「迷宮の天使*LS*」
迷宮の天使・企画SS集

●『私の大切なお嬢様・ポッキーゲーム 編』

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 辻川財閥ご令嬢、辻川紗月姫(つじかわさつき)。
 御年十六歳。
 世間では思春期にあたり、なにかと下世話な知識も身につく頃。
 彼女に至っては、幼い頃から付き従えるお世話役、神藤煌(しんどうあきら)によってそんな雑音も遮られてはいるが、ときとして、そんな彼でさえ気がつかないうちに彼女に余計な知識が植え付けられることもあるのだ。
 そして、十一月十一日、彼女は言った……

「神藤。ポッキーゲームというものがしてみたいわ」

 白百合のごとき可憐な風貌に、天使かとまごうほどの清らかな微笑み。
 漆黒の黒髪をふわりと揺らし小首を傾げる様は、彼女の願いを聞き入れぬ者などこの世に存在しないと確信させるほどのかわいらしさだ。
 神藤に言わせれば、このお茶の時間用に辻川家のパティシエが自信を持って華やかに飾り立てたプチフールさえ、彼女の愛らしさには敵わない。
 しかし、だからこそ、信じられないのだ。
 まさか、そんな紗月姫から、『ポッキーゲーム』などという言葉が出てこようとは……
 大切に大切に見守り続けてきた彼のお嬢様が、そんな言葉を知っていること自体が信じられない。
 十六歳ともなれば、そのくらいは知っていて良いのかもしれない。だが、それ以前に、彼の“大切なお嬢様”はそんな言葉を知っていて良い女性ではない、と、彼は思っている。
「お……お嬢様? そ、そのような言葉を、どこでお知りになったのですか……」
 震えかかる声を極力抑え、神藤は尋ねる。彼の気持ちを知ってか知らずが、当の紗月姫は綺麗な瞳をきょろんと動かした。
「水野が教えてくれたの。なんでも、一本のプリッツを半分こにするゲームなのでしょう?」
「み、水野が、で、ございますか……」
「ええ。ふたりで上手く折半できるかを楽しむのだと言っていたわ。とても愉快で、見ている者も盛り上がるのですってね」
「は……はい、いいえ、それほど楽しいものではありませんよ」
 神藤はやんわりとした口調で、紗月姫から興味を引き離そうとする。顔では微笑みながらも、彼の心の中は湧き上がる怒りで埋められかけていた。
(……章太郎……、よけいなことを……)
 その苛立ちは、同じく紗月姫のお付きであり彼の部下にあたる水野章太郎(みずのしょうたろう)へ向けられる。――なんらかの形で、彼に制裁が下るのは間違いがない。
「とにかく、お嬢様がお気に留めるほど趣のあるものではございません。なにか目新しい遊びをお望みでしたら……」
「ほらほら神藤っ、半分こしましょうっ」
 なんとか主人の気をそらそうと神藤は必死になっているというのに、当の紗月姫はまったくもって無邪気だ。なんとプチフールが並べられた皿の端に添えられている細いスティックパイを手に取ると、神藤に向かって差し出したのである。
 それを見て、神藤はハッとする。
 もしや紗月姫は、ポッキーゲームという名称は知っていても、具体的にどういった遊びなのかまでは知らないのではないか。
 章太郎だって、神藤と同じくらい紗月姫を清らかな存在として崇め、大切に思っているはず。それなのに、下心見え見えのゲームなぞ教えるはずがない。
 紗月姫は純粋に、細長いお菓子を誰かと折半する遊びなのだと思っているに違いない。
 そうだ。そうに違いない。
(さすがに、私のお嬢様は考えることが純粋でいらっしゃる)
 紗月姫の清らかさに、神藤はひとり胸を熱くして悦に入る。
 彼女の希望を聞き入れるため、彼はその足元に跪いた。
「私でよろしければ。お嬢様」
「なにを言っているの? 神藤でなくてはイヤよ。水野が言っていたわ、このゲームの半分こは、もっともっと仲良くなりたい人とするものだって」
「お嬢様……」
 神藤は感動する。紗月姫が向けてくれる感情は、彼の気持ちを高めた。
 彼女はふふっとはにかみ、早速“ゲーム”を始める。
「じゃあ、半分こね。はい、どうぞ」
「は……」
 次の瞬間、神藤は固まった。
 紗月姫が、スティックパイの端を咥えたのである。
 ――前言撤回……
 彼女は、このゲームのやりかたを知っている……
(章太郎ーーーー!!)
 神藤は心で絶叫した。ゲームの意味の伝え方に関心をしている場合ではない。辻川財閥ご令嬢ともあろうお方に、なんという知識を与えてくれたのだ。
 ――とはいえ、神藤は『やる』と言ってしまっている。紗月姫は、彼がこのゲームにつきあってくれると信じているだろう。
 指でつまんではいるが、スティックパイの端を咥える紗月姫は、いつもとまったく違うかわいらしさがある。直視できなくなりそうな自分を抑え、神藤はスッと立ち上がった。
「では、僭越ながら、ご一緒させていただきます」
 身を屈め、自分を仰いだ紗月姫の口から伸びるスティックパイの端に唇を近づける。彼の考えとしては、素早くひとくち分を噛み切って顔を離してしまえばいいというものだった。
 決して長くはないスティックパイ一本分で、繋がる距離……
 胸が詰まり、鼓動は跳ね上がりそうだ。
 それでも彼は、平常心を保つ努力をする。
 すると、ずっと神藤の顔を見つめていた紗月姫の頬が、ぽっと桜色に染まった。
(え?)
 予期せぬ反応を視界に入れて、神藤はわずかに目を見開く。その瞬間、紗月姫が先にパイを噛み切りサッと顔をそらした。
「お、美味しいでしょう? それ。あ、あとは、神藤が食べてもいいのよ」
「は……、あの……」
「し……神藤が言ったとおりね。あまり趣のある遊びではないようだわ」
「お嬢様?」
 神藤は背筋を伸ばし、スティックパイ片手に考える。
(……な、なにか、お気に障ったのだろうか……)
 パクパクとプチフールを口へ運ぶ紗月姫。なんとなく慌てているようにも見える。桜色の頬も、そのままだ。
 神藤には、そんな反応の意味が分からない……
 もしや、直感的にあまり上品な行いではないことを悟り、そんな遊びをねだってしまったことに羞恥したのだろうか。
 そうだ。そうに違いない。
 自分的に解釈し、神藤は安堵する。花恥ずかしそうにチラチラと彼を見る紗月姫の態度からも、それは窺い知れるところだ。
 とりえずは、紗月姫がポッキーゲームなどというものをしたがることは二度とないだろう。神藤はそう考え、胸を撫で下ろしたのである。

(しかし、……お嬢様は、なぜ赤くなられたのだろう……)

 桜色に染まった頬。
 あれは、ただ、恥ずかしいお願いをしてしまった後悔から出たものではないように思う。
 それならば、彼女はなぜ赤くなったのか。スティックパイだけの長さで紗月姫と繋がった瞬間、愛しさのあまり鼓動が跳ね上がったのは神藤のほうであるはずなのに……
(はて……?)
 神藤は疑問に思うが、そんな不安も、紗月姫の横顔を見守っているうちに和み、消えていった。
「お嬢様、紅茶をお淹れいたしましょう」
 彼が優しく口にすれば、紗月姫はいつものように微笑んでくれる。
 天使のような……彼だけのお嬢様の顔で。

 ――近づきたくても近づけないふたりには、こんなゲームでさえ、少々高度なのだった……



      『私の大切なお嬢様・ポッキーゲーム 編』
               END






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