年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第四章・年下はやっぱり嫌いです!/6

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「すみません。お先に」
 定時から二時間後。企画書とのにらめっこがまだしばらく終わりそうにない先輩にひと声かけ、琉生は席を立つ。
「悪いことしないで帰れよ」
 パソコンの画面を見たままからかってくる先輩の言葉を笑ってかわし、オフィスを出た琉生は小さな溜息をついた。
「……悪いことしすぎて……嫌われたみたいですよ……」
 重く呟きながらズボンのポケットを探る。そこに入っていたものを取り出すと、立ち止まってしばらく眺めた。
 個包装された四角い小さなチョコレート。帰社したとき、琉生のデスクに置かれていたものだ。
 添えられていたメモには、永美の字で“美涼さんにもらいました。琉生君のぶんだよ”と書かれていた。
 美涼が『堂嶋君に』と言ってくれるはずはない。永美がもらって、それを置いてくれたのだろう。メモの最後に、小さく“良かったね”と書かれていたのを思いだし、ちょっと照れくさくなった。
 永美は、琉生が美涼のことを好きだと知っている。昔から恋愛関係には勘の働く女性だった。
 ただ、自分のこととなると鈍く、今の恋人とつきあう前も色々と考えすぎて随分と悩んでいた。
 その恋人との橋渡しをしたのが、琉生だったのだ。
 永美は、そのときのことをとても感謝してくれている。美涼を指導役に引っ張ってくることに成功してからは、なにかと気にして間に入ってくれているような気がしていた。きっと恩返しのつもりに違いない。
「義理堅いな……」
 呟く口調に申し訳なさが滲んだ。永美の気遣いも、無駄に終わってしまいそうだと自分で感じるのである。
 美涼は、許してくれないだろう。
 あの日、彼女を見捨てた……琉生を。
「おっ、帰るのか? ごくろーさんっ」
 威勢のいいねぎらいが飛んでくる。顔を向けると、思ったとおり松宮の姿が目に入った。
 琉生はチョコレートをズボンのポケットに入れて、「課長も、お疲れ様です」と声をかける。近寄ってきた松宮が足を止め、琉生の肩をポンッと叩いた。
「今日は一日中動き回ってたようなもんだからな。ゆっくり休めよ。来週は、また忙しいからな」
「はい。課長は、まだ……?」
「ああ、もう少しやったら帰る」
「お疲れ様です。お先ですみません」
「休まず真面目に残業していた堂嶋と違って、俺は今一服してきたからな。そのぶん働くさ」
 ハハハと笑う松宮からは、煙草の香りが漂ってくる。エントランスの喫煙所へ行っていたのだろう。
 いつもの調子ならば、雰囲気にのって『タバコやめましょうよー。トシ考えましょう』とでも軽く言っていたかもしれない。けれど今は、そんな気になれなかった。
 松宮も琉生の様子を感じ取ったか、笑うのをやめ、彼の肩をポンポンッと叩く。
「なんか……、彼女の気に障ることでもしたのか?」
「え?」
「……倉田の、あんな泣きそうな顔は初めて見た。一ヶ月前だって、落ち込んではいたがあんな顔はしていなかった」
 松宮の口調が真面目なものに変わり、琉生は表情を引き締める。松宮は、帰社したときに見た美涼の様子について言っているのだ。
 あのときの雰囲気から、他人が干渉すべきことではないと悟ったのか、松宮は先にオフィスへと戻っていた。しかし必死になって美涼を引き止めていた琉生と、彼に目を向けた美涼の表情だけはシッカリと見ていたようだ。
「気に触る……どころか、堂嶋は倉田の心配ばかりしてるのに。……倉田は、そんなこと知らないんだろう?」
「知ってもらおうとは……思っていませんから……」
「一ヶ月前、様子がおかしかった倉田を、俺の下につけてくれって頼んできたのも堂嶋だったな。倉田は、いつ辞表を持ってきてもおかしくないくらい元気がなかったのに、堂嶋の言うとおりに配置換えをしたらすぐ元気になって……。安心したな、あのときは」
「はい……。課長には、感謝しています」
 美涼の様子がおかしかったことに、松宮も上司として気づいてはいた。琉生の要請を受け美涼の仕事内容の流れを変えた松宮は、プライベートには一切干渉せず、普通に接し、考え事などする間もないほど仕事を与えた。
 すぐに美涼は、以前までの調子を取り戻したのである。立ち直った彼女は、松宮のおかげだと思っていることだろう。
 しかしそれは、琉生が美涼を見つめ続けていた成果のひとつだったのだ。
「俺は普通どおり部下に仕事をさせているだけだ。むしろ、堂嶋は感謝するほうじゃなくて、倉田に感謝されるほうだろう」
「……無理ですよ……。そんな……」
「倉田は、どうも堂嶋のことを誤解しているように思うんだよな。一度、じっくり話でもしてみたらどうだ」
「そうですね……」
 返事はするものの、それは不可能だと琉生は思う。声をかけただけで、美涼は逃げていくだろう。
 琉生は深々と松宮に頭を下げた。
「すみません、課長。気を煩わせてしまって」
「別に煩わしくなんて思ってないって。……おまえには“お手本”も近くにいることだし、仕事でどうしても上手くいかないことがあれば“あの人”に相談してみるのも手だぞ」
 上げかけた頭がピクリと止まる。琉生は耐えるように両手をグッと握りしめ、ゆっくりと顔を上げた。
「はい……。どうにもできないときは、頼ってみます」
「おぅ、そうしてやれ。あそこは夫婦そろって他人の世話をやくのが大好きだからな」
 軽く手を上げ、笑いながら松宮がオフィスへ向かって歩いていく。その姿を少し見送り、琉生もエレベーターホールへと向かった。
「お手本……か……」
 呟く琉生の脳裏に、ぼんやりと浮かび上がるもの。
 それは、弾けそうなくらいに詰めこまれ続けた、自分に対する期待と願望。
『琉生、兄さんのところの正貴君、国立に合格したらしいぞ』
『留学の予定もあるんですって。凄いわね。琉生も同じように追いかけなくちゃね。立派なお手本が従兄だなんて、幸せよ』
 コピーのように、前に立つ従兄と同じことをさせられ、手本をなぞるように、彼を追いかけさせられた……
 五歳年上の従兄は、学業優秀で人柄もいい。誰からも好かれ、頼られる。そんな男性だ。
 その点は琉生も同じだった。学校の勉強は常にトップグループ。柔らかな性格は敵を作らない。はたから見ればパーフェクトであるはず。
 だが……
『せっかく本社採用で、まずは人事部にって言ってもらったのに、どうして営業部希望なんて出したんだ。推してくれた正貴君に申し訳ないと思わないのか』
『留学はしないで仕事がしたいって言うから、正貴さんにあなたのことお願いしたのに。お義兄さんや正貴さんに申し訳がないわ』
 琉生自身は……自分に自信が持てないまま成長した。
 どんなに先生に褒められようと。
 どんなに友人たちに感謝されようと。
 常に自分の目の前を歩く従兄は、いつも完璧で、どんなに頑張っても自分はそこに追いつけない。
 ――自分は、上辺だけの駄目な人間だ……。誰かの期待になんて、応えられない……
 そんな惨めな感情が、ずっと彼の中に定着していたのだ。
 しかし、あれは入社前の合同研修会の日……
『駄目な人なんて、いないから』
 本社、各部署の先輩たちが行っていたスピーチの中で、その言葉が耳に響いた。
『自分が“駄目だ”と思ったら、本当に駄目になっちゃいますから。周囲に諦められても、自分だけは、自分を信じて自信を持ちましょう。そんな自信を持てる人になってください』
 営業部の女性だった。彼女は、仕事に関しての話をしていたのだと思う。仕事で壁にあたることは幾度もあれど、諦めずに自信を持って進めていけと。
 けれど琉生には、それが、自分に向けられた言葉のように聞こえた……
 できるのが当然。なんでもできて頼れる人。そんなイメージの中で生きてきた琉生は、自信を持てと叱咤激励されたことがなかったのだ。
 良い意味でショックを受けた琉生は、彼女のそばで仕事がしたいと切願した。
 ――その女性が、美涼だったのである。
 あのとき、両親に逆らってでも自分の頼みを聞いてほしくて、初めて従兄に頭を下げた。営業課に行きたい。営業課でしっかりと取引を学んで自分を試したい、だから口添えしてほしいと。
 優しい従兄は、もちろん願いを聞いてくれた。それどころか、不満を漏らす琉生の両親まで説得をしてくれたのだ。
 琉生は、美涼が所属する営業一課に配属された。
 そこで彼は、美涼のまっすぐな明るさと、気取らず媚びない姿勢。そして仕事に対する真面目さに触れ……
 一緒に仕事をしたいという憧れは、いつしか彼女を見つめていたいという好意に変わった……
 こんなにも、ひとりの女性が気になり惹かれたのは初めてだ。
 こういう場合はどうしたらいい。口に出して彼女に伝えるべきか。
 琉生は迷う。好きならば自分の気持ちを伝えるべき。今まで友だちの恋の相談にのったときも、そんなアドバイスをしてきた。
 なのに、自分のこととなると勇気が出ない。
 ……自信が、ないのだ……
 自分に自信が持てない。自分のように周囲の期待に応えられないような半端な人間が、彼女に気持ちを伝えて迷惑になりはしないか。
 そんなことばかりを考えた。
 配属されて一ヶ月。新入社員歓迎会の日、琉生は真実という壁に突き当たる。
 かすかに疑いはあったが、信じたくはなかったこと。美涼に、恋人がいるという事実。
 間接的に知ってしまったそれは、告白もできず事実だけを知って落ち込む自分を、より惨めにさせた。
 美涼の恋人が国枝であることは、すぐに分かった。本当に好きなら、彼女の幸せを願うなら、ここで美涼のことは諦めこの感情をフェードアウトさせること。それが自分を傷つけないための手段。
 しかし、美涼を見つめれば見つめるほど、彼女を近く感じれば感じるほど、想いは募った。
 ――彼女を、好きでいたい……
 心から切望した彼は、恋人がいる女性を好きでいても罪悪感を生まない自分を作り出す。
 違う、自分を……
 これは自分ではないと思えば、軽い調子で話しかけることができる。そんな琉生に、美涼も普通に接してくれる。ときに眉をひそめ、ときに苦笑しながらでも。
 それで良かった。彼女を、好きでいられるなら――
 駐車場で自分の車に乗りこんだ琉生は、シートに寄りかかる。エンジンをかけようともしないまま溜息をついた。
「……かっこつけやがって……」
 呟く悪態は、自分に向けたもの。
 なにが、彼女を好きでいたかった、なのだろう。なにが、彼女を好きでいられたならそれでいい、なのだろう。自分は、そんな生ぬるいことを言う意気地のなさと見せかけの自信で、美涼を最大に傷つけたではないか。
 琉生は両手で顔を押さえ、目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、夢にまで見てうなされた、思いだしたくもない失態。
 半年前のあの日、持ち帰ろうと思っていた書類を会社に忘れ、取りに行ったオフィスで偶然に目にしてしまった、国枝と美涼の痴情。
 美涼はデスクに押さえつけられ、ただスカートをめくられて……
 机や椅子が激しく音をたてるほど抵抗をしていた彼女。わずかな抵抗の言葉しか出せず、あとは口をふさがれて声も出ない。喉から漏れる悲しそうな呻き声だけが琉生の耳に届いた。
 美涼を助けなければ。咄嗟にそう思った。しかしオフィスに踏み込もうとした琉生の足は動かない。
 ……彼女は、本気でいやがっている。このまま国枝が彼女への暴力を行使してしまえば、きっと美涼は国枝を許さない。彼女はそういう女性だ。
 このまま放っておけば……ふたりは別れる……
 オフィスには入ることなく、壁に背をつけて耳をふさぎ、琉生は吐き気がするほどおぞましい考えと戦った。
 このまま放っておけば……
 別れてしまえば……
 ――自分は、美涼を手に入れることができるかもしれない……
「……ごめん……」
 琉生は両手で顔を掴むように押さえ、苦しげな声を出す。
「ごめん……みすずさん……、ごめん……」
 自分は、あの状況を利用したのだ。
 ふたりが別れてしまえばいい。そうすれば……
 そんな、卑劣な誘惑に負けた。
 美涼が傷つくことは分かっているのに。自分の願望を、優先させてしまった。
 それを知った美涼が琉生を蔑むのは当たり前。彼を信用しないのは当たり前だ。
 スマホの着信音が鳴る。琉生は表示される相手の名前をチラリと見てから応答した。
『もしもし、琉生君?』
 爽やかで人当たりのいい声。しかしこの声の主は、ずっと琉生にコンプレックスを持たせてきた。
『松宮さんに聞いたよ。残業だったんだってね。ご苦労様』
「……正貴さん……」
『ん?』
「……俺……、貴方のようには、なれません……」
『琉生君……?』
 琉生の声が震える。嗚咽につぶされそうになりながら、彼は言葉を絞りだした。
「貴方の、ようには……」
 美涼の笑顔が脳裏に浮かぶ。照れくさそうな顔。ちょっと怒った顔。――泣くのを、耐えている顔……
(ごめん……美涼さん……。ごめん……)
 琉生は心の中で美涼に謝り続けた。そして、自分を責め続ける。
(俺は……こんな最低な男です……)
 脳裏に浮かぶ彼女が悲しげに笑ったような、そんな、気がした……


*次回更新2月18日予定






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