年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第一章・年下は嫌いです!/5

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『もしもし、あっ、お姉ちゃんなの?』
 おっとりとしたかわいらしい声に癒される。
 永美の指導と自分がやるべき仕事で張り詰めていた美涼の神経は、妹、美緒(みお)の声音を耳に入れた途端ゆっくりとほぐれだした。
『今どこにいるの? 駅? もう帰ってくる? あのね、今夜はお姉ちゃんが好きなしゃぶしゃぶだよ。今日はね、お父さんももう帰ってきてるんだよ。お仕事行った先から直接帰ってきたんだって。久しぶりにみんな揃ってご飯だね』
 家族団欒を喜ぶ声は、とても嬉しそうで無邪気だ。そのせいか、美涼は伝えようとしていた用件を一瞬躊躇した。
「それなんだけどね、今日は夕飯に間に合いそうもないの。だから、夕飯いらないから、って、お母さんに伝えてもらえる?」
『ええっ? お姉ちゃん、残業なの?』
「あ、ううん……、残業っていうわけじゃ……」
 付き合いで飲みに行くだけ。そう言おうとした美涼の耳に『姉貴、残業!? やりぃ、肉の取り分増えた!』と歓喜する声が入りこむ。美涼は自宅の固定電話にかけていたのだが、どうやら弟の涼輔(りょうすけ)が傍にいたようだ。美緒の会話を聞いて美涼が夕食時にいないと知り、姉の分になるはずだった肉の配分に期待を膨らませているらしい。
 電話の向こうにいるのが涼輔本人なら怒鳴りつけてやるところだが、ここで大声を出しては美緒にダメージが及ぶ。おまけに今いる場所は、オフィスから出た九階フロアの休憩所。
 定時から一時間が過ぎ、仕事を終えた琉生と美涼は缶コーヒーでひと息ついたところだ。休憩所にはふたりしかいないが、琉生にプチ姉弟喧嘩を見せるのもイヤだった。
 美涼が反応しないままでいると、電話の向こうで『もう! お兄ちゃん、そんなこと言っちゃ駄目でしょう! お姉ちゃんはお仕事なんだよ! そんな意地悪なこと言ったら、美緒のお肉分けてあげないから!』と兄を叱る妹の声が聞こえる。どうやらちゃっかり美緒の分も分けてもらう約束をしていたらしい。
(あいつ……バイト代出たら焼き鳥奢らせてやる……)
 報復措置として密かなたくらみを巡らせ、腹の中で黒いオーラを放つ。そうしながらも、美涼は美緒に優しい声をかけた。
「残業もそうなんだけどね、そのあと会社の人と飲みに行く約束しちゃってるの」
『そうなんだ……? 飲みすぎないようにね。お姉ちゃん、平日でも飲みすぎてお友だちの家に泊ってきちゃったりするから……。ちょっと心配』
「大丈夫よー。その辺は気をつけるわ。ありがとう。じゃあ、お母さんに言っておいてね」
『うん。じゃあね』
 声を聞いているだけで、美涼の話を一切疑わずニコニコとしている美緒が想像できる。なぜかかすかな罪悪感を覚えながら、美涼は通信を切りスマホをテーブルへ置いた。
 琉生も美涼も、しばらく口を開かなかった。どこかのオフィスから聞こえてくる笑い声が耳に入るほど、休憩所は静かだ。
 小さなテーブルの斜め横には、琉生が缶コーヒーを片手に美涼のスマホを眺めている。残業は終わったし、帰宅が遅くなる旨も伝えた。缶コーヒーも飲んでしまったのだから『さて、飲みに行くか』と立ち上がってもいい。
 けれど美涼は、動くことができなかった。
 なんとなく照れくさかったのだ。会社では見せない、プライベートの顔を見せてしまったことが。
「……優しい声、出すんだ……?」
 琉生もなにかを感じたのだろう。美涼のスマホを人差し指でツンっとつつく。
「今、話してたのが妹ちゃん?」
「……そうよ」
「すっげー、かわいがってるんでしょう? 声を聞いていたらわかるよ。デレデレしてる感じだった」
 からかい気味のセリフではあれど、琉生の口調はくすぐったげで穏やかだ。例えるなら、小動物を見て“かわいい”と同じ感想を持つ感覚。そんな共感した気持ちになっているのかもしれない。
「問題の妹ちゃんだよね。いくつ?」
「誕生日が冬なんだけど、十九歳になるわ。大学一年生よ」
「じゅ、十代かよ……」
 琉生は一瞬随分と驚いた顔をした。美緒の歳を、自分と同じくらいか二十歳はすぎていると思っていたに違いない。なんといっても二十八歳の国枝が手を出してしまったのだから、ギリギリとはいえ、よもや十代とは思ってはいなかったようだ。
「美涼さんと八つも離れてるんだ? そりゃあ、かわいがるか……」
「かわいくなかったら、付き合ってた男を譲ったりしないわよ」
 皮肉っぽく言い捨ててから、ちょっと大人げないことを言ってしまったかと後悔する。だが琉生はそんなこと気にしていないかのように話を進めた。
「弟さんも、大学生だよね」
「どうして弟のこと知ってるの?」
 美涼は不思議そうに琉生を見る。彼が入社して一年半、今日以上に関わりを持ったことはない。仕事の話や雑談くらいはしたこともあったが、家族の話などをした覚えはない。
 すると琉生はニヤリと笑ってテーブルに片ひじをつく。缶に残っていたコーヒーをあおると、それをテーブルに置きながら肘をついた手に頭を載せた。
「遠藤さんとかにさ、よく愚痴ってるでしょ。『弟の長電話がうるさい』とか『二十歳すぎてもチャラくてしょーもない』とか」
「間違いじゃないけど……。そんなこと言ってたっけ?」
「言ってましたよー。やだなぁ、覚えてないんですかー?」
「うーん、……弟と喧嘩でもしたときに愚痴ったかも……」
「忘れちゃったのかな。まあ、半年くらい前だし」
「半年って……。そんなの覚えてるわけないじゃない。あんた、よく私がそんなこと言ってたの覚えてるわね」
 家族のことなど滅多に話題にはしない。半年前の話というのも、きっと何気ない話題から出たものに違いない。琉生も美涼の珍しい愚痴を耳にしたので覚えていただけだろう。
 そう考え琉生を見ると、彼は上げていた口角を心持ち和ませた。
「そりゃぁ、滅多に聞けない話題だし。覚えてますよー」
「滅多にって……。いっつもなんか聞いてるような言いかたね」
「聞いてますよ」
「は?」
「俺、美涼さんが誰かと話をしてると気になるんで。いっつも聞き耳立ててます。特に、男と話してるときとか」
「なにそれっ。気持ちワルっ。あんた、変っ」
 冗談だろうとは思いつつも、美涼もふざけて変態扱いをする。反発するかと思われた琉生は、ハハハと笑うものの特に反論もしなかった。
 もしかして、いつも聞き耳を立てているというのは本当のことなのではないだろうか。……美涼は、ふと思う。
 琉生の言動から、彼が以前から国枝と美涼の関係を知っていたのは明白だ。付き合っている相手がいることを仲の良い同期にはチラリと教えたことはあったが、それが誰かまでは言っていない。もちろん家族にも。
 いつも美涼に目を向け、彼女の言動のひとつひとつに興味を持っていなくては気づけることではないだろう。
(なんなの……)
 美涼は黙って琉生を見つめる。今まで、こんなにも密に彼と接したことはない。ただの後輩、いい男を気取った、ちょっとチャラい男。特に進んで関わりを持つべき人間でもない。
 そうとしか思っていなかった。
 ――年下の男は嫌い……
 子どもで、頼りなくて、我儘で……
 実力もないくせに、年上の女に対して妙に虚勢を張る。自分を下に見せないように、“女のくせに”と。
 生意気な生き物でしかない、年下の男。
 ――なのに……
「なんなのよ。あんた」
「はい?」
「なんでそんなに見てんのよ。バカじゃない?」
 喧嘩腰の物言いいではあれど、美涼はとても情けない顔をしてしまっているような気がした。
 今にも泣きだしそうな目をしている。それが、自分でも分かる。
 こんな顔をしていたら、この生意気男は、ここぞとばかりにいい気になってからかってくるだろう。今すぐに顔をそらして立ち上がるべきだ。カラになった缶を捨てに行くふりをして、琉生に背を向けたら深呼吸をして表情を引き締めよう。
 そう思っているのに。……目がそらせない。
 琉生の表情が、美涼を見つめるその双眸が、見たこともないほどに穏やかだ。彼の顔を際立たせる薄微笑に、生意気さを感じさせるものはない。
 年下の男が、こんな顔をできるなんて知らない。
 こんな顔、年上の男にだってされたことはない。
 ――まるで、何もかも包んで受け止めてくれそうな……。寄りかかってもいいよと、言っていると錯覚させる顔。
「……生意気なのよ……。年下のくせに」
 なぜだろう。声が震える。
 このタイミングで泣いても許されると思えるくらい、心が緩んでいる。張り詰めさせているものを楽にしてしまっても、もしかして良いのでは、と。
 椅子を引きながら、琉生が美涼の横へ移動する。カラになった缶を彼女の手から取りテーブルへ置くと、初めて見る美涼の弱い表情を愛しそうに見つめた。
「意地張りすぎなんですよ。年上だからって」
 琉生の手が美鈴の頭に回り、そっと彼女を抱き寄せる。
「……見てましたよ……ずっと……」
 そして琉生は、質問に答えた。
「バカだなって、自分で思うくらい。……いっつも、美涼さんばかり、見てました……」
 大嫌いな年下に抱き寄せられているのに。
 不覚にもそれが心地良くて、美涼は動くことができなかった……


*次回更新、9月10日予定






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終わりの方ですが、1カ所“美鈴”になっていました。
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