年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第三章・年下はしつこいです!/3

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 美緒の様子が気になる……
 永美がその後、仕事で国枝から文句をつけられていないかも気になる。
 でも、それ以上に……
 ――好きです……
 そう言った琉生の声と表情を思いだし、美涼の体温が上がる。必要もないのに蛇口をひねり、せめてもの対策で冷たい水に両手をさらした。本当は熱く感じる顔にかけてしまいたいところだ。
 営業一課がある十階のフロア。給湯室には美涼がひとり。課長の松宮が外出から戻ったのでコーヒーを淹れようとしていたのだが、カップをふたつ目の前にしたまま、美涼は動けないでいる。
 今回、松宮に同行したのは琉生だった。一緒に戻ってきたということは、彼にも同じくコーヒーを出してやるべきだろう。そう考えるとつい意識してしまうのだ。
「どうして考えちゃうのよ……」
 コーヒーひとつ淹れるのに琉生を意識してしまうようになるとは、どうかしている。本当に、どうかしているとしか言いようがない。
 好きです、などという言葉を、彼はなんのつもりで使ったのだろう。
 本気で口にしたのか。それともふざけただけなのか。
 あのキスのあと、彼は美涼から黙って離れ、車を出て助手席のドアを開けてくれた。
『今日も仕事がんばりまーす。美涼さんに、チャラいだけの男だって言われたくないから』
 口調は軽いが、言っていることは真面目だ。彼の本質がどちらにあるのか分からない。美涼は戸惑いも半分に『生意気言ってんじゃないわよ』と琉生の背中をバンッと叩き、彼を追い越して先に会社へ入ったのだった。
 年下の男なんて嫌い。生意気でチャラい男は問題外。――そう思っていたはずだったのに……
「美涼さん、あっ、いたいたぁ」
 元気の良い声に呼びかけられ、美涼はハッとする。ぼんやりしていたことを悟られまいと先走った身体が、今用意してたんですと言わんばかりにコーヒーカップを取ろうとするが、慌てるあまり指先にぶつかりテーブルの上で転がしてしまった。
 それを急いで取り、振り向くと、笑顔満面の永美が駆け寄ってくる。美涼の横に立ち、嬉しそうに声を弾ませた。
「美涼さん、ありがとうございます。主任が褒めてくれました」
「え……、褒めて……」
「書類出して褒められたの初めてです。『よくできていた』って。美涼さんが指導してくれたおかげです。ありがとうございます」
「あ、ううん、そんな……。永美ちゃんの呑み込みが良かったんだよ。でも、良かったね」
「はいっ」
 永美は本当に嬉しそうだ。こんなに明るい笑顔を見せてくれたのは久しぶりのような気がする。
 仕事に慣れた先輩たちの中で、その助手的な仕事ばかりをやってきた彼女。一番の新人で嫌みのない性格であることから、先輩女性課員たちにはかわいがられている。ここしばらく明るい笑顔が見られなかったのは、国枝の補佐に着かされてからだった。
 そう考えると、美涼は胸が痛い。
「分からないところは気軽に聞いてくれていいからね。主任に聞くよりは、私のほうが聞きやすいでしょ」
 人差し指を口元に立て、ちょっと声をひそめて冗談めかす。美涼の仕草に笑いを詰まらせ、永美は「はいっ」と嬉しそうな返事をした。
 そしてひょこっと美涼の手元を覗き込み、そこにあるカップを指さす。
「美涼さん、コーヒー淹れるんですよね。手伝います」
「あ、うん。ありがとう」
「ふたつ……。じゃあ、課長と琉生君の分ですね。わぁ、美涼さんに淹れてもらえるなら、琉生君喜びますよ」
「……琉生君……?」
 棚からコーヒーのドリップパックを用意し始めた永美を眺め、美涼は不思議そうな声を出す。
 琉生と永美は同期だ。大学も同じだったとは聞いたが、『琉生君』とは随分と親しげではないか。
 考えてみれば、永美の指導を頼んできたのは琉生だった。同期の辛そうな姿を見るに見かねて行動に出たと考えれば済むことだが、彼は引き継ぎもさせないで補佐の交代をした国枝に意見をし、上司の不満を買うことを承知で美涼を指名したのだ。
 上司に逆らうという意味では、琉生にとってあまりいいことではないだろう。
 彼がそこまでした理由は……
「永美ちゃん……、もしかして、堂嶋君とつきあってるの?」
 まさかとは思いつつ、なぜか不安になる気持ち半分に尋ねてみる。すると永美はキョトンッとしたあとキャハハと笑いだした。
「ご、誤解ですよ。同期ですけど、それはないです。……あたしの彼、他の会社にいます」
「そうなの? ……随分と親しそうだったから……」
「すみません。気が緩むと、つい大学のときみたいに呼んじゃうんですよね。今でもなんとなく“ルイ君”、みたいな軽いイメージはありますけど」
「軽い……。そうか、大学のときからあんな感じだったんだ? みんなに親しげに呼ばれるような砕けた感じ?」
 永美からドリップパックをひとつ引き受け、それをセットしながら美涼は苦笑いをする。同じ動作をしていた永美が、途中で手を止め視線を上にして考え込んだ。
「んー、みんなに好かれて、みんなに優しい人だったけど、今の感じとは違いましたね」
「優しい……って、……まあ、女の子にだけでしょう?」
「いいえ。みんな、です。男の友だちも女の友だちもいっぱいいる人で、本当、みんなに優しいんです。なんていうのかな、よくいるじゃないですか、当たり障りがなくて害のない人。いわゆる“いい人”って」
「“いい人?”」
「はい。頭が良くて、面倒見が良くて、どんな相談にでものってくれる聞き上手な優しい人。目立つことはしないけど、そこにいてくれるだけで場の空気が和むっていうか落ち着ける雰囲気を作ってくれる人。琉生君って、そんな人でした。……今は……、なんかちょっと派手でチャラチャラしてるところはありますけど……。でも、同期の悩みとか聞いてあげたり、聞き上手なのは変わってないかなって」
 話を聞いているうちに美涼の手が止まる。わずかに目を見開き、永美を見た。
「今と同じで昔から綺麗な顔してる人だったから、女の子には人気ありましたよ。後輩には『王子様』なんて呼ばれてたり。でも、それをいいことに手を出したりするようなズルイ人でもなくて、変な話、恋の相談とかも女友だちにするみたいにできる人でした。実は、あたしも今の彼とつきあうときに背中を押してくれたのが琉生君だったんですよ」
「……チャラく、なかったの……?」
「ぜーんぜんっ。なんていうか、たとえるなら、いつも優しい保健室の先生、みたいな人でした」
 美涼の手は完全に止まってしまった。驚いている彼女に気づかないまま、永美はコンロから小さなケトルを取ってふたつのカップにお湯を注ぎ始める。
「……入社して……、少したってからですよね……。今みたいになったの……。一ヶ月くらい……新人歓迎会のあとくらいだったのは覚えてるんですよね……。まあ、今の琉生君も結構似合ってる気がします。相変わらず優しいし」
 目に映るのはカップに注がれていくお湯。感じるのは漂うコーヒーの香り。美涼は、そのどちらも意識することができない。彼女の思考は、琉生のことだけに集中した。
 永美の話が、真実として頭に入ってこない。今の琉生と大学時代の琉生とでは、かなり違う。この差はなんだろう。
 彼は、どうしてそんなに変わってしまったのだろう。なにが今の彼を作るきっかけになったのか……
 しかし昔の琉生を知ると、昨日から時折感じる彼の真面目さや優しさが、妙に納得できるような気がした。
「主任の補佐みたいな仕事をするようになって、毎日怒られてばかりで、自分の仕事のできなさ加減がイヤでイヤで、物分かりの悪さが辛くてしょうがなかったんです。昨日も怒られたあと、会社を飛び出しちゃいたいくらい辛くて……。そうしたら琉生君が、美涼さんを説得するから待ってろ、って」
 ケトルを置き、フィルターのお湯が落ちるのを眺めてから、永美はえへへと恥ずかしそうに笑って美鈴を見た。
「琉生君が、主任を説得して本当に美涼さんを着けてくれたとき、びっくりしたんです。主任には、引き継ぎなんかは一切当てにしないで自分の仕事をしろって、再三きつく言われていたので……。辞めようかって、本気で思い始めてたんです。……ありがとうございます、美涼さん。あたし、もう少し頑張ってみます」
 励ます意味を込めて、美涼は永美の背をポンポンッと叩く。
 プライベートな一件で国枝とトラブルになったとき、美涼は彼に、美緒のためにも自分にはもう一切かかわるなと言い渡した。補佐の引き継ぎをさせなかったのは、国枝の仕事に美涼を関わらせないため。
 彼が約束を守ったのだと考えれば誠実ではあるが、そのおかげで永美はとばっちりをくったことになる。
 国枝におかしな顔をされようと、琉生に言われるまでもなく永美のサポートは続けよう。そう心に決め、美涼はお湯が落ちたパックを捨てようとテーブルを離れた。
「あれ? 琉生君」
 何気ない永美の声が聞こえた瞬間、ドキリとして足が止まる。振り向くと、給湯室の入り口に琉生が立っていて、永美の呼びかけに手を上げて応えていた。
「琉生君、美涼さんね、琉生君の分もちゃんとコーヒーを用意してくれていたんだよ。よかったね」
「マジでー? うわぁ、すっごく嬉しいしっ。それ、飲まないで持って帰ろうかなぁ」
「あっ、でもごめん。淹れたの、あたしだ」
「ええーっ。……まあ、いいや。ありがとうな、沢田」
「どういたしまして」
 にこりと笑った永美は、カップをひとつだけトレイに載せて美涼を見た。
「あたし、課長に持っていきますね。琉生君、美涼さんがコーヒーを用意しに行ったのを見て『俺の分は無視なんだろうなぁ』って気にしてたんで、琉生君の分は美涼さんが持っていってあげてください」
「沢田ちゃーん、ひとこと余計ですよーっ。俺、すっげーヘタレに聞こえるー」
 おどけて怒る琉生の言葉に、永美はキャハハと笑いながら給湯室を出ていく。
 ふたりの会話を聞き、美涼は目を見開いてポカンとしてしまった。
 もしや永美は、コーヒーの件を気にしていた琉生に気遣って、美涼の様子を見に来たのでは……
 もちろん、国枝に褒められたという礼を言いたいのもあったのだろうが、なんとなくメインは琉生のことであったような気がする。
 そう思ってしまう理由は琉生の様子だ。彼は、おどけつつも「余計なこと言うなって……」と呟き、恥ずかしそうに頭を掻いているのである。
(な、なに照れてんのよ……)
 こんな顔を見ると、美涼のほうが照れてしまう。彼女は手に持っていたパックをごみ箱に投げ入れ、トレイを取って琉生の分のカップを載せた。
「し、しょうがないから持っていってあげる。ま、まったく、お疲れ様のコーヒーくらい、淹れるにきまってるでしょう。いくら後輩だからって……。私、どんだけ冷たい先輩だと思われてんのよっ」
「……思ってませんよ」
 琉生がトレイに載ったカップを取る。それを両手で持ち、嬉しそうに微笑んだ。
「うれしーですっ。“俺のために”美涼さんがカップを用意してくれてたんだと思うと。俺、このカップ持って帰ろうかなぁ」
「会社の備品だ、こらッ」
 一瞬彼の微笑みに見惚れそうになり、美涼はハッとしてトレイを差し出しながら強い口調で注意をした。
 クスリと笑い、琉生がカップを戻す。ふたり並んで給湯室を出た。……そのとき……
「堂嶋君……」
 なんとも切なそうな女性の声がかかる。ふたりが同時に向けた視線の先には、ひとりの女性が泣きそうな顔でこちらを見ている姿があった。
 正確には琉生を見ているのだろう。赤系のルージュが目につく女性は、先日、資料室で彼といかがわしい行為に及ぼうとしていた女性だ。
「ちょっと、……いい?」
 真横には美涼もいるのだが、彼女は琉生しか見ていない。先日あれだけ冷たく突き放されて平手打ちまで見舞っていったというのに、そんなことは忘れているかのようだ。
 琉生はどうするのだろう。またあのときのように冷たく突き放すのだろうか。チラリと視線を上げると、琉生は神妙な顔をしている。彼が視線を下げたことで視線が合うが、不自然に上がった口角が無理に笑おうとしているかのようで気まずい。
「ごめん、美涼さん、ちょと、先に行ってて」
「あ……、うん」
 美涼が歩き出す前に、琉生が女性に近づいていく。彼女はすでに泣く寸前だ。なんとかそれに耐えていたのだろう、琉生が目の前に来ると顔を伏せて嗚咽を漏らした。
 給湯室前の廊下だって少なからずとも人の通りがある。琉生は人目につかないよう、女性の背を促して給湯室の中へ入っていった。
 声をひそめてはいるが、中からは「また会えるか」や「今夜も夫が帰ってこないから……」などの話し声が聞こえる。
 会話を聞いているうちに胸が痛くなった美涼は、その場から逃げるように立ち去った。


*次回更新、1月18日予定。






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