年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第四章・年下はやっぱり嫌いです!/5

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 身体の芯から寒さを感じるのは、秋の夜風が冷たいせいだろうか。
 それとも、気持ちの問題だろうか。
 そんなことをぼんやりと考えながら、美涼は腕をさすった。
 気持ちが沈んでいることもあって、いつもより歩調は緩やかだ。それでもずっと考え事をしていたせいか、気がつけばいつの間にか家の近くまで来ていた。
 門の前で立ち止まると、昨夜、琉生に送ってもらったときのことを思いだす。
 何気なく手を振った美涼に、とても嬉しそうな笑顔で手を振り返してきた彼。
 あの笑顔は本当の彼なのだろうか。美涼がやることを見て喜んでくれる琉生は、彼の本質なのだろうか……
 ふと、彼の腕に抱かれた温かな感触がよみがえる。冷えた身体が一瞬温まる錯覚に襲われるが、すぐに美涼は現実を思いだした。
 琉生は、美涼を温めたその身体で、あのあと他の女のもとへ行ったのだ……
「分かんない……」
 ぽつりと、呟きが漏れた。
「分かんない……。馬鹿……」
 そして、こんなことで辛くなっている自分が、もっと分からない。
 立ち止まっていたら泣いてしまいそうだ。美涼は無理やり足を進め、門の中へ入る。
 考え事のせいで食欲もない。今夜はお風呂に入ってすぐに寝てしまおう。そう決めて、美涼は玄関のドアを開けた。
「ただい……」
「やだなぁ、マジだってばー。もーぉ、疑い深いなぁ」
 いきなり耳に飛び込むチャラい口調。条件反射でキッと眉を寄せ廊下の奥を睨みつけると、そこでは弟の涼輔が電話の最中だ。
「なに言ってんの。他に誘ってるわけないってば。おれ、そんなことしないよー? 真由ちゃんだけだって。信じてよ」
 電話の相手は同じ大学の女の子だろう。デートの約束なのか、口調は軽いが必死なのが見て分かる。
「ホントだよーっ。あっ、いっつもそんなんだから信用できないとか、ひどいなぁ。ねっ? 明日。約束だよ? 他の男とどっか行っちゃったら駄目だよ?」
 他の女にはよそ見をしないだの、他の男の誘いにのるなだの、チャラい男は言うことが同じだ。苦笑いをしつつ、美涼は溜息をついて靴を脱ぐ。
「明日迎えに行くよ。待ってて。嬉しいなぁ、真由ちゃんとふたりっきりだ。……あははーっ、ほんとだってばー」
 デートの約束はしたが、女の子のほうは涼輔の『嬉しい』を本気にしてないらしい。
 こんな態度で接していれば、本気にしてもらえないのは当たり前だ。美涼はなんとなく自分の立場と重ねてしまい、もやもやしてきた。
 リビングのドアを開け、着替えたらすぐお風呂に入ると母親に声をかける。二階へ上がろうとしたとき、電話を終えた涼輔が近寄ってきた。
「姉貴、姉貴っ」
「なによ。うるさいわね」
「なに怒ってんだよ。……美緒のことなんだけどさ」
 階段を上がる足が止まる。美涼が顔を向けると、涼輔は嬉しそうに話しだした。
「なんかさ、すっげー嬉しそうに出かけていったぜ。あれ、絶対デートだよな?」
「嬉しそうに……」
 間違いなく国枝に会いに行ったのだろう。上手く話がついたようだと察しはついていたが、美涼は改めてホッとした。
「にこにこしてさ。かわいかったぞー。まあ、おれの妹がかわいくないはずがないんだけどさ」
 涼輔の自慢口調を聞いて、クスリと笑みが漏れる。すると彼は照れ笑いをして、美涼の肩をポンッと叩いた。
「おねーちゃんも美人ですよー。昔っからおれの自慢だもんなー」
「なによ、随分口が上手いじゃない。デートの約束ができてご機嫌なの?」
「まーねぇ」
 ハハハと笑って誤魔化そうとするが、涼輔は素直にご機嫌だ。――なんとなく嬉しそうに笑ったときの琉生と雰囲気が重なり、ドキリとした。
「……本命、っていうかさ、ずっと気にしてた人でさ。同じ四年だけど、彼女、一年浪人してるからひとつ年上なんだ……。やっと、……その……、デートのOKもらったから、……なんか、嬉しくて」
 照れくさい。でも嬉しくて誰かに言わずにはいられない。そんな空気が伝わってくる。いつも生意気な面ばかりを見せる弟ではあるが、美涼はそこに、単純な男のかわいらしさを感じてしまった。
「……その顔……。まんま、彼女に見せてやればいいのに……」
「顔?」
「誘いをOKしてくれて嬉しかった、って。今の顔で言ってあげなよ。いつものチャラい顔じゃなくてさ。彼女、絶対に惚れるよ」
「な……なんだよ、姉貴……。いきなり……」
 優しい声で施される姉からのアドバイスに、涼輔は戸惑う。美涼は弟の頭をポンポンッと手のひらで叩くように撫でた。
「あんたってさ、普段は姉妹思いでバイトも大学も真面目でいい男なのに、そうやって大学の女の子と話してるときとかすっごくチャラくなるでしょう? どうしてなのかな、って、よく思ってた。無理しないほうがいいのに、って」
「無理っていうか……」
 いつもなら、頭を撫でたりすれば『なんだよ、幼稚園児みたいだろ。やめろよ』と文句のひとつも出てきただろう。いつにない姉の様子に、涼輔もなんとなくくすぐったくなってしまったようだ。照れくさそうに頭を掻いて、話し始めた。
「なんか……、自信がなくてさ……。わざとテンション高くして自分を作る、っていうか……」
「自信がない、って……?」
「なんかさ、普段のおれって、すっごく普通でつまんないやつなんじゃないかって思うんだ。特に変わったところもなくて、取り柄もなくて……」
「そんなことないよ。涼輔は……」
「彼女に声をかけるのに、自信が欲しくて……、自分を少しでも大きく見せて目立たせたくて、気がついたら、アクションばっか大きくなってた。でも、こんな感じのおれでいると、彼女も“しょうがないなぁ”って苦笑いしながらでも話につきあってくれるから……。こんな自分が定着して……」
 涼輔の話を聞きながら、美涼はそこに違う陰を重ねていた。
 どうしても重なってしまうのは、琉生の姿。
 彼は、自分に自信を持っていると言っていた。けれど、本当にそうだろうか。
 ――もしかしたら……自信を持ちたいから……
「軽くて積極的な自分が定着すると、本来のつまんない自分に戻せなくなる。だってさ、彼女はおれが積極的になるから話にもつきあってくれるんだろうし。そう思うと、……つい、さ……」
 普段はそうでもないのに、電話で話しているときだけは特にうるさかった弟。それは、好きな女性の気を惹こうと、自分を盛り上げるための精一杯。
 こんな話、数日前の美涼なら鼻で笑ったかもしれない。『男らしくない』と。
 けれど、今は笑えない。それどころか、自分を作ってでも好きな女性に近づきたかった涼輔の懸命さに、胸が詰まる。
 それが、どうしても琉生に重なってしまう……
「作る必要なんて、ないよ……」
 苦しい……。胸が痛い……
 涼輔の話を聞いているだけなのに。それが自分のことのように切なくなっていく。
「自分を見せてくれない人に『好きだ』って言われたって、不安なだけだから……」
 美涼は涼輔のひたいを手のひらでぺちっと叩き、「頑張れ」と笑いかけてから、速足で階段を上がった。
 自室に入り、ドアを後ろ手に閉めてそのまま寄りかかる。顔を上げ、キュッと下唇を噛んだ。
 ――好きです……
 一度だけ、琉生がくれた告白。
 ただの冗談だと馬鹿にしながら、どういうつもりで口にしたのかと、彼の真意を知りたがる自分がいた。
 今の琉生には、永美が話してくれたような学生時代の面影はない。――ないように見える。
 けれど、この数日間で、美涼はふとした瞬間に見える琉生の色々な顔を見てきた。
 チャラくて生意気な後輩。……だけではない、顔。
 真面目で、優しくて、温かくて……一途で……
 堪らなく、情熱的で……
 もしも……。もしも、琉生のあの態度が、自分に自信を持つための強がりなのだとしたら。
「どうして、そんなに、自分を作ってるの……?」
 そんな必要なんかないのに。
 琉生は、誰の目から見ても綺麗な顔をしているし、全体的な容姿を見ても、コンプレックスを持つ必要はない。
 永美に聞いたところでは、同期や仲間内での信用もあり、頼られる存在であるようだ。
 仕事もできる。もはや松宮が目をかけているくらいだ。上司からも期待をされているということだろう。
 経理の女性の件を考えれば、女癖が悪いのかもしれないという疑問は残るところだが、人懐こいぶん女性には好かれやすいだろう。
 きっと、あんなチャラい態度をとらなくても、彼には特別劣っている要素などはない。
「……自信……」
 学生時代の彼が、今の彼の本質でもあるのなら、琉生は、なにに自信を持ちたかったというのだろう。
 美涼はひたいを押さえ、目を閉じる。とんでもない自惚れが頭に浮かび、胸が苦しくなったのだ。
 ずっと、美涼を見つめていたという琉生。
 入社して一ヶ月を過ぎるころから、雰囲気が変わったという彼。
 それが、もしそれが、自分に自信を持とうと思ったものだとしたら。
 ――好きです……
 琉生の言葉が耳によみがえる。囁かれたときの吐息までが記憶の中で再現される。
 ドアに寄りかかったまま、美涼は背を滑らせ、その場に座り込んだ。
「馬鹿か……あいつ……」
 琉生が自信を持ちたかった相手は、美涼ではないのか。
 男性としての魅力は充分に持ち合わせている彼が、たったひとつ、欲しかった自信……
 それは、当時、恋人がいた美涼を、それでもいいからと想い続ける勇気と、想い続けても大丈夫だという自信。
 彼の中にある本質だけでは、恋人がいる女性に想いを寄せ続けることになど耐えられない。情に篤く、優しく穏やかな性格に、それはあまりにも罪深い感情だ。
 だから彼は、自分を作るしかなかった。
 美涼を、想い続けるために……
「これだから年下は……。馬鹿なことばっかりして……」
 文句を呟く声が震える。
 美涼は、そのまま膝をかかえ……涙をこらえた……


*次回更新2月15日予定






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