年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第四章・年下はやっぱり嫌いです!/4

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 昼休みが終わる十分前。半数ほどの課員が行き来するなか、美涼はこっそりと自席へ戻った。
 資料室を出たあと買い物へ行き、時間を見計らってオフィスへと戻ってきたのだ。
 午前の仕事が中途半端だったので、午後の仕事に入る前に終わらせてしまいたい気持ちはあったものの、すぐにオフィスへ戻る気にはなれなかった。ふたりきりになることはないにしても、琉生と顔を合わせるのがイヤだったのだ。
 コンビニの小さな袋をデスクの上に置き、チラリと琉生のデスクへ視線を流す。そこに彼の姿はなく、デスクの上も午前中のままだ。
 松宮もいないようなので、一緒に食事にでも出たのかもしれない。
 ――違っ……、美涼さん、俺は……!
 美涼に責められ、なにかを言い返そうとした琉生を思いだす。
 真面目な顔で、彼はなにかを美涼に訴えようとした。しかし悲しさと憤りで胸がいっぱいだった美涼は、琉生の話を聞いてあげることができなかった。
 ……ショックだったのだ。
(なにが……?)
 美涼は自分に問いかける。感情ばかりが先行して、自分がどうしてあんなにも悲しくなったのかが理解できていない。
 美涼がいやがることはしないと言っていた琉生が、自分の感情でそれを無視しようとしたことに対してだったか……
 ――違う……
 半年前の、あの現場を、彼が黙って見ていたという事実だ……
 琉生はずっと美涼を見ていたと言った。千明にさえ隠していた国枝との仲を知っていたのだから、いつも気にかけて美涼を見ていたというのは嘘ではないだろう。
 それならなぜ。気にかけている女性が恋人に暴力をふるわれている現場に遭遇して、黙って見過ごすことができたのだろう。
 相手の男が上司だから。
 琉生がそのくらいでひるむ性格ではないことは、永美の一件で分かっている。
 その場の勢いも手伝って、美涼は琉生をひどくなじってしまった。セックスを強要される姿を見て楽しかったのか、興奮したのか、と。考えてみれば、彼の人間性を疑うような酷い言葉だ。
 彼なら、あのとき止めに入ってくれてもおかしくはない。それをしなかったのは、なにか理由があるのではないか。止めに入れなかった事情が……
 ――琉生の行動を、なんとか正当化しようとしている自分に気づく。
 美涼の心は、新たな苛立ちを思い起こすことで戸惑いを打ち消した。
(主任と話していたところを見て怒ったのって、やきもちでしょう? 私には、やきもちなんか妬いたら駄目だ、とかカッコつけといて……。なんなのよ)
 経理課の女性とのことを思いだす。琉生自身だって、同じような嫉妬を見せているではないか。
(やっぱり、自分勝手なだけじゃない)
 気持ちは沈むばかり。もう過去のこととしなくてはならない半年前のことまで引っ掛かり始め、よけいに気持ちが落ち着かない。
(こんな思いをするのも、全部あいつのせいだ! あいつのぉっ!)
 イライラの責任をすべて琉生に押しつけ、美涼は彼の代わりにコンビニ袋を睨みつけた。
「琉生君ならお昼に行ってますよ」
 いきなりその名前が耳に入り、美涼はビクッとする。声がした背後を振り返ると、永美が目をぱちくりとさせて立っていた。
「す、すみません……、なんか、驚かせちゃいました?」
「あ……ううん。考え事してて……急に声がかかったから……。大丈夫よ」
「そうですか。なんか、ずっと琉生君の席のほうを見てたような気がして。なにか用でもあったのかなって思って」
「うん……ほら、課長もいないし、一緒にお昼に行ったのかなって思って」
「あっ、それ当たりです。美涼さんが買い物に行ってるとき、課長にくっついていきました。お昼を食べてから、そのまま得意先に行くとかで……」
「そ、そう……、なんだか課長に引っ張り回されてヒィヒィ言ってそうね」
 美涼は引き攣る口元を意識して上げ、笑いを繕う。コンビニ袋から個包装された小さな四角いチョコレートを取り、永美に差し出した。
「わぁ、ありがとうございまーす。あっ、この、ビスケットが真ん中に入ったチョコレート、琉生君も好きなんですよ」
 美涼は話をそらすつもりでチョコを出したのだが、あまり効果はなかったようだ。永美はその場で包みを開き、「いただきます」と口に入れた。
「そういえば……、琉生君、自分からついて行ったみたいですから……、引っ張り回されてるのとは違う……ひゃもっ……」
 チョコを口の中で転がしながら話していたせいか、それが落ちそうになったのかもしれない。永美はおかしな声をあげ、慌てて片手で口を押さえた。
「ふぅん。働き者じゃない。自分から課長について回るなんて。生意気」
 つい話にのってしまう。永美は口を押さえたままチョコを咀嚼し、ちょうどよいところで言葉を出した。
「頑張り屋さんなんですよ。追いつきたい、って言ってたし」
「追いつきたい? 目標にしている人でもいるの? そんなふうに見えないけど」
 美涼は何気なく聞き返す。チョコを飲みこんだ永美が、一瞬の沈黙のあと、なぜかにやりと笑った。
「聞きたいですか?」
「え……。い、いや……っていうか……別に……」
 今の反応はなんだろう。ちょっと戸惑いつつ、もうひとつチョコを渡す。
 美涼としては、永美が好きだと言ったから渡したのだが、彼女は情報料かなにかと勘違いしたようだ。チョコを片手にはりきって話しだした。
「琉生君、五歳年上の従兄がいるんですけど、『自分の目標なんだ』って、大学のときに聞いたことがありますよ」
「従兄?」
 ふと思いだしたのは、琉生が乗っていた高級車を従兄が譲ってくれたのだという話だ。一千万円台の車をポンッと譲ってくれるような従兄なら、普通のサラリーマンなどではないのだろう。
(お医者さんとか、弁護士とか……?)
 しかし、どれだけ立派な人物かは知らないが、職種の違う人を仕事の目標などにしてもしようがないのではないのか。
 どうせなら、松宮あたりの上司を目標にするのがちょうど良いような気がする。
「仕事ができるようになって、美涼さんに認めてもらいたいって言っていたこともあるんですよ」
「え?」
「入社した頃ですけど。仕事ができるようにならないと、名前も覚えてもらえないな、って必死になっていたことがあって」
「なぁに、それ。私、そんなに後輩に冷たい人に見られてた?」
「そうじゃないです。美涼さんは、男の子たちから見ても、仕事ができる先輩、っていうイメージだったんですよ。だから琉生君、自分は新人だから、そんな先輩にも頼ってもらえるくらいの男になりたいって意味だったんだと思いますよ」
 美涼は返す言葉を失う。仕事が始まる時間だと気づき、永美は「チョコ、ありがとうございます」と言ってその場から立ち去った。
 彼女を目で追っていると、永美は琉生のデスクで立ち止まり、なにかメモを書いて、美涼にもらったチョコを置く。
 メモには“美涼さんから差し入れです”とでも書いたのだろうか。琉生が好きなチョコだと言ったあとに渡したので、彼女は美涼が琉生にもくれたのだと思ったのかもしれない。
 勘違いとはいえ、改めて、同期ふたりの仲の良さを感じる。
 いや、永美だけではないのだろう。話を聞く限り、琉生には親しい友人や彼を慕っている知人がたくさんいる。
 それは、学生時代をとおして、彼が当たり障りなく嫌みのない、どんな愚痴や悩みも聞いてくれて相談にのってくれる“いい人”だから。
(……分からない……) 
 美涼は喉の奥が詰まるような息苦しさを感じる。答えを出したいのに、答えが見つからない。
 今週に入ってから、ずっと、同じ言葉が自分の中で回っているような気がするのだ。
 琉生の本質は、いったいどこにあるのか、と……

 朝から遅れ気味だった仕事は、考え事のせいでさらに遅れ、当然のように美涼は残業になってしまった。
 午前中は、帰りが遅くなればまた美緒に誤解をされると焦っていたが、もうその心配もない。それは、定時から間もなくして国枝が帰り支度を始めたことで分かる。
 昼に電話をしてもらったあとから、国枝はずっと機嫌がいい。聞いてはいないが、おそらく話は上手くついたのだろう。
 そのことだけにホッとしつつ、美涼が仕事を終えてオフィスを出たのは定時から一時間を過ぎた頃だった。
 気分がすっきりとしないまま、ひとりエレベーターの中で大きな溜息をつく。一階に到着し、下を向いたままエレベーターを出ると、片方の肩をポンッと叩かれた。
「ご苦労さん。気をつけて帰るんだぞ」
 威勢のいい声。すぐ松宮だと分かる。美涼はハッと足を止め、顔を上げた。
「あっ、お疲れ様でした……」
 昼に出たきり、松宮は戻っていなかった。この時間に帰社とは、随分と忙しく動いていたようだ。
 しかしそこで、琉生も松宮に同行していたのだということを思いだしハッと息を呑む。同時に、松宮と一緒に立つ琉生と目が合った。
 美涼はすぐに目をそらす。しっかり見たわけではないが、彼がなにか話しかけたそうな顔をした気がしたのだ。
「仕事熱心なやつと同行すると、なかなか帰れねーな、おい」
 威勢よく笑いながら、松宮がエレベーターに乗る気配がする。当然琉生も一緒に行くだろうと思い、美涼は背を向けて歩きだした。
「待ってください!」
 しかし、数歩進んだところで美涼の足は止まる。引き止める言葉と共に、琉生が彼女の腕を掴んだのだ。
「美涼さん……、話を……させてくれませんか……」
 琉生の声は真剣だ。ふざける様子が一切感じられない。それだけで、彼がどれだけ必死になっているかが分かった。
 美涼は琉生を振り返らないまま口を開く。
「……なんの、話をするの……」
「昼間の話……、蒸し返すようですけど……俺は……」
「君の言葉なんか、信じられない」
 静かにそう言い放ち、美涼は琉生を振り返る。
 目を見開く彼を見て、そのまま感情のない声を出した。
「君が……分からない……」
「美涼さん……」
「私が見て知っている堂嶋君と、永美ちゃんが話してくれる学生時代の堂嶋君が重ならないの。……どっちが……、本当の君なの?」
 美涼を見つめたまま、琉生は彼女の手を放す。なにかを言おうとしたのか唇が動きかけたが、ためらうようにすぐ閉じてしまった。
 なにも言おうとしない琉生を悲しく思いながら、美涼だけが、思うままに言葉を投げる。
「堂嶋君は、自分に自信を持っているって言った。でも、自分に自信がある人は、本当の自分を隠したりしないよね。……無理した自分を、作ったりしないよね……」
 琉生は黙って美涼を見つめている。その目はとても真剣だ。
 ――こんな目をする彼が真実を語ってくれたなら……どんなに良いだろう……。きっと、とても嬉しい……
 そう思った瞬間、美涼は胸が締めつけられるように苦しくなった。
「自分を隠している人の言葉なんて……、どうして信じられる? なにを信じろって……?」
 言葉を発しない琉生に背を向け、美涼は速足でエントランスを歩きだす。
 彼女を引き止め、あの真剣な目で嘘偽りのない言葉をくれることを期待するが、それは美涼の願望に終わる。
 心が冷たくなるのを感じながら、美涼はひとり会社を出たのだった。


*次回更新2月11日予定






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