年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第四章・年下はやっぱり嫌いです!/2

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「美涼ー、お昼行こうよ」
 千明に呼びかけられ、美涼はキーボードの上で手を止める。くるりと振り返り、気まずげに笑ってみせた。
「ごめん。ちょっと遅くなりそう。先に行って」
「どうしたの、珍しい。課長に急ぎの書類でも渡されたの?」
 ひょこっと美涼の手元を覗き込み、千明は目をぱちくりとさせて言葉を止める。一瞬の沈黙のあと、美涼のひたいに手をあてた。
「どうしたの? 具合でも悪い? 手伝おうか?」
「いいよ。大丈夫。それに、もうすぐ終わるから。お昼先に行っていいよ」
「うん……、分かった」
 美涼から手を離して、千明は少々納得がいかない声を出す。
 そんな反応をされてしまうのも無理はない。美涼がやっていたのは単純な書類の作成。それも、朝からやっているものがまだ終わっていないのだ。
 いつもの彼女なら、とっくに終わっていてもいい。それが終わっていないので、千明は美涼の体調が悪いのかと思ったのだろう。
 オフィスを出ていく千明を見送り、美涼はハアッと息を吐いて肩の力を抜く。他の課員たちも昼食や買い物に出始め、オフィスの中は美涼を含め数名の姿を残すのみとなっていた。
 ガランとしたオフィス内。美涼の視線は何気なく琉生のデスクに向く。
 書類は置かれているが本人はいない。朝から松宮について外出したきりだ。
 席を見ているだけなのに、胸が詰まるように苦しい。美涼は目をそらし、キーボードの前で動かなくなった自分の手を見つめた。
 今朝の自分が、あまりにも感情的だったように思えて情けない。
 反面、そんな気持ちになる原因を作った琉生にも腹が立つ。
 ……と、いうより、悲しい……
 どんなに良いことを言ったって、どんなに優しい態度をとったって、琉生も、しょせんは自分が嫌いな男の分類から抜け出せていないように感じる。
 そんなことばかりを考えて、仕事がまったく進まない。こんなことは初めてだ。一ヶ月前だって、会社を辞めたいとは思っても仕事ができないほど思い悩むことはなかったのに。
 あのとき以上に、琉生の存在が美涼を悩ませている……
 自然と出る大きな溜息。どうしたらいいのか分からないことばかりだ。美涼は脇にそれがちな思考を戻しながら手を動かし始める。
 こんなことでは、仕事が進まず無駄な残業が増えてしまう。帰るのが遅くなれば美緒の誤解を大きくするだけだろう。
 動き始めたばかりの手が早々に止まる。……その誤解を解くために、国枝と話をしなくてはならないことを思いだしたのだ。
 胃が痛くなりそうなことばかり。美涼はますます重くなる気持ちをかかえ、仕事に集中しようと手を動かした。
 すると、そんな彼女のキーボードの横に、缶コーヒーが置かれたのである。
 千明が戻ってきて差し入れてくれたのだろうか。軽く考えて顔を横に向けた美涼は、そこに立っていた人物を見て目を見開いた。
「珍しいね。ひとりで昼まで仕事なんて。課長の急ぎ?」
 どことなく千明と似たような質問を口に、立っていたのは国枝だ。
 片手に鞄を持っているのを見て、そういえば国枝も朝から外出だったことを思いだす。美涼は、一応形式的な言葉をかけた。
「お疲れ様です。主任」
「うん。……戻ったら、美……倉田君がいたから驚いた。ご苦労さま。そのコーヒー、あげるよ」
「あ……ありがとうございます」
「沢田君に指導してくれたおかげで、取引先に渡す資料が満足のいくものに仕上がった。……君をあてにしちゃいけないと思っていたから……助かったよ」
「あてにしないように、って、沢田さんに言っていたそうですね」
「……まあ……、約束だったし……。でも、ありがとう」
 気まずげに苦笑いをして、国枝は言葉を濁す。彼はそんな礼を言うために話しかけてきたのだろうか。なんとなく、雰囲気がいつもより柔らかい気もする。
 それにも驚くが、気を張らず角も立てずに国枝と普通に話せている自分にも、美涼は驚いていた。
「新規の会社、どうですか? うまくいきそうですか」
「おかげさまでね。多分、間違いなく契約になるよ」
「そうですか。おめでとうございます」
「やっと……、少しホッとした……」
 穏やかな雰囲気は仕事のせいだろう。ここ最近は、忙しかったせいか尖った彼しか目にしていなかった。
 ……今なら話ができるかもしれない。
 そう思った美涼は、もらった缶コーヒーを片手に立ち上がった。
「あ……あの、主任、ちょっと相談したいことがあるんですけど……。いいですか?」
「相談?」
 国枝は目を見開いて驚きを表す。完全に彼を避けていた美涼から、相談を持ちかけられるとは思っていなかったのだろう。
「すぐに終わります。本当にすぐです。……妹のことで……」
 最後の言葉は小声になる。すぐに国枝は自分のデスクに鞄を置き、オフィスの外に出るよう美涼に指で合図を送った。
「そこの休憩所で大丈夫かな。小会議室にでも行ったほうがいい?」
「休憩所で大丈夫だと思います」
 国枝は言われたとおり休憩所へ向かっていく。飲料の自動販売機が四台並んだ前に、椅子とテーブルが数セット置かれたスペース。昼休みに入っているせいか、飲み物を買ってそのまま立ち去る社員ばかりだ。
 国枝が自分のコーヒーを買っているあいだに、美涼は一番奥の椅子に腰かけた。
「で……、美緒ちゃんの話って……」
 向かい側に座り、開口一番、国枝が不安そうな声を出す。続けて美涼が訊こうと思っていたことを口にした。
「僕から……連絡がこないとか、そういうことかな?」
 コーヒーの口を開けかかっていた美涼の指が止まる。国枝は気まずそうに話を続けた。
「やっぱり、そうか……。今週に入ってから電話もできなくて……。気にしてるんじゃないかなとは思っていた」
「主任は今週に入ってずっとお忙しそうだったので。私はそのせいだろうと思っていたんですけど、……美緒が……らしくないほど動揺していて……。とうとう、主任が私と個人的に会っているから連絡ができないんだ、なんて、誤解をしだしたんです」
「え?」
「ですから、本当、今すぐにでも連絡してやってほしいんです。『仕事だった』って、主任の口から言ってあげてください。……どうしてか分からないけれど、美緒が主任とのことを知っていて、凄く私を疑っているんです。だから……」
「そうか、やっぱり……」
「え?」
 今度は美涼が疑問を投げる番だった。やっぱり、とはどういうことだろう。美涼の件で美緒に問い詰められたことでもあったのだろうか。
 国枝は自分の缶コーヒーを開け、口をつける。手に持ったままテーブルへ置き、そこを見つめながら口を開いた。
「……日曜日に会ったとき、美緒ちゃんに言ったんだ。……先に、美涼とつきあっていたんだ、って」
 美涼は驚いて腰を浮かせかける。椅子が予想以上に大きな音をたててしまい、慌てて座り直した。
「ど……、どうしてですか……。美緒のために、言わないって決めて……」
 自分を見失ったかのようにがなり立てた美緒を思いだす。恋人の口から自分の姉とつきあっていたことを聞かされ、その直後恋人から連絡がこなくなり、時を同じくして姉の帰宅も遅くなり始める。――美緒が疑いを持つのは当然だ。
 思い込みだけが大きくなって、耐えきれず美涼にあたってしまったのも納得ができる。
「騙していたら駄目だって、思ったんだよ」
 コーヒーの缶を近づけることで口を開くきっかけを作りながら、国枝は言葉を出す。真剣な口調は、自然と美涼の耳をかたむけさせた。
「知らなければ、煩わしい思いをすることはないけれど、美緒ちゃんを騙していたら駄目だって思うようになった。……このまま黙っていれば、僕はあの子に隠し事をし続けることになる」
 パキッ……と、極力抑えた音をたてて、美涼の手元で缶コーヒーの口が開く。彼女は黙って国枝の話を聞いた。
「あの子は……、素直で、本当に純粋で……。あの子を騙しているんだと思うと、辛くてしょうがなかった。……だから、本当のことを言った。『お姉さんのほうとつきあっていた。お姉さんに三行半を突き付けられていたとはいえ、ちゃんと別れる話をつけないまま美緒ちゃんとつきあった』って……」
 その話を聞いて、ひとつ納得できた。美緒は、美涼に『自分から離れていったくせに』と美涼を責めた。こんな説明をされていれば、美涼が勝手に離れていったのだと思うだろう。
「私……、三行半を突き付けた覚えはありませんけど」
「突き付けられたようなものだったろう? あの日から、美涼は僕を避けるようになった。別れたいんだろうなって分かってはいたけど、僕から切り出すのはイヤだった。切り出せば美涼は僕の前からいなくなる。それが怖くて……。言えないまま……」
「あのときちゃんと別れていれば……。別れないまま美緒に手を出したなんて悩まずにすんだのに」
「僕が……悪かったことだしね……」
 国枝はハハハと笑い、気まずそうに照れ笑いをする。
 ――半年前だ……
 仕事が忙しくてデートの時間も作れず、国枝は毎日のように美涼を残業につきあわせた。
 彼の仕事が難航している時期で、ふたりでゆっくりすごす時間がとれない。おまけに、一ヶ月以上、身体を重ねてもいなかった。
 色々と苛立ちもあったのだろう。国枝は、ふたりきりのオフィスで無理やり美涼を抱いたのだ。
『私の身体でうっぷん晴らししないで! 最低だわ!』
 彼がイラついた姿をずっと見ていただけに、この仕打ちが八つ当たりにしか思えなかった。国枝はすぐに謝ったが、当然のように、この日からふたりのあいだには溝ができ始めたのだ。
 最低だと言って突き放したのは美涼だが、離れていったのは国枝のほう。別れを切り出すのが辛くて、不安と寂しさを埋めるように美緒にすがった。自分だけ心のよりどころを得た状態で、美涼を切り離したのだから。
「美涼とのことを話したとき、美緒ちゃん、『正直に話してくれてありがとう』って、泣きながら言ったんだ……。隠し事がなくなってホッとしたはずなのに、僕まで苦しくて泣きそうだった。……ありがとうなんて言ってくれたけど、本当は呆れられてしまったんじゃないかって考えて、仕事が忙しくて会いに行けないのに電話ひとつする勇気が出なかった」
 美緒が本当に許してくれたのか分からなくて、国枝は不安でたまらなかったのだろう。気にするあまり連絡もできなかったのが真実のようだが、そのせいで、美緒は動揺しすぎてしまった……
「話をしたのって、日曜日だったんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、そのコーヒーを飲んだら、すぐに電話をしてあげてください。ふたりで会って、話をしてください。仕事で忙しくて連絡できなかったこと。……騙し続けるのが辛くなるほど、美緒のことが大好きだと思ってくれている気持ちも……」
 国枝が目を見開く。彼を見つめ、美涼は控えめに微笑んだ。
「私の誤解……ちゃんと解いてくださいよ。いまだに主任と会ってるとか、取り返そうとしてるとか、今さら、そんな誤解は物凄く迷惑です。かわいがってきた妹に嫌われたら、私、辛いです」
 ちょっとした悪態を加え、美涼は缶を口につける。目をぱちくりとさせた国枝だったが、ぷっと噴き出し、声をたてて笑いだした。
「分かった。すぐに電話する」
「絶対にですよ? お昼ご飯を食べている暇があったら電話してください」
「OKだよ。怖いな、美涼は」
「会社でその呼びかたはNGです。いい加減学習してください」
 砕けた雰囲気がふたりを包み、自然と穏やかな笑顔が浮かぶ。
 こんな顔で国枝に接したのは、どのくらいぶりだろう。そんなことを考えながら、美涼はひとつ願いをかけた。
「美緒には……、私みたいな思いは、絶対にさせないでください……」
 緩んでいた口元を引き締め、国枝がうなずく。彼はコーヒーの残りを一気にあおり、立ち上がった。
「すぐ連絡してみる」
「よろしく」
 缶を捨てた国枝は、すぐにスマホを出して耳にあてながら立ち去っていく。それを見て、美涼はホッと安堵の息を吐き、目をそらした。
 これで、美緒も落ち着いてくれるだろう。
 コーヒーを飲んで口から缶を離したとき、その缶を何者かが後ろから掴む。驚いて振り向くと、缶を取られた。
「……なんか……、楽しそうでしたね」
 そこに立っていたのは、琉生だ。
「なに、話してたんですか? ……大っ嫌いなはずの主任と」
 眉を寄せ、彼は明らかに不快をあらわにしていた……


*次回更新、2月4日予定






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