年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第三章・年下はしつこいです!/6

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 定時に仕事は終わったものの、美涼が家に帰りついたのは二十一時も過ぎた頃だった。
 車の中で琉生に抱かれ、昨日のように何度も挑まれてしまうのかと覚悟もした。しかし彼は、けだるそうにする美涼の服を丁寧に直し、彼女を抱き寄せて休ませてくれたのだ。
『無理させた? ごめんね、美涼さん。俺……我慢できなくて……』
 寄りかからせてくれる胸。髪を撫でる手。そのすべてが心地良くて、美涼は琉生の腕の中で身動きすることができなかった。
『こんなにがっついたら、“これだから年下は”って、美涼さんに笑われちゃいますね』
 彼女にもう少し気力があったなら言っていただろうセリフを口に、琉生は苦笑する。
 まったくだ……。そう思っても、美涼は皮肉を言うこともできない。今この状態でいつもの啖呵を切っても、強がりにしかならない。
 家の前に車が停まると、琉生が先に自分のシートベルトを外そうとする。おそらく美涼のために助手席のドアを開けるため外に出ようとしたのだろう。美涼はそれを止めた。
「いい……。自分で降りるから。……私が降りたら、すぐに行って。弟とかに見られたら、うるさいし……」
 弟に見られたら、きっと冷やかされるから恥ずかしい。そう伝えたかったのに、これでは琉生といるところを見られるのがイヤだとでも言っているかのようだ。
 訂正しようにもできないまま、美涼はシートベルトを外しドアに手をかけた。
「美涼さん」
 ドア側に身体を向けると肩を掴まれる。軽く振り報いた瞬間、頬に琉生の唇が触れた。
「また……明日……」
 別れを惜しむかのような、ちょっと寂しげな口調。ドキリとしたまま琉生を見ていると、彼も美涼を見つめ返した。
 薄闇の中に溶けてしまいそうな儚い微笑み。琉生は、こんな顔もできるのだ……
 ちょっと見つめすぎかもしれない。自分でもそう感じたとき、目の前の微笑みが口角を上げ現実的な軽笑に変わった。
「そんな溶けそうな顔したら、ここでまた押し倒しちゃいますよー?」
 ムードぶち壊しである。美涼は我に返り、琉生をキッと睨みつけて車を降りると威勢よくドアを閉めた。
 身をかがめて助手席の窓越しに中を覗くと、琉生と目が合う。そのまま目をそらすのもなんなので、美涼は胸の横で小さく“バイバイ”と手を振った。
 それだけなのに、彼はとても嬉しそうににこりと笑い、顔の横で大きく手を振ったのだ。
 鼓動が胸を叩いたのと同時に、“かわいい”という感情が湧き上がる。そんな自分に戸惑っているうちに、車はゆっくりと走りだした。
「そんなに嬉しそうにするな……馬鹿……」
 走り去る車を見送りながら出るのは、無駄な強がり。大きく呼吸をすると秋の夜風が肺に冷たい。ふと、今まで彼の腕に抱かれて感じていた体温が恋しくなった。
「……どうかしてる……」
 ぽつりと呟き、美涼は、コントロールできない自分の感情をもどかしく感じる。
 そのとき、ドアが閉まる大きな音と、駆け寄ってくる靴音が続けて聞こえてきた。どうやら家から誰かが出てきたようだ。
 何気なく向けた目に映ったのは美緒の姿。車の音を聞きつけて迎えに出てきてくれたのだろうか。
 嬉しい出迎えに美涼は笑顔が浮かびかかる。しかし美緒の様子がどこかおかしいことに気づき、出るはずの笑顔が引っ込んだ。
 泣きそうな顔で門を飛び出してきた美緒は、強く美涼の両腕を掴んだのである。
「お姉ちゃん……、誰……誰と帰ってきたの!?」
「美緒?」
「誰の車に乗って帰ってきたの!? 今日は早く帰ってくるって言ったよね……どうして、こんなに遅くなったの!?」
「美緒、どうしたの……」
「昨日だって帰ってくるのが凄く遅くて、それで今日も……。同じ人? 後輩と飲んでたって、本当? 今の白い車、誰だったの!?」
「ちょっと落ち着いて。どうしたの、ねえ」
 見るからに美緒は混乱している。こんな、いきなりがなり立てる美緒を見るのは初めてだ。
 美涼の腕を掴む手にスマホが握られている。それを見て、美涼は涼輔の話を思いだした。昨日から、美緒が誰かからの電話を待っている様子だったという話だ。
(まさか……)
 イヤな胸騒ぎがした。それが気のせいであることを願う前に、美緒が早口でまくし立てる。
「ねえ、お姉ちゃん……本当のこと言って……。本当は違うんでしょう? 後輩なんかじゃないんでしょう? お姉ちゃん……、国枝さんと一緒だったんでしょう?」
「美緒……」
「だから国枝さん、連絡くれないんだ……。お姉ちゃんと会ってるから、国枝さん……」
「待って、ちょっと、落ち着いて」
 美涼は美緒の腕を掴み返し、動揺のあまり瞳をキョトキョトさせる妹を覗き込んだ。
「……主任から……、電話がこないの?」
 目を見開いたまま、美緒がこくっと頷く。
 イヤな予感が、当たったような気がした……
 美緒が涼輔を睨みつけてまでムキになるなら、国枝に関することではないかという予感があったのだ。
「いつから?」
「……四日前……。今週に入ってから……」
 美涼はちょっとほっとする。今日で四日目なら月曜日から連絡がないということ。今週に入ってから、新規の取引先をかかえた国枝は特に忙しく動き回っている。仕事のせいで連絡がおろそかになっているだけだろう。
「あのね、美緒。主任はね、今週に入ってから忙しくて……」
「嘘! お姉ちゃんが国枝さんと会っているからでしょう!? だって、そうじゃなかったら、お姉ちゃんまで毎日遅いのはおかしいよ!」
 美涼は眉をひそめる。美緒の口調は、上司と部下だから一緒に仕事をしていたのかと聞いているのではなく、ふたりで個人的に会っていたのだろうと疑っているものだ。
「ねえ、なにを誤解してるの……。国枝さんは上司で……」
 そう言った途端、美緒は力いっぱい美涼の手を振り払った。
「嘘つき! お姉ちゃん、国枝さんとつきあってたくせに! そのこと、黙ってたくせに!」
 美緒が知っているはずのない事実を口にしたことに驚き、美涼は言葉を失う。しかしその態度は美緒の誤解を大きくした。
「……やっぱりそうだ……。お姉ちゃん……国枝さんを取り返すつもりなんでしょう! だから、一緒にいること黙ってて……、それを当てられて、そんな顔してるんだ!」
「そんなわけないでしょう!」
 興奮する美緒を落ち着かせようと、美涼は美緒の腕を掴もうとする。掴まれる前に美緒は後退し、泣き声で叫んだ。
「お姉ちゃん酷いよ! 国枝さんに冷たくして自分から離れていったくせに、自分以外とつきあうようになったら彼が惜しくなったとか、そういうことなの!? 今、国枝さんとつきあってるのは美緒なんだよ! それでも……そんな、ずるいこと……!」
「違う……!」
 誤解は大きくなるばかりだ。美涼は美緒の言葉を止めようとする。しかし美緒は、もう耐えられないといわんばかりに踵を返した。
 家の中へ駆け込んでいく妹を見ながら、美涼は呆然とする。
「どうして……知って……」
 絶対に美緒には知られないようにしようと思っていたのに。上司と部下でしかない形を徹底するために、自分には関わるなと国枝にきつく言い渡すことまでしたのに。
 美緒は、国枝と美涼が恋人関係であった過去を知っている。それも、とんでもない誤解をしているようだ。
「違うよ……美緒……。離れていったのは、私じゃない……」
 美緒の姿が消えたドアを見つめ、美涼は呟く。
「離れていったのは……」
 言い訳を呑み込むように、美涼は言葉を口に中に溜めた……

   *****

「美涼さん……かわいかったなぁ……」
 琉生の口から無意識のうちに出る呟き。意識をしなくても別れ際に見た彼女の顔が思い浮かぶ。
 助手席の窓越し。ムッとしているふうなのに照れくささを隠せない顔で、小さく手を振っていた。
 美涼の意地っ張りな感じが分かって、とんでもなくかわいく思えた。
(かわいいなんてからかったら、また怒るかな)
 自分の予想にクスリと笑いが漏れる。進行方向左側にコンビニの看板を見つけ、コーヒーでも買って帰ろうかと思い立った。
 駐車場に入り車を停めたとき、タイミングを見計らったようにスマホの着信音が鳴る。相手を確認し、ちょっと苦笑いを漏らすと、琉生は一度深呼吸をしてから応答した。
「はい……。琉生です」
『もしもし。今日は定時で帰ったみたいだね。ご苦労さま』
「毎日残業になるほど働き者じゃないんですよ、俺」
『そんなことないだろう。営業一課期待のポープだって、松宮課長が言っていたよ』
 嫌みのない爽やかな声。聞いているだけで、この人物の穏やかさと器の大きさが伝わってくる。
 そんな彼に、琉生は礼儀正しく対応した。
『実はね、さっき叔母様と話をしていて、琉生君が今日はあの車に乗ってくれたんだって聞いて驚いたんだ。初めてだよね、乗ってくれたの』
「ええ……。乗り心地が良くて最高ですよ」
『良かった。入社祝いにプレゼントしてから一度も乗ってくれていなかったから、気に入らなかったかと思っていたんだ』
「考えすぎですよ。新人の頃からこんな高級車に乗って会社になんか行けるはずがないじゃないですか。今日は……まあ、そろそろいいかなって、思って……」
『僕の従弟なんだって言えば、みんな納得するんじゃないのかい?』
「……言えませんよ……。まだ……」
 気まずげな口調が伝わったのだろうか。相手は一瞬黙り、それでも穏やかな声を出し続けた。
『近いうち、一緒に飲みに行こう。最近ゆっくり話ができていないし』
「分かりました。でも、俺よりそちらのほうが忙しいでしょう?」
『いつもじゃないよ。連絡する』
「はい、分かりました。――正貴さん」
 従兄との通話を終え、琉生は深く息を吐く。しばらくその体勢のまま動けないでいたが、気を取り直してシートベルトを外した。
 すると、またもや着信音が鳴る。もしや従兄が、早々に飲みに行く日を打診するためにかけてきたのだろうか。そんなことを考えながら、相手を確かめもせずにスマホを耳にあてる。
『……堂嶋くん……』
 琉生が声を出す前に相手が口を開いた。女性の声。明らかに泣いているのが分かる。美涼が気にしていた、経理課の女性、波多野玲子(はたのれいこ)だ。
『……たすけて……』
 琉生はグッと唇を結ぶ。しかし、すぐに歯切れの悪い声を出した。
「……どこに、いるの……?」
 玲子の所在を聞き、琉生は通話を終える。コーヒーを諦めてシートベルトを締め直した。
 脳裏に美涼の姿が浮かぶ。
 やきもちを妬いた彼女。――かわいくて愛しくて、理性なんかぶっ飛んだ……
「……他の女の所になんか行かないって……約束したのに……」
 苦笑をする琉生の声は、泣いてしまいそうなほど苦しげだった……


*次回更新、1月28日予定。






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