恋のエトセトラ

*『運命の瞬間は突然に』(エタニティフェア用SS)

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こちらは、2014年どこでも読書さまモバイルサイト限定で行われました「エタニティフェア」用に書いた『甘いトモダチ関係』のSSとなります。

***************

「これこそ運命の瞬間、って感じたことありますか?」
 まるで、女性雑誌の見出しのような質問である。
 終業時間間近の給湯室。会議室から下げてきた湯呑み茶碗を洗いながら、朱莉は「は?」と聞き返した。
 質問の主は後輩の望美。彼女は両手を胸の前で握り合わせ、うっとりとどこかを見つめている。洗わなくてはならない湯呑みをひとつ持ったまま浸っているので、朱莉としては早くシンクへ置いてほしいところだ。
「朱莉さんは、やっぱりプロポーズされたときですかー? 色々考えちゃいますよね。やっぱりそういう瞬間って、運命を感じますか?」
「まあ……人生が変わるかもしれない瞬間ではあるわよね……。一生一緒にいる相手が決まるものだし」
「そうですよねぇ、やっぱりありますよね、そういうことって」
「どうでもいいから、湯呑み早く」
 興奮する望美とは反対に、朱莉は冷静に片手を差し出す。
 望美は、ふんわりとした外見に似合わず「男女の友情なんてありえない」とキッパリ言い切るほど現実的な面を持っていたはずなのだが。なにかメディアに影響でも受けたのだろうか。運命の瞬間やらプロポーズやら、随分とロマンチックな話題を持ち出してくる。
 望美から受け取った湯呑みを洗いながら、朱莉はふと、この状況に既視感を覚えた。
「ねえ、前も同じこと聞かなかった?」
「え? そうでしたっけ?」
 望美に覚えはないようだ。だとしたら、誰とこんな話をしたのだろう。
 一度気にし出すと答えが出るまで気になってしまう。無言で考え込んでいると、背後から声をかけられた。
「ふたりとも、ご苦労さま。川原君、会議室の片付けを頼む」
「あっ、はーい」
 洗い終えた湯呑みを拭こうとしていた望美は、布巾に伸ばしていた手をひっこめ、朱莉の傍から離れていく。
 ご指名を受けて張り切る彼女にかかる「頼んだよ」という凛々しい声。生真面目さを感じさせるものではあるが、その中に潜むトーンを、朱莉は聞き逃さない。
「なーに、ご機嫌な声出してんのよ。征司」
 軽く背後を振り返る。給湯室の入り口では、最愛の人が自分を見つめていた。
 征司は会社用に引き締めた口元をほころばせ、朱莉の隣へ立ち彼女の肩を抱く。
「朱莉とふたりっきりの給湯室って、なんか、やーらしくていいなと思って」
「まだ仕事中ですよー、課長」
 おどけた声を出しながら、グーを作った手を軽く振り上げる。笑顔でありながらも「叩くよ」と言わんばかりの様子を察したのか、征司の手はコソコソと離れた。
 だがそこは、黙って引き下がる彼ではない。眼鏡のブリッジを軽く押さえ苦笑すると、都合の良い言い訳を口にした。
「ベタベタしてるところを他の社員に見られたって、『しょうがないな、婚約者同士は』って思ってくれるさ」
「寛大な解釈~。部下のそんな姿を見たなら、『気を引き締めろ』って一喝しそうな鬼課長様なのに」
「婚約期間はいいんだよ」
「わーっ、我儘ーっ」
 棒読みで非難をしつつ、朱莉も口元がニヤついてしまう。婚約してから約三週間。なんだかんだで、彼とのこんなやり取りは嬉しい。
「今さあ、望美ちゃんと話してたんだけど……」
 湯呑みを拭き始めたところで、朱莉は話題を切り替える。
「征司、これこそ運命の瞬間って、感じたことある?」
「運命の瞬間?」
「うん」
 なんとなくこの話題を振ってしまったのは、もう少し話を続けて彼と一緒にいたかったから。そして、もしかしたらその答えに「朱莉にプロポーズしたとき」などという言葉が返ってくるのではないかと、少し期待をしてしまったせいだ。
「なんで、一カ月前と同じこと聞くんだ?」
「え? 聞いたことあった?」
「一カ月前も聞かれたぞ。ああ、そうだ、そのときも川原さんと話したんだって言っていたっけ」
「そうだっけ……」
 あの既視感は間違いではなかった。朱莉も望美もハッキリと覚えていなかったということは、きっと世間話かなにかのついでにチラリと出た話題だったのだろう。
(そう言われれば、聞いたような気もする……)
 すっかり忘れていたことへの気まずさを笑いで誤魔化し、朱莉は話を進めた。
「で、でさ、そのとき、征司はなんて言ったっけ? 今も同じなのかなあ」
「そうだな……、今聞かれたら、朱莉にプロポーズしたときって答えてもいいんだけど、でも、あのときも運命の瞬間だったと思ってるから。迷うな」
「あのとき?」
「ああ。なんてったって俺は朱莉にそれを聞かれて、例の提案をお前にぶつける決心をしたんだから」
「例の……提案……?」
 征司の言葉を聞いているうちに、朱莉の思考は動き出す。ゆっくり、ゆっくり、一カ月前へと戻っていく。
 一カ月前。なにがあっただろう。あのときふたりは、まだ、ただの友だちだった。
 征司の「やっぱり両方かな」という言葉を耳に入れながら、朱莉は思い出す。
 彼が言う例の提案に関する、運命の瞬間を。
 ふたりの現在(いま)を決めた、あの言葉を――

 ***

 ――その言葉を聞いたのは、梅雨の訪れを間近に控えた六月初旬。
 定時に職場をあがろうとした朱莉は、営業課のオフィスを出ていく征司を見付け、あとを追った。
 彼女は帰るのだが、征司は違う。彼はこれから大学病院のドクターに会いに行く。医師は、診察などの関係で昼間のアポが取りづらい。商談も、たいていは終業後の時間になってしまうのである。
「征司、お疲れっ。今日も時間かかりそうなの?」
 一階への階段を下り始めた征司の横に立ち、朱莉はポンッと彼の背中を叩いた。
 友だちとはいえ上司と部下。会社で堂々とこの呼びかたはまずいが、今はふたり以外に階段を使用する社員の姿もない。仕事が終わった朱莉としては、気持ちも緩むというもの。
 背中を叩かれた反動でずれた……、というわけではないだろうが、征司は中指で眼鏡のブリッジを上げた。
「んー、どうかな。待たされなきゃ大丈夫だと思うけど」
「ここんとこ遅くの商談が続いてるもんね。ちゃんとご飯食べるんだよ?」
「うん。腹減ったら朱莉のとこに行くから大丈夫」
「なんじゃそりゃ。おいでおいで。ビール用意しておいてあげるよ」
「……お前、その代わりケーキ買ってこいとか言うんだろう」
「あ、ばれた?」
 アハハと笑うと、苦笑いをした征司に軽く小突かれる。階段の踊り場を過ぎたところで、朱莉はふと思い出した。
「そういえばさ、征司って、運命の瞬間とか感じたことある?」
「運命の……、なんだそれは。アニメかなんかか?」
「望美ちゃんと話をしていてね、なにかのついでに話題になったんだよね。なんとなくロマンチックな言葉のような気もするんだけど、学生時代、試験のヤマが当たった瞬間なんかも、運命の瞬間だったなあ、なんて思って」
「色気ないな……」
「そういう征司は?」
 聞いてから、朱莉はなぜか胸がドキリとする。
 もしもロマンチックな答えだったら……。自分が知らない相手との運命の瞬間を、彼が持っていたとしたら……。そんなことを考えてしまった。
「そうだな……。大学病院の医局長が、悪酔いして吐きそうになっているところを助けたときだな。あの一件から、大学病院にコネが……」
「色気ないーっ。セコいーっ」
 大袈裟に笑いつつ、朱莉は征司の背をバンバンと叩く。心配をした内容ではなかったことに、随分安心していることが自分でも分かった。
 今度は強く叩かれてしまったので、見て分かるレベルで征司の眼鏡がずれる。彼は再び中指で眼鏡のブリッジを上げるが、小突いてくることはなかった。
 ふたりが下り立った一階フロアには、多くの社員が行き来している。ここでふざけるわけにはいかないのである。
「では課長。お気をつけて。お先に失礼いたします」
「ありがとう東野君。君もご苦労さま」
 上司と部下の挨拶を交わし、ビルを出て、ふたりは別れる。心の中で「バイバーイ、あとでねー」と友だちの征司に手を振る朱莉ではあるが、それはきっと征司も同じだろう。
 駅への道を歩きながら、朱莉はぼんやりと考える。
 望美と話していたとき、本当に何気なく出た話題だった。メインになっていた会話のついでだったので、ふたりとも答えなど出してはいなかったのだ。――だが……
(私の運命の瞬間って、いつだろう……)
 確かに、考えかたによってはロマンチックな言葉であるように思う。けれど、つい口に出てしまったように、試験用紙を見てヤマが当たったと知った瞬間に運命を感じた、という内容だって間違いではない。その他で考えるなら、数量限定商品などが自分でラストだったときなど。
 征司に言われなくても、色気がない……
「でも……、やっぱり、征司と会えたことかな……」
 ぽつりと呟いてみて、朱莉は自分の言葉に納得する。
「そうだ。きっとそう」
 あれから十年。変わらず仲の良い男友だち。
 なんの気兼ねもなく、愚痴でも悩みでもなんでも言える。一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に悩んで、一緒にふざけ合って。
 最高の友だちだ。
 征司と友だちでいることが、朱莉はとても楽しい。実は無精者である彼の世話に手を焼くことは多々あれど、イヤだと感じたことはない。
「征司は、大好きな友だちだもん」
 自分の呟きに、ほわりと胸が温かくなる。商談後に自宅に寄るだろう征司のために、ちょっと多めにビールとおつまみを買って帰ろうと決め、朱莉は足を速めた。

 同じ日の夜、征司が朱莉のマンションにやって来たのは、彼女が楽しみにしていた二時間ドラマが始まった頃。
 会社での会話の通り、ショートケーキを土産に家主の機嫌をとった征司は、冷蔵庫からビールを出し、特等席であるソファに陣取った。
 上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、袖をまくってすっかりくつろぐ彼。ローテーブルの上に広げられたつまみに手を出しながら、ビールを飲み新聞に目を通す。
 そんな彼の傍でケーキを食べ、ドラマに観入る朱莉。
 それは、いつもと変わらぬ光景。
 朱莉が幸せを感じる、安らぎの時間。
 ドラマを観つつも、朱莉の目は征司の動きも視界に入れる。今日はビールの缶を口に運ぶ間隔が短いような気がする。仕事でなにかあったのだろうか。それとも、なにか言いたいことがあってタイミングを見計らっているのだろうか。
 何気なく気にしていた朱莉に、その瞬間がやって来た。
「朱莉」
「ん?」
 ドラマのメイン俳優が、断崖絶壁で犯人を追いこむ。この見どころで声をかけるとはなんたることだと思いつつ、朱莉は最後まで取っておいたケーキのイチゴを食べようと口を開けた。
 そんな彼女の耳に、一生忘れられない征司の言葉が届いたのだ。
「なあ、そろそろ、友だちやめないか?」

 ***

「朱莉」
 呼びかける声で、朱莉はハッと我にかえった。
「どうした? なに考え込んでるんだ?」
 つい、あの一日のことをつらつらと思い返してしまった。朱莉は「てへっ」と、おどけたように照れ笑いをして見せる。
「ごめん、そういえば一カ月前も聞いたよなあ、……なんて思い出してた」
 すると、征司の手が朱莉の両腕を掴み、覗きこんでいた顔をグッと近づけてきた。
「お前っ、その顔、すっごく可愛いっ。俺的にヤバイ、キスしていいかっ」
「会社終わるまで待ちなさいってば! もうっ!」
 ふざけ合いながらも、朱莉の心にひとつの確信が生まれる。

『なあ、そろそろ、友だちやめないか?』

 ――あれがきっと、ふたりにとっての、運命の瞬間だったのだと――


     *END*






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