年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第三章・年下はしつこいです!/1

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 こんな疲労感は、久しぶりのような気がする。
 全身はけだるいのに、不快感はない。それどころか心身ともに軽くて、爽やかささえ感じるのだ。
 寝不足の朝には苦みだけが口に残るコーヒーも、今朝は美味しい。
 三時間しか寝ていないのに……
 憑き物でも落ちたかのような気持ちの晴れやかさ。それを感じながら、美涼はコーヒーをすすりハアッと吐息する。
 倉田家、朝のダイニングテーブルに着くのは美涼ひとり。父はすでに出社し、母は庭へ、趣味の家庭菜園を眺めに行っている。弟と妹はまだ起きていない。
 毎朝うるさいとしか思わない弟のチャラチャラした話し声が聞こえないのも、爽やかさに輪をかけているような気がした。
 別に姉弟仲が悪いわけではない。素はそんなにチャラい男ではないのに、大学の女の子と電話で話しているときだけ、より口調が軽くなる。そんな変化が妙に気に障るのだ。
(女の子の前だからってかっこつけてるのかな……。チャラいとかっこいいとか、なんか誤解してる?)
 弟の涼輔のことを考えていたはずなのに、ふと琉生の姿が思い浮かぶ。一瞬にして顔が熱くなり、美涼はコーヒー片手に頬をパンパンと叩いた。
(人の頭の中に勝手に出てくるな! この馬鹿! チャラ男!)
 心の中で罵倒するも、頬の熱さはおさまらない。誰が見ているわけでもないのに、美涼はそれを誤魔化すためにコーヒーをあおる。
 昨日琉生とホテルに入り、美涼が帰宅したのは午前三時。
 彼は、午前も二時を過ぎるまで美涼に触れ続け、彼女を離さなかったのだ……
(サルか……あいつは……)
 ちょっと馬鹿にした言いかたをしてしまうのは、負け惜しみ。……いや、彼の性欲に振り回されて、それに溺れてしまったことへの照れ隠し。
 自分が何度絶頂まで引っ張られたか覚えていない。というより、琉生がいつ達していたのかも分からない。数回コンドームを代えた形跡があったので、彼が休みなく求めてきていたのだということは分かるのだが、なんというか精力的すぎる。
 それでも、美涼は実家暮らしなので、泊りになってはまずいと考えてくれた点は気が利いている。
 もっとも、帰宅したとき、当然だが家族はみんな寝ていた。
 わざわざタクシーを待たせ、琉生が玄関先まで送ってくれのだ。
『美涼さん、大丈夫? ふらふらしてない? 休ませてあげられなくてごめん。……今度、ゆっくり、……ね?』
 耳元で囁かれ、優しく肩を抱かれた。なにも言い返せなかったのは、疲れていたし眠かったから……。――ではなく、本当は琉生のくれるその気持ちが心地良かったから……
(どうかしてる……)
 美涼はコーヒーカップを手に持ったままテーブルに置き、片手でひたいを押さえる。
 どうかしている。こんなことを思ってしまうなんて。おまけに、今考えれば琉生が言った『今度』とはなんだ。『今度』も、こんなことがあるという意味か。
(ゆっくり……ってなによ……。あれ以上されたら、倒れちゃうわよ……)
 そんなことを思ってしまった瞬間、足の付け根の奥がクッと引き攣る。思わず腰を引き、美涼はテーブルに突っ伏した。
 ――琉生と身体の関係を持ってしまったことを、後悔してはいない。……ただ、予想外すぎたのだ。
 琉生の優しさも、激しさも……
 真面目さも――――
「……大丈夫? お姉ちゃん……」
 突然真横でかわいらしい声がかかり、美涼は慌てて身体を起こす。いつ起きてきたのか、そこには妹の美緒が心配そうに姉を覗き込む姿があった。
「具合悪いの? 熱ある? 少し顔が赤いみたい……」
「赤い……ううん、大丈夫。ごめんね、飲みすぎただけよ」
 心配させてはいけないという一心でそう言うと、美緒は一瞬キョトンッとしてから、両手を腰にあてて少し怒ったように眉を寄せた。
「もうっ。平日なのに遅くまでお酒なんか飲んでくるからだよ。そういえば、何時に帰ってきたの? 美緒が起きてるうちに帰ってこなかったから、十二時過ぎてたんでしょう?」
「アハハ、ごめん、盛り上がっちゃって抜けられなかったのよ。仕事なんだし、許してっ」
「そればっかりぃ」
 さらに怒ったように見えた美緒だったが、彼女はすぐにクスリと笑い美涼のひたいに手のひらをあてた。
「お仕事じゃしようがないよね。でも、本当に飲みすぎには気をつけてね」
「うん。ごめんね」
 仕事だ、つきあいだと誤魔化すあたり、なんとなく父が母にする言い訳のようだ。しかしそれを理解してくれる美緒は、物分かりがいい。
 腕時計を確認した美涼は、残っていたコーヒーを一気にあおり、足元に置いていたショルダーバッグを手に立ち上がった。
「じゃあ行くね。お母さんに、美緒が起きたって声かけていってあげる」
「え? もう? いつもより早いよ?」
「うん。今日は一本早い電車で行こうと思って」
「昨日もそうだったよね?」
「まあ、昨日と今日で理由は違うんだけどね」
 昨日は単に目覚めが良くて気分が良いから、というのが理由。今日は、永美が仕上げてあるはずの仕事を提出前に見てあげたいというのが理由だった。
 琉生に頼まれたから、というわけではない。後輩の面倒を見てやりたいだけだ。……美涼は、そう自分に言い聞かせる。
「ねぇ、お姉ちゃん……」
 持っていたコーヒーカップをシンクへ運び、バッグのストラップを肩にかけ直したとき、美緒がおそるおそる声をかけてきた。
 美涼は振り返り「ん?」と続きを促す。どこか戸惑う様子を見せてから、美緒が口を開いた。
「あの……昨日……、会社の人と飲んでたんだよね?」
「そうだけど?」
「……お、お友だちの人? 一緒によく遊びに行く、遠藤さん……」
「千明じゃないわ。後輩よ。仕事のこととか色々、話し込んでいるうちに遅くなったの」
「あ……ふたりでお酒飲んでたの? 他には……」
「――どうしたの? 美緒」
 美涼は首をかしげる。誰と飲みに行っていたのかを聞きたいのだろうが、こんな怖々とした態度をとる必要はない。いつもの美緒なら、もっと明るく聞いてくるはずだ。
 まるで、聞いてはいけないことを聞いていると言わんばかりではないか。
 美緒も自分の聞きかたがおかしかったことに気づいたのだろう。ちょっと泣きそうな顔で視線をそらした。
 なにかあったのだろうか。聞いてあげたいのは山々だったが、電車の時間もある。美涼は美緒の肩をポンッと叩き、手を上げながら歩き出した。
「帰ってきたら聞いてあげる。なにか話があるんでしょう?」
「あ……、そういうんじゃ……」
「今日は遅くならないと思うから。じゃあ、行ってくるね」
「……いってらっしゃい」
 美緒の見送りにしては小さな声を聞きながら、美涼は廊下へ出る。すると、ちょうど二階から涼輔がおりてきた。
「おはよーさん、不良姉貴。早いじゃん、もう行くのー?」
 無駄に能天気な声を聞いてイラッとするものの、いつものことだと気を取り直す。直後、ハッと思い立ち、ピアスが付いた耳たぶをグイッと引っ張った。
「いーってててててっ! 痛ぇよ、暴力姉貴っ」
「耳引っ張られたくらいでうるさいっ。この、愚弟っ」
「ひでぇっ、これでも姉貴が心配で朝の三時まで起きてたんだぜー」
 それを聞いてドキッとし、手を離す。もしや琉生と一緒にタクシーを降りた場面を見られていたのでは……
「帰ってこないからさ、電気消して寝ようとしたら車の音がしてうちの前で停まったから、『あー、おれの大好きなおねーちゃんが帰ってきたぁ』ってホッとして寝たんだぜ」
 琉生を見られたわけではないようだ。話を聞いて美涼もホッとし、再び涼輔の耳たぶを引っ張った。
「いてーっ、痛ぇってばっ」
「なーにが『おねーちゃん』よっ。それより、ちょっと聞きたいんだけど」
「人にものを聞くのに、威張るなよ」
「あんたさぁ、昨日、美緒をいじめたんじゃないでしょうね」
「なんだよそれ、いじめたのはおれじゃねーよ」
「おれじゃない……?」
 美涼はパッと手を離す。涼輔は、なんのことかと聞き返してくることもなく自分のせいではないと否定だけをした。ということは、美緒の様子がおかしい原因を知っているのだろうか。
「さっき、凄く元気がなかったのよ。原因知ってるの?」
「さっきじゃなくて、昨日の夜からずっとだよ。飯食ってから」
「あんたがしゃぶしゃぶの肉を横取りしすぎたんじゃないの?」
「おれ、どんだけいじめっ子のイメージなんだよっ。ちげーよっ。なんだかさ、ずっとスマホなんか眺めながら元気のない顔してたぜ。……電話、待ってるみたいだった」
「電話?」
「ちょっとからかって『彼氏かぁ?』なんて聞いたら、すっげぇ泣きそうな顔で睨まれてさ。それ以上なんにも聞けなかったな。……あんな顔した美緒なんて、初めてだったし」
「彼氏……」
 美涼は眉を寄せる。彼氏、で思いつくのは国枝しかいないが、それにしても美緒の反応がおかしい。泣きそうな顔で睨んだというのも、らしくない。
「美緒に彼氏がいるっていうのも聞いたこたないし、友だちと喧嘩でもしたんじゃねー?」
 軽く言っているようだが、涼輔も気になっているようだ。表情がぎこちなく、口元の笑みを無理に作っているように思える。
 一瞬黙った美涼だったが、ここで論議をしているわけにもいかない。彼女はポンッと涼輔の肩を叩くと、「行ってくるね」と玄関へ向かった。
「いってらー」という軽い口調に見送られ、庭にいる母にひと声かけて家の門を出る。
 なんとなくイヤな予感はするが、ひとまず美緒の件は後回しだ。
 腕時計で時間を確認し、速足で歩き始める。すると、背後からいきなり車のクラクションが鳴らされた。
 驚いて振り向くと、白いセダンが後ろにいる。住宅街の道路は、早朝ということもあって人通りも車通りも少ない。明らかに美涼に向って合図をしたのだろうが、こんな車に見覚えはなかった。
 車のことなどよく分からないが、大きくて立派な車だ。色を除けば一般人には縁のない方々が乗っていてもおかしくはない迫力。そう思ったとき、運転席が目に入り、美涼は目を瞠った。
 そこには、にこにこしながら手を振る琉生の姿があったのだ。


*次回更新1月11日予定







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