年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第五章・年下は…大好きです!/1

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 この土日、美涼自身の心は沈んでいたが、周囲に漂う空気はとても明るいものだった。
 美緒の誤解がとけたのも、よいことのひとつ。彼女は国枝と会えないことから感じていた苛立ちを、八つ当たりという形で美涼にぶつけてしまったらしい。
 普段から仕事が忙しい父親や美涼に理解を示してくれる美緒。国枝の仕事が忙しいのだと理解すれば理解するほど、本人には会いたくても会いたいと言えなくなる。募る一方の寂しさを、彼女は不満をぶつけてもそれを受け止めてくれる人にぶつけてしまった。
 優しくしてもらえる。美涼には我儘を言っても怒られない。この八つ当たりは、そんな甘えた気持ちから起きたものだったのだろう。
 そのことを、美緒は美涼に懸命に詫びた……
 また、涼輔もデートが上手くいったようだ。土曜日に続けて日曜日も出かけていった。
 涼輔は就職の内定をもらっているので良いとしても、彼女だって四年生だ。嬉しいあまり就職活動で忙しい彼女を振り回しているのではないか。そんな心配もあったが、彼女のほうも大学院へ進むことが決まっているらしい。
 今度は電話の声ではなく、惚気がうるさくなるかもしれない。美涼はそう覚悟しながらも、沈んでいた気持ちを明るくしてもらったような気がした。
 身内の心配事は片づいていくが、美涼が一番気にしているのは琉生の件だ。
 明日の月曜日。彼に会ったらどう接すればよいだろう……
 あれだけ突き放しておいて気まずいが、やはり琉生の話をちゃんと聞いてあげるべきだろうか。
 半年前の件だって、言いたいことがあるのだろう……
(どうしよう……。やっぱり、私から声をかけたほうがいいよね……)
 日曜の夜。就寝前だというのに気持ちがそわそわとして落ち着かない。
 そんなとき千明から電話が入った。美涼はスマホを片手に、応答しながらベッドの端に腰を下ろす。
『ちょっと、美涼。びっくりしたよー。どうなんだろう、あれって』
「いきなりそんなこと言われても、なにがなんだか分かんないじゃない」
『喧嘩よ喧嘩っ。傷害事件』
「は?」
『さっき友だちと飲んでた店で、いきなり大きな音がしてびっくりして。なにかと思って見てみたら喧嘩らしくてさ。殴られた男の人が、鼻と口から血を出して倒れてたのよ。で、喧嘩の相手が堂嶋君だったの』
 美涼は耳を疑う。スマホを握る手に冷や汗が滲んだ。
 話の感じからすれば、喧嘩の末に琉生が相手に怪我をさせたということなのだろう。
「け……喧嘩って……、どうして? だって、堂嶋君って、そんな喧嘩なんかして暴力をふるうタイプじゃないでしょう」
 動揺するあまり、美涼はそわそわと身体を動かし何度もベッドに座り直す。それでも、声はなんとか平静を保った。
『なにがあったのかは分かんないんだよね。殴られた人と一緒に、すぐ店の奥に連れて行かれちゃって。でも、もっと驚くのが一緒にいた人』
「堂嶋君、誰かと一緒にいたの?」
『うん。殴られたほうにもいた。女の人なんだけど、あの人、うちの会社の経理課の人だと思う。ほら、経理課にさ、ちょっと化粧が濃いけど綺麗な奥さんがいるじゃない。……波多野さん……っていったっけ?』
 美涼の脳裏に浮かんだのは例の女性だ。彼女が男性と飲んでいたところへ、琉生がやってきたのだろうか。
『で、もっと驚いたのが堂嶋君と一緒にいた人』
「誰だったの?」
 聞きたいような聞きたくないような。もしや知っている女性なのでは。そう考えると不安でドキドキする。
『副社長』
「は?」
『本社の副社長よ。いや、堂嶋君と一緒だったのか偶然店にいたのかは知らないんだけど。副社長も店の奥へ入っていったから、堂嶋君と一緒だったのかなって』
「見間違いじゃないの? 副社長が堂嶋君と一緒に飲みに行くとか、考えられないし。……だいたい副社長の顔なんて、千明ははっきり覚えてる?」
『思いだしてみろって言われたら、三十歳手前のメガネかけた綺麗なイケメン、ってくらいしか思いださないんだけど。でもね、実物見ると『あっ、この人!』って思いだすよ。結構印象的な人だもん』
「……そうかもしれないけど……」
『とにかく、なんか驚くしかない人たちの驚くべき場面に遭遇しちゃった感じで、なんだかまだ心臓ドキドキしてる』
 興奮冷めやらぬ千明の話を聞きながら、美涼はだんだんとおかしな不安に襲われ始める。
 いったいどういうことなのだろう。なぜ琉生が、例の女性と一緒にいた男性に怪我をさせる事態になってしまったのだろう。
 女性は既婚者なのだから、一緒にいたのは夫だと考えるのが普通だ。本当に琉生とおかしな関係を持っているような女性ならば、もしかして違う男性なのかもしれない可能性もある。どちらにしろその女性の同伴者を琉生が殴ったというなら、なにか腹に据えかねる状況があったのだろう。
(自分以外の男といたから……とか、そんな理由じゃ……)
 琉生とあの女性の関係が、どの程度のものなのかはっきりとは分からない。
 だが、琉生が美涼を想う気持ちが想像を超えるほど真剣なものなのではないかと思い始めている今、彼が他の女性のことでやきもちを妬いて逆上したとは考えたくなかった。
(どうしてそんなこと……)
 美涼が考えこんでいると、千明の溜息が聞こえてくる。
『堂嶋君さ……、ちょっとまずいよね……』
「あ……、他人に怪我をさせたからとか、そういうこと?」
『それもあるけど、ちょうど副社長が居合わせたっていう事実よ。喧嘩でもさ、話し合いで和解したりするじゃない? でも、現場を会社の重役が見ちゃったとなれば、警察沙汰にならなくたって会社側で処分とかあるんじゃないかな』
「処分……」
『異動……減給……、謹慎? んー、どこかの支社に転勤とか』
 ありえない話ではない。美涼は血の気が引くのを感じた。
「でも……堂嶋君は営業部のホープとか言われてるし。そんな人を異動させるのは、会社のためにもならないんじゃない?」
『本社でホープなら、支社辺りに行けば大活躍なんじゃないの? 別に転勤って決まったわけじゃないけど……。なに? なんか庇ってる? 美涼って、そんなに堂嶋君と仲良かったっけ?』
「ちっ、違うわよっ。一応後輩だし、頑張ってるし、永美ちゃんと仲のいい同期だから、そんなことになったら永美ちゃんも寂しいかな、って……」
『そう?』
 どうも納得できていない千明の声で、美涼は少し言い訳がましくなっている自分に気づく。
 琉生が転勤になるかもしれない可能性に対して、寂しさを感じているのは自分ではないか。
(転勤って……。まさかそこまでは……)
 そう思いたいが、おかしな胸騒ぎはおさまらない。そして、危機的状況に立たされた彼を思い、焦りを感じる自分に疑問がわく。
(どうして私が、こんなにビクビクしなきゃならないのよ)
 そんな美涼を意にも介さず、千明は気楽に冷やかした。
『明日さ、なにがあったのか聞いてみようか? その前に会社に来るかな、堂嶋君』
「面白がらないでよ。悪趣味ねっ」
『なんか怒ってる?』
「おっ、怒ってなんかいないわよっ。これから寝ようと思ってたのに、そんな話聞かされたら眠れなくなるじゃない。千明のせいだからね」
 動揺を冗談で誤魔化し、美涼はこの場を乗り切る。
 間もなく電話を終えたものの、当然、気になって眠れなかった。

 ひと晩たてば、琉生も落ち着いているだろうか。
 彼の様子が気になって仕方がない美涼は、出社前に電話をしてみようかと思い立った。
 昨夜の一件など知らないふりをしてかければ問題はない。なんだったら、話をしたいからランチに誘おうと思って、と話を作ってもいい。
 自然に。あくまでもいつもどおりに誘えば……
 乗り気になった美涼だが、それは不可能であることに気づく。
 美涼は、琉生の電話番号を知らない。教えると言われたとき、いらないと跳ねのけてしまったのだ。
「……いらないって言われたくらいで、諦めるな……。馬鹿……」
 もやもやするあまり、過去の琉生に八つ当たりをする。気が急いて一本早い電車で出社してしまった。
 もちろん琉生はまだ出社していなかった。
 が、その後、――始業時間になっても、彼は現れなかったのである。
「堂嶋君、風邪でもひいたんですか?」
 松宮に書類を渡しに行った美涼は、何気なく口にする。座ったまま彼女に顔を向け、松宮は一瞬驚いたような表情を見せたが、なぜかそのあとでにやりとした。
「なんだ? かわいい後輩が休みだと気になるのか?」
「いえ……その、あ、……堂嶋君が休みだなんて、初めてのような気がして」
「そういえばそうだな。まあ、気にするな。病気とかじゃないから」
「病気じゃない……?」
 そう聞かされるとよけいに心配だ。昨日の一件で出社できなくなっているのではと、いらない勘繰りをしてしまう。
 松宮は、上司として琉生が欠勤している本当の理由を知っているのだろう。それなら聞いてみようか。『病気じゃないならなんですか?』と。病気かと思っていたら違うと言われてしまったあとの対応としては、それが正しい。
 それなのに、なんとなく聞くのが恥ずかしくて言葉が出ない。
 美涼が煮え切らないでいるうちに、松宮は自分の仕事を始めてしまった。いつまでも立っているわけにもいかず、美涼は自席へ引き返す。
 途中、永美と目が合い、にこりと笑いかけられた。永美は琉生が欠勤している本当の理由を知っているだろうかと考える。 
 彼女のそばを通りかかるふりをして『堂嶋君、風邪でもひいた?』と話題にしてみようか。
 ……そうは思ったものの、美涼は永美に声をかけることなく自分の席まで戻ってしまった。
(なにやってんの、私……)
 ――琉生のことばかりを考えている。
 彼がなぜ出社してこないのか、心配でたまらないのだ。
(どうして……こんなに……)
 椅子に腰を下ろし、美涼は頭を抱えた。
 気になって仕方がない。不安で不安で、具合が悪くなりそうだ。
 琉生はなぜ、例の女性と一緒にいた男性を殴ったのだろう。本当に嫉妬ゆえのことなのだろうか。
 それより、このことが原因で琉生が転勤なんてことになったら……
 ――あの、チャラい顔が見られなくなる……
 頭にあった両手を下げ、デスクの上でグッと握りしめる。美涼は戸惑いに揺れる瞳をゆっくりと下げた。
 年下なんて大嫌い。チャラい男なんて論外。
 美涼はずっと、そう思い、言い続けてきた。
 周りでチョロチョロうるさい琉生がいなくなるなら、それは美涼にとっていいことではないか。大嫌いなうるさい年下男がいなくなるのだから。
 ――琉生が、いなくなるのだから……
 握りしめた手が小刻みに震える。美涼はデスクの一点を見つめ、滲みそうになる涙を必死に耐えた。
「……聞いてあげる……」
 息を吐くように呟く声。それはとても小さく、オフィスの騒がしさに消されていく。
「……あんたの言い訳……、聞いてあげるから……」
 美涼は唇を結び、奥歯を噛みしめる。必死に見開いていた瞳の奥が熱くなり、不可抗力の涙がぽたりとデスクの上に落ちた。
「……だから……ここに……。私の所に……来なさいよ……」
 ――琉生に会いたい……。彼の顔が見たい。
「許して……あげるから……」
 彼は、美涼が大嫌いな年下ではない……
「堂嶋く……」
 美涼はやっと、自分の心にそう思うことを許してあげられたような気がした……


*次回更新2月22日予定






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