、琉生は戸惑う様子も驚いた様子も見せなかった。
 彼は、国枝と美涼がプライベートな話でもめている一部始終を知っているのではないか。
「……じゃあ、どこから聞いてたの?」
 少し訊きかたを変えてみる。琉生はとぼけた顔で視線を斜め上へ向け、「うーん」と考えるふりをした。
「そうだなぁ……。ゲスな勘繰りをするなら、美涼さんが国枝主任の補佐を引き継ぎもなく退いてしまったのは、主任が残業中にでも構わず抱きたくなるくらい大好きだった美涼さんを裏切って、こともあろうに美涼さんの妹さんに手を出してしまい、それを怒った美涼さんが三行半を叩きつけたんだろうなぁ……って、分かるところくらいからかなぁ」
「最初から全部じゃないの! バカっ!」
 掴まれていた腕を勢いよく振りほどく。くるりと背中を向けると、背後で琉生が大きく息を吐いた。
「ねえ、美涼さん。沢田に仕事教えて、課長に頼まれた仕事をやっても、残業にならない?」
「……少し、なるかもね」
「じゃあさ、俺もそれに合わせて残業するから、終わったら飲みに行こうよ」
「しつっこいわねぇ。どうしてあんたと一緒になんか……」
 腕を振りほどいたのと同じくらい、勢いよく身体ごと振り返る。琉生を睨みつけてやろうとしたが、彼女の言葉は驚きと共に止まった。
 彼が、とても真剣な顔で美涼を見つめていたのである。
「美涼さんが大っ嫌いな年下に、ここまで醜態見せて、悔しいだろ?」
「……醜態って」
「美涼さんは昨日の俺の秘密を知っている。俺は、美涼さんの他人には知られたくない秘密を知っている。……おあいこだけど、俺のほうが情報はでかいよね」
「なによ。脅す気?」
「あったりぃ~」
「あんたねぇ!」
 琉生は食ってかかろうとした美涼の頭に腕を回し、そのまま抱き寄せる。密着したことに驚いて動かなくなった彼女の耳元に唇を寄せ、囁いた。
「頼りない年下だって……話を聞くことはできるんだよ。辛いことってさ、誰かに話せば楽になったりするだろう?」
 不覚にも、ドキリと胸が高鳴る。頬が熱くなっていくのを感じ、美涼は慌てて琉生を突き放すと急いでドアを開けた。
「ざ……残業になるかならないかは、永美ちゃんの出来次第だから……。が、頑張ってもらえるように、ジュースの一本でも差し入れなさいよ」
 直接的ではないが、これは仕事が終わったら付き合うという意味。それを悟った琉生は「りょーかいしましたぁ~。美涼さんのために差し入れますっ」と、いつもの調子で軽口をきく。
 そんな彼を残し、美涼はさっさと小会議室を出ると、顔を伏せたまま速足で歩きだした。
 熱くなったまま収まらない頬を、気のせいだと自分に言い聞かせる。
(そんなはず、ない……)
 美涼を抱き寄せたときの琉生が、生意気な年下ではなく、とても頼もしい男性に思えてしまった。
 これは気のせいだ。
 美涼は、そう心の中で繰り返すしかなかった……


*次回更新・9月3日予定






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~ Comment ~

待ってました(笑)
玉紀さんのをいつも楽しく読ませ頂いてます♪

さくらシリーズも大好きです❗️
以前あった「椿姫」を再読しようと思ったのですが、見当たらないですね。ちょっぴり残念ですが…

今後の「年下〜」の更新を楽しみにしてます💕
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