年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第二章・年下は気持ち好いです!/2

 ←9/15 書籍プレゼント企画 →【電子書籍新作】『Liar Love』

 午後から降りだしていた雨は、ふたりが会社を出る頃には小雨に変わっていた。
 そして今、バーが入っていた雑居ビルから出た時点で、すっかりあがっている。
 雨が降りだしたとき、まるで琉生に絡まれ始めた自分の心境を代弁してくれているようだと美涼は感じた。
 その見解のまま考えるなら。今の状況をどう捉えよう。
 雨はあがっている。横には琉生がいて、なぜかぴったりと寄り添って歩いている。彼のほうが背も高ければ足も長い。歩調が美涼より速いことは、エントランスでの追いかけっこで実証済み。なのに、琉生が美涼より先に進むことはなく、歩く速度はぴったり合っている。
 あれだけ避けていた琉生が、大っ嫌いなチャラい年下男が傍にいるのに、まったくイラつかない。
 イヤだとも、逃げたいとも思わない。まるでさっきまでの雨に洗われた空気のように、新鮮ささえ感じるのだ。
(酔ってるのかな……。私……)
 琉生と並んで夜の街を歩きながら、美涼はぼんやりと考える。
 見つめ合ったまま、なんとなくいいムードになってしまったふたり。自分をもっと知ってくれと意味深な言葉を琉生が口にしたあと、ふたりは注文したばかりのビールに手をつけることなく店を出た。
 あのムードから、琉生がなにを求めているのかは察しがつく。ここで『プロフィールでも教えてくれるの? 履歴書でも読めって?』とはぐらかすほど、美涼は空気が読めない女ではない。
 また琉生も、美涼が言葉の意味を汲み取ってくれたのだと思っているだろう。次にどこへ行くという話もしていないのに、彼の足は確実に目的の場所へ進んでいる。
 おそらく……、裏通りのラブホテルあたりへ……
(私……、なにやってるんだろう……)
 美涼はだんだんと恥ずかしくなってきた。
 年下は嫌いだ。特に琉生のようなチャラい男はごめんだと豪語しておきながら、結局はほだされた形になってしまっている。
(なんか、凄く中途半端なことしてない……?)
 琉生はどう思っているのだろう。ムードたっぷりのときは、いかにも美涼に気があるようなことを言っていたが、本気にしても良いのだろうか。
 付き合っていた男にとんでもない浮気をされ、まいっていた彼女の心につけこみ、上手くいきそうな空気を感じて調子づいてしまっただけなのか……
 色々と考えてしまうあまり美涼の歩調は徐々に遅くなり、やがて立ち止まる。琉生は気づかず先を歩いているのかもしれないが、美涼はそのまま自分の足元を見つめた。
(あれだけ言っておきながら、ムードに乗せられた……。たいしたことのない女だと思われてるんじゃ……)
 確かに、誰ともできなかった話を琉生と共有したことで気持ちは楽になった。自分の中に溜めておくしかなかったドロドロとしたものを、吐き出してしまえたような気がする。
 人間は、心が弱っているときに情をかけられると、無意識のうちにそれにすがってしまいたくなるものだ。美涼もそんな状態だった。
 しかし、だからといってその相手がひと悶着あった琉生だというのは、年上として、会社の先輩として、少し迂闊だったのではないだろうか。ここはひとつ押し留まるべきではないか。
 このまま流されて特別な関係になってしまった場合、余計な感情に振り回されて仕事などに支障が出ないとも限らない。
 美涼はお酒とムードに酔っていた頭から理性を引きずり出し、現状を冷静に分析しようとする。
 そうだ、今ならまだ間に合う。琉生だって、同課の先輩と特別な関係になれば仕事にやりづらさを感じるだろう。
 ここはやはり押し留まるべき場面だ。 
「あ……あのさ……、やっぱり、こんなこと……」
 意を決して顔を上げる。……が、美涼はその直後、キョトンッと目を丸くした。
 夜の街にうごめく人たち。立ち止まる美涼を、何気なく振り返っていく通行人。
 そこに、琉生の姿はない……
「え……」
 さっきまで一緒に並んで歩いていたのだ。なにも言わずに立ち止まってしまったのは美涼だが、あんなに寄り添っていたのだから、彼女が止まったことにだって気づくだろう。
 まさか本当に気づかずに先を行ってしまったのか……。それとも……
「……おいていかれた……?」
 それも考えられない展開のように思う。あれだけ人を煽っておきながら、そんなことがあるだろうか。いい言葉を並べたてて、人の気持ちをぐらつかせておきながら……
「……なんなのよ……」
 やはりこのまま関係を持ってしまうのは良くないと、琉生も思ったのだろうか。仕事もやりづらくなるかもしれない。手を出す女を間違えている、と。
 そう考えると力が抜ける。美涼はその場にしゃがみこんでしまった。
「……いい加減すぎる……。バカ……。これだから……年下は……」
 罵ってみても、バカにする年下に一瞬でも心奪われてしまったのは自分ではないか。
 情けない……。なんとなく、自分が惨めに思えてくる。
 軽くなったと思っていた心が、また重くなりかかる。そのとき、美涼の肩にポンッと手がのった。
「どうしたの美涼さん、具合悪くなった?」
 えらく慌てた声だ。美涼が顔を向けると、そこには声のまま焦り顔の琉生がいる。
「普通に歩いてたから大丈夫だと思ってたけど、吐きそうなら、そこの薬局でトイレ借りよう?」
 彼は美涼がしゃがみこんでいる原因を、具合が悪くなったからだと思っているらしい。彼女の腕を取り、ゆっくりと引いて立たせた。
「ど……どこに行ってたの?」
「え? どこって」
「あんたの姿が見えなくなったから、私が立ち止まってる隙にどこかへ行っちゃったんだと思ってた」
 すると琉生は小さく噴き出し、身を屈めて美涼の顔を下から覗きこんだ。
「はぁん……、俺においていかれたとか思って、シクシクしてたんだ?」
「うっ、うるさいっ。質問に答えなさいっ」
 からかい口調をムキになって返しては、そうですと言っているようなもの。――しかし、刹那、琉生が嬉しげにはにかんだような気がして、不覚にも美涼の胸がドキリと跳ね上がる。
「俺、買い物してくるからちょっと待っててって言ったんですけど。聞こえなかった?」
「買い物?」
「うん。あそこで」
 琉生が指をしゃくった先には、大きな建物に挟まれた小さな薬局がある。さっきトイレを借りるかと言っていた店だろう。
 話しかけられていたようだが、考え事をしていたので気づかなかった。だとすれば、美涼はちょうど良いタイミングで立ち止まっていたということになる。
「なにを買ってきたの? 栄養剤とか?」
 ちょっと意味ありげにからかってみる。すると琉生は、ポケットから小さな箱を取り出した。
「うん、これ」
 それを見た瞬間、美涼は慌てて琉生の手から小箱を取り上げ彼の胸に押しつける。周囲をチラチラと見回し、声をひそめた。
「なっ、なにを出してんのよっ。しまいなさい、早くっ」
 小さめの綺麗な箱だが、見る人が見ればそれがなにか分かる。遠目ならば美涼も分かりにくかったかもしれないが、間近だったのでばっちりと分かってしまった。それは、コンドームの箱だ。
「だ、だいたい、なんで箱のまま持ってるのよっ。袋にくらい入れてもらいなさいっ」
「薬屋のおじさんに『すぐ使うから、そのままでいいです』って言ったから」
「なんてこと言ってんのよっ。恥ずかしいわねっ」
「美涼さんが一緒にいたわけじゃないんだから、恥ずかしいことないでしょー。あっ、そうしたら、おじさん笑って試供品くれたんですよー。いやーぁ、気前のいい店主っ。俺、絶対またここで買う」
 悪気なく笑い、琉生は再びポケットから今度はそのものズバリの四角い包みを取り出す。
「でっかい製薬会社の新製品なんだって。すっごい薄いらしいよ。買ったら高いのに四枚もくれた。らっきーっ」
「だから出すなって言ってんでしょう!」
 手に持った試供品も取り上げようとするが、今度は琉生も取り上げられる前にポケットへ入れ、続けて胸に押しつけられていた箱もしまった。
「美涼さんが……、なんか考えこんで立ち止まったからさ……。もしかして、気にしてんのかなと思って」
「え?」
「心配したんでしょ? 俺が、今日はゴムなりなんなり持ってないって言ったから」
 軽薄な顔が、ちょっと照れくさそうに笑む。美涼は驚いてその顔を見つめた。
 それは琉生の思い違いだ。美涼が考えこんでいたのは、そんなことではない。だが琉生は彼女がそれを気にしているのだと思い、目の前に見えた薬局へ飛びこんだのだろう。
 美涼は琉生を見つめ、不思議そうに問いかけた。
「どうして?」
「なにが?」
「だって、それなりの場所へ行けば、置いてある物じゃない……。わざわざ買ってこなくても……」
 ラブホテルなどに入れば、コンドームは必ずといっていいほど常備されている。それ以外の場所を選択するつもりならばともかく、今日は用意がないというのなら、そんなそれなりの場所を選択するのが正解。
「だって、ラブホって、気がきかない所だと一枚しか置いてないじゃないですかー」
「なっ、何回する気よっ」
 冗談だと思いつつ反論すると、琉生がクスリと笑って顔を近づけた。
「今まで、美涼さんを抱きたいって思った回数……。これ、ひと箱十枚入りで、試供品四枚あるけど……、それじゃ足りないから、困ってる」
 とんでもなく不埒な発言だ。弁慶の泣き所を蹴飛ばすくらいでは済まないくらい、とんでもない。
 ――なのに、美涼は言葉が出ない。
 琉生はクスリと綺麗な微笑みを見せ、背筋を伸ばして夜空を見上げた。
「こんな嬉しい気分なのにさ、ホテルにある間に合わせの物を使うなんてできないよ。美涼さんのために使うって決めて、張り切りたいじゃん」
 再び嬉しげにはにかむ笑顔が向けられる。不覚にも見惚れた美涼は、琉生に背を促され歩き出した。
「……高かったんでしょ……。それ……」
「うん、一番高いやつ、買ってきた」
「一枚使って終わりなのに。バカだね」
「一枚ではぐらかされないように、頑張るし」
「……バカ……」
 力なく琉生を蔑み、美涼は視線を宙に投げる。
 目に入る空は、ネオンの灯りや雑多なものに邪魔されながらも、曇りのない星空を主張していた。
 余計な思いに邪魔されながらも、琉生という年下男の存在が、なぜか、疎ましくない……
 ――――自分の心のようだと、美涼は思った。


*次回更新、9月24日予定。






もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【9/15 書籍プレゼント企画】へ  【【電子書籍新作】『Liar Love』】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【9/15 書籍プレゼント企画】へ
  • 【【電子書籍新作】『Liar Love』】へ