年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第二章・年下は気持ち好いです!/1

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『お姉ちゃん、あたし……妊娠したかもしれない……』
 ――――息が止まった……
 美緒からそんな言葉を聞いたとき、美涼は“血の気が引く”の真の意味を知ったような気がする。
 全身が冷たくなり、頭が真っ白になる。かすかな浮遊感に眩暈を伴った。
 妊娠。なんと妹に似合わない言葉なのだろう。
 この美緒に。魚の受精シーンを見せることさえためらわれるこの妹に。言わせて良い言葉ではない。
『するようなこと……したの?』
 それでも美涼は、姉として、相談された者の立場として、聞くべきことは聞いておかなくてはならない。ふらついてしまいそうな足をふみとどめ、半泣きになる妹に質問をした。
 美緒のことだ。もしかしたら、大学の先輩にふざけてキスをされたとか、電車で男性と身体が密着したとか、ショックなことがあったあまり、そんなおかしなことを言いだしたのかもしれない。
 しかし、いくら純真可憐な妹でも成人一歩手前の年齢だ。落ち着いて考えればそんな勘違いをするはずもないのだが、その可能性を考えてしまうほど、美涼も混乱してしまったのである。
 姉の質問に、美緒はこくりと頷いた。内容の恥ずかしさゆえか顔は伏せたままだが、垂れ下がる髪から覗く耳が真っ赤だった。
『……誰と……?』 
 相談をされたからには、これも聞いておかなくてはならない。
 いまだかつて、美緒の周辺に仲の良い男の気配を感じたことはない。引っ込み思案で恥ずかしがり屋。高校だって女子高だった。大学は共学だが、所属は教育学部の保育学科。女友だちと入ったサークルは、レジン同好会。妹の私生活に男の陰などまったくなかったはずなのに。
 まさか、そんな初心な部分を食い物にされたのでは……
 美涼の脳裏に、考えたくはない憶測が浮かび上がる。とんでもない。そんな薄汚い低俗なことを許せるものか。
 憤りかけた美涼だったが、彼女はそれよりも最悪な言葉を聞いた……
『……国枝さん……』
『は?』
『お姉ちゃんの会社の……国枝さん……と……』
 美涼は目をぱちくりとさせる。国枝……国枝とは誰だ。もしや、一年半ほど前から付き合っている上司の国枝のことだろうか。
 家族に恋人がいるという話はしたことがない。もちろん、国枝の話をしたこともない。ただ、三カ月ほど前、国枝と一緒に歩いているときにバッタリ美緒と鉢合わせしてしまった。
 そのときは『会社の上司』とだけ説明をした。美緒は、国枝と美涼が付き合っていることは知らない。
 ――知らないから……。こんな相談ができたのだろう。
『国枝さんと……、ふたりで会ったの?』
 美涼の質問に、美緒は恥ずかしそうにしながらもシッカリと答えた。幼い頃から美涼に懐き、親に言いづらいことでも姉には必ず相談していた妹。それは、成長してからも変わらない。
 三カ月前、初めて国枝と顔を合わせた美緒。その後、偶然にもショッピングセンターで再会したらしい。それがきっかけで何度か会い、食事に行くようになり、そして……――――
「信じられる!? ナマよ! ヴァージンの女の子にナマ出しってぇっ!! バカじゃないっ!?」
 ダンっとテーブルにグラスを叩きつけ、美涼は再燃した憤りを爆発させる。
 彼女の声は通常より大きかったものの、そのセリフをちゃんと聞いていたのは琉生くらいのものだろう。ふたりで座っているバーのカウンター席が一番奥であること、ちょうど客が入店しカウンター内にいたマスターの気がそちらへ向けられたこと、また、カラオケを歌い終わった客がかなりの歌唱力の持ち主だったことから、店内の客が全員で拍手を送ったタイミングが重なったのも大きな原因である。
「……主任……ほんっとーに大人げないな……。見る目変わったわ……俺……」
 話の内容に呆れ顔で反応し、琉生は勢いよく置かれたグラスに黒ビールを注ぎながら、チラリと美涼を見た。
「で? 妹ちゃん、できてたんですか?」
「結局は月のモノが遅れただけ。そういうことをしちゃったあとだったから、心配でしょうがなかったんでしょうね」
「んで? 主任って、いっつも“ナマ派”なんですか?」
 その瞬間、後頭部に美涼のこぶしが飛ぶ。元恋人、という立場から訊く相手は間違ってはいないのだが、本来、女性に気安く訊くべきことではない。
「やーらしいわねぇっ。なに訊いてんのよ」
「だって気になるじゃないですかー。いっつもだったらスゲーって」
「なにが『スゲー』なのよっ。興味本位で訊いてんじゃないわよ」
「美涼さんにいっつもそんなことしてたのか……とか思ったら、興奮して鼻血出ますって」
「すけべっ」
 テーブルの下で、琉生の足めがけ美涼の蹴りが飛ぶ。弁慶の泣き所は外したものの、そこに近い場所だったらしく、琉生はしばし顔を伏せて痛みに耐えていた。
「……いつもは、そんな人じゃないわよ……。ちゃんとゴム持ち歩いてるような人だったし」
 庇うつもりではなかった。自分が無避妊を許す女だとは思われたくはないという女のプライドが動き、つい国枝を擁護するような発言になってしまっただけである。
 グラスを手に取り、話の照れくささを誤魔化す。口をつける手前でチラリと琉生を見て「あんたみたいなのと違ってね」と言い捨てた。
「なっ、なに言ってんですかっ。俺だって気を使いますよっ。それはそれは、しつっこいくらいっ」
「へーぇ、そーなの? ふーん、あーそぅ? じゃあ、今はその気を使った物を持ってるの? 持ってるなら出してごらん。ほーらほら、恥ずかしいとか柄にもないこと言ってんじゃないわよ?」
「今は持ってないですよ。今夜、急にデートが入ったっていう同期にやっちゃったんで」
「ふーん、そーお。都合のいい同期がいるわねぇ」
 鼻から琉生の話を嘘と決めつけ、アハハと笑いながら琉生のグラスにビールを注ぎ返す。カラになった瓶を振り、カウンターのマスターに声をかけた。
「マスター、ビール。普通のでいいよ」
 すると、満たされたグラスを手に琉生が尋ねる。
「あれ? 美涼さんって、黒ビールが好きなんじゃなかった?」
「ん?」
「黒ビールは独特の甘みがあって好きだ、って、言ってたでしょ?」
 美涼はグラスに口をつけ考える。確かに好きだが、琉生の前でそんなことを言ったことがあっただろうか。
 黒ビールというものを初めて飲ませてくれたのは、付き合い始めた当初の国枝だった。メーカーにもよるのかもしれないが、美涼が飲ませてもらった物は甘みがあって飲みやすく、しばらくこだわっていた覚えがある。
(あ……、そういえば……)
 ふと思い出すのは、そんな時期にあった会社の飲み会。あれは昨年の春、営業一課だけで企画した新人歓迎会だった。
 黒ビールを注文した美涼を千明が珍しがった。それに対して『甘みがあって好きなんだ』と答えたのではなかったか。
 あのときの新人といえば、琉生と永美だ。彼は、そのときのことを覚えているのだろう。
 グラスをテーブルに置き、美涼は琉生の顔を見る。マスターからビールを受け取った彼は、視線に気づき顔を向けた。
「イイ男だからって、なーに見惚れてんですか。酔ってる? ちょっと目が潤んでますよ。かーわいいなぁ、美涼サンっ」
 軽口をききながら顔を近づけ、美涼の頬を人差し指でつんっとつつく。すぐ反撃に出られると警戒したのか、琉生は蹴りが飛んでこないよう身体をひねって足を離した。
「なんで、覚えてるの……?」
「はい?」
 しかし、そんなからかい口調に角を立てるより、美涼は違う疑問に心をとらわれる。近づいた琉生の顔を凝視しながら、軽薄に笑う双眸が徐々に真剣みを帯びていく様子を見守った。
「どうしてそんな古いこと……。一年半も前の話でしょう……? それも、あんたと話していたわけでもないし……」
 会話の中で何気に出た言葉。言われた千明だって、そんなことは忘れているのではないだろうか。特に琉生が近くにいた覚えもない。
 なのに……
「言ったでしょう……」
 深く艶を持った瞳が、美涼の目を見つめ返す。琉生の手が、そっと美涼の後頭部に添えられた。
「自分がバカだなって思うくらい……、美涼さんばっかり見てました、って」
 そのまま顔がさらに近づいたような気がして、美涼は思わず琉生の両肩に手を当てる。しかし力は入ってはいない。目は彼を見つめたままだった。
「入社したときからずっと……、美涼さんしか……」
 まさかの予感が当たる。
 隠していたはずの国枝との関係。美涼の言動をいつも見つめている者にしか気づけるはずのないことを知っていた、琉生。
 ずっと、美涼を見つめていたからこそ……。彼は……
「ちょ……ちょっとっ……、顔、近いっ」
「大丈夫ですよ。飲みにきていいムードになってるカップル、くらいにしか思われてませんって」
「は、恥ずかしいでしょうっ」
 ならば突き離せばいい。いつもの調子で平手打ちのひとつでもお見舞いすればいい。
 なのに、手が動かない。琉生から目がそらせない。それは、彼の目がとても艶っぽくて綺麗なので、見惚れてしまっているという理由だけではない。
 そらさないで……。まるで、琉生にそう哀願されているように感じるのだ。
「美涼さん……」
 表情と同じくらい、声まで深く真剣になっている。
 琉生はそのまま、美涼の心を溶かしていった……
「年下は大っきらいでも……、俺のことは、もっと知ってくれませんか……」


*次回更新、9月17日予定。






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