年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第五章・年下は…大好きです!/2

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 定時になったら、あくまでも自然に切り出そう。
『堂嶋君、本当に病気じゃないのかな。あんまり休まれたら仕事にかかわるし、様子を聞いておきたいから、永美ちゃん、携帯の番号知ってたら教えて』
 永美から琉生の携帯番号を聞き出すための理由づけを頭にめぐらせ、美涼は完璧だと自分に信じさせる。
 本当は心配だから様子が知りたいだけなのだが、本音を聞いたら永美はどうするだろう。
 きっと、喜び勇んで教えてくれるだろう。それどころか、住所からメールアドレスまで教えてくれるかもしれない。
 なんとなくだが、彼女は琉生が美涼を気にかけていることに気づいているのではないかと思うのだ。
 喜んで教えてくれるなら、教えてもらえばいい。
 けれど、あれだけ関心のない様子を見せておいて、急に気にしているような態度を見せてしまうのも、なんだか照れくさい。
 定時から十分後。まだ仕事の慌ただしさが残るオフィスで、美涼はこのタイミングだとばかりに永美のデスクへ目を向けた。
 すると彼女の姿がない。もう帰ってしまったのかと慌てて立ち上がったとき、後ろから肩を叩かれた。
「美涼」
「きゃっ」
 驚きの声をあげて振り返ると、キョトンとした千明が立っている。美涼の反応に、かえって彼女のほうが驚いているようだ。
「そんなに驚くことないじゃない。どうしたの?」
「だって、いきなり声なんかかけるから……」
「それより、もっと驚くべき人が、美涼に会いたいって来てるけど」
 千明は美涼に顔を寄せると、こそっとその名を告げた。
「経理の波多野さん」
 千明は視線だけでオフィスの出入口方向を示す。美涼もちらりと目を向けるが、課員が出入りする姿しか見えなかった。おそらく廊下で待っているのだろう。
 昨日の電話でその名を聞いた、例の女性。だが美涼は彼女と親しく話したことはない。
 いったいなぜ美涼に会いたいなどと言ってきたのだろう。
「なんの用だろうね。美涼、あの人と親しくしてたの?」
 すると、千明が同じような疑問を口にする。昨日の一件があるので彼女も気になるのだろう。
「してないよ、別に。なんだろう……残業代払いすぎてたから今度引きます、とかじゃないよね」
「それは笑う」
 ひとまず冗談で笑い合うが、すぐに千明が顔を近づけ小声になった。
「ついでに、昨日のこと聞いてみたら?」
「夕べなにがあったんですか、って? 聞けないわよ、親しい人でもないのに」
「でも気になるよね~。堂嶋君は休みだし、やっぱり本人が出社してきたら吐かせるか」
「やめなよ。かわいそうでしょ」
「あっ、庇った」
 面白がるわりに、さほどこだわっていないようだ。美涼は千明に手を振ってオフィスを出る。すぐに向かいの壁側に立つ波多野玲子が目に入った。
「あの……、なにか?」
 おそるおそる声をかけて近づく。千明以上に昨夜のことを聞きたい気持ちはあるが、まずは彼女の用件を聞くのが先決だ。
 玲子は少し周囲の人通りを気にしつつ、控えめな声で尋ねてきた。
「ごめんなさい、突然。……堂嶋君、こっちに戻ってきました?」
「え?」
「さっき、副社長との話し合いが終わったって連絡がきたから、こっちに顔を出しているかと思ったんだけど……。倉田さんになにか言ってきてました?」
「副社長室って……。堂嶋君、出社してきてるんですか?」
「ええ。一時間くらい前に来てるはず。じゃあ、こっちには顔を出してないのね。まだ副社長の所にいるのかしら」
 顔を出していないどころか、琉生が会社に来ていたことも知らない。美涼にそんな連絡はないが、玲子にはきていたということか。
 そう考えると、じわじわと苛立ちを感じ始めた。
「連絡どころか……会社に来ていたことも知らないのに……。私に聞きにくる必要なんてないでしょう。あなた……波多野さんのほうが、堂嶋君のことならなんでもご存じなんじゃないんですか」
 嫌みな言いかたになってしまったような気がする。そう思ったが、美涼は勢いに乗った言葉を止めることができなかった。
「随分と親しそうですもんね。朝早くから迎えに来てもらったり、……夜遅くに会ったり……。波多野さん、ご主人いらっしゃるのに」
 これは本当に嫌みだ。大きなお世話であるうえ、嫉妬をしているような言動が恥ずかしい。
 嫉妬をしているような……ではない。美涼が感じるまま態度にしてしまうこの感情は、間違いなく嫉妬だ。
 突き放したはずの玲子に優しくし続けた琉生。彼にそんなにも気持ちをかけてもらえていた玲子に、妬ましさを覚えている。
 憤りさえ感じる、嫉心。
 この気持ちが、怒った琉生の顔と重なる。これは、国枝に笑顔を向けた美涼に対して、彼が向けてきた感情と同じではないか。
 今になって、彼があのときどんな気持ちでいたのかが分かる……
 玲子も美涼の態度に少々驚いたのだろう。言葉を止めて彼女を見つめる。しかしすぐに困ったような笑顔を見せた。
「そう……。やっぱり、あなたのことなのね」
「なにがですか……」
「堂嶋君が、『絶対に裏切れない』って言っていた相手」
 美涼は言葉を止める。どういう意味なのかを知りたいが、どう聞いたらよいのかが分からない。玲子は、そんな彼女に応えてくれた。
「なにか誤解してる? きっとしてるわね? あのね、わたしと堂嶋君は、別におかしなことがあるわけじゃないのよ。ただ、わたしの愚痴と悩みに、いつも彼がつきあっていてくれただけ」
「……悩み?」
「恥ずかしい話だけど、……わたし、主人と夫婦仲がこじれて、夫が家に帰ってこなくなっちゃって。……夫が浮気してるんじゃないかとか色々考えて、どうしたらいいか分からなくて悩んでいたとき、堂嶋君が声をかけてくれたの……」
 琉生は接待の帰りだったらしい。ひとりでお酒を飲みながら泣いていた玲子を、偶然見つけて声をかけたのだ。
 酔っていたこともあり、誰にも言えずにいた悩みや苦しさを琉生に話してしまった玲子は、それから度々彼に話を聞いてもらうようになったのだという。
 それを聞いて、美涼は永美が教えてくれた話を思いだした。
 昔から、いつも誰かの相談役だったという琉生。今でも友だちや同期の良い相談相手だと。
「堂嶋君って、本当に優しいのよ。たまに悪ガキっぽい顔はするけど。……どんな話でも聞いてくれるし、寂しくて辛いって言ったら、夜遅くでも話を聞きに来てくれるし。そんなことがあった次の日は、ちゃんと出社できるようにって迎えにも来てくれるし。……それは、知ってるのよね?」
「え……あ、はい……」
 美涼は返事につまづく。玲子に対して辛辣なものの言いかたをしたとき、早朝に迎えにきてもらっていたことを口にした。彼女は、そのときの説明をしてくれているのだ。
「悩みすぎて、半分ノイローゼになって、死にたいって思った。自棄になって、彼と浮気してやろうかと思ったこともあるのよ。二回くらい」
 それを聞いてドキッとする。それはもしかしたら、初めてふたりが一緒にいる場面を見た、資料室での出来事ではないか。
 あのとき玲子は、とんでもなく酷い扱いを受けたはずだ。
「多分、そうしなくちゃわたしが諦めないと思ったんだろうけど、初めて迫ったとき、堂嶋君、凄く酷い言葉で突き離したのよ。わたしも思わずひっぱたいちゃったくらい」
 それは知ってます、と、美涼は心で呟く。思いだし笑いをした玲子だったが、彼女はすぐに穏やかな声に戻り話を続けた。
「先週……、そう、朝に迎えに来てくれた前の夜。電話で夫と喧嘩をしてね。辛くて辛くて、堂嶋君を呼び出したの。……そのとき、もうどうなってもいいから、彼を押し倒してでも浮気してやろうと思った……。当てつけなんて最悪だけど、そのときはそんなことしか考えられなくて……。でもね、彼に止められた。『俺には、もう絶対に裏切れない人がいるから。この希望だけは聞いてあげられない』って」
 見開いた瞳の中で、玲子が羨ましげに美涼を見つめる。
 彼女は、琉生の言葉をそのまま教えてくれた。
「『俺は、自分の弱さのせいで、以前彼女を助けてあげられなかった。だから、もう絶対に裏切れない。裏切らない』……よく意味は分からなかったけど、堂嶋君には大切に思ってる人がいるんだっていうのは分かった」
 琉生が言っていたのは、半年前のことだろう。
 笑って見ていたのかと、美涼は琉生を責めた。しかし違う。――彼は、自分はなにもできなかったという事実と、ずっと葛藤し続けていたのだ。
(堂嶋く……)
 美涼の心の中に湧き上がる自責の念。あのとき、よみがえった憤りと悲しさのまま、琉生を責めることしか考えられなかった。
 そんな自分が、恥ずかしい……
 美涼の胸が締めつけられる。息が詰まるほど苦しい。
 もういい。これだけ分かれば充分だ。
 琉生が、想像を超えるほど美涼を思い続けていてくれたこと。裏切れない人だと、心に強く刻みつけてくれていること。それだけ分かれば……
「堂嶋君と話をしていると、よく倉田さんの名前が出てくるの。ああ、そうか……って予感はあったから、今日も、あなたになら連絡が行っているんじゃないかって思って」
 永美だけではなく、もうひとり、琉生の気持ちに気づいていた人物がいたようだ。少し照れくさい思いにとらわれながら、美涼は昨夜の件にふれた。
「あの……、堂嶋君は、どうして波多野さんと一緒にいた男の人を殴ったりしたんですか?」
「昨夜のこと? やっぱり知ってたのね。堂嶋君に聞いたの?」
「いいえ。友だちが偶然見たらしくて……。堂嶋君が男の人を殴って怪我をさせたって」
 すると、玲子は困った顔で眉をひそめる。きょろきょろと周囲を見回し、通りかかる社員がいなくなったところで声をひそめた。
「違うのよ。殴ったんじゃないの。それどころか、堂嶋君はなにもしてないわ」
「でも、相手の男の人は血を出して倒れたって……」
「あれは、あの人が悪いの。一緒にいたのはわたしの夫なんだけど、堂嶋君の顔を見たとたん殴りかかっていったのよ。堂嶋君は難なくかわしたんだけど、夫は酔っていて足元がおぼつかないまま転倒しちゃってね。そのとき倒した椅子に顔をぶつけて、口と鼻から出血して……」
「じゃあ、堂嶋君は……」
「なにもしてない。ただよけただけ。それどころか、彼はわたしと主人が落ち着いてゆっくり話し合えるようにって、時間と場所をセッティングしてくれたのよ」
「どうしてご主人は、堂嶋君を殴ろうとしたんですか?」
「話し合いの件は、堂嶋君が知人の弁護士さんをとおして主人に持ちかけてくれたの。まさか彼みたいな若い子にそんな根回しができると思っていなかったらしくて、あいだに入ってくれたのは年上の上司だと思っていたみたい。でも、様子を見に来てくれた堂嶋君が若い男の子だったし、わたしとなにかあったんじゃないかって勘違いをして……。カッとして先走ったのよ」
 第三者があいだに入ったことで、おそらく夫婦の話し合いは良いほうへ進んだのだろう。
 最近見知った玲子のイメージといえば、悲愴感漂う表情と怒った顔しか見ていない。
 けれど、今の彼女の表情は打って変わって穏やかだ。
 美涼は、玲子を見ていて美緒を思いだした。
 国枝のことで悩んだ美緒は、その苛立ちを美涼にぶつけた。どんな我儘を言っても、たとえ無茶な八つ当たりをしても、それを受け止めて許してくれる人間を選んだのだ。
 信頼の中にある甘え。琉生もまた、そうやって甘えることを玲子に許してしまった。彼ならば話を聞いてくれる。死にたいくらい辛くても、傍に来て慰めてくれる。
 そして、精神的に参っていた玲子を、琉生は放っておけなかった……
 悩みを聞き、慰めて、事態が上手くいく方向へ導いて……
 永美の話から考えれば、琉生は、そういう男なのだ。
 なんともいえない感慨深さで詰まる胸に手をあて、美涼は深く息を吐く。
 琉生と玲子の関係をはっきりと知ったこともそうだが、琉生が暴力をふるったのではないと知って全身の力が抜けてしまいそうなほど安堵している。
 ……しかし、美涼は大きな問題を思いだした。
 昨夜の現場に、副社長が居合わせたという問題だ。
「あ、あの……波多野さん、昨夜の現場に、副社長がいたんですよね」
「ええ、いたわ。お客さんに迷惑がかからないように店の奥へ、ってマスターに言ってくれたのが副社長だったの」
 副社長は知っているのだろうか。この騒ぎが、喧嘩などではなくただの偶然から起こったものだと。
 もし知っていても、騒ぎを起こした社員を重役として許してはくれないのでは……
 一日中心配していた、琉生がなんらかの処分を受けてしまう可能性。まだそれが残っている。
「あの……私、説明してきます。堂嶋君は悪くないんだ、って」
「え? あの、倉田さん?」
 驚く玲子を置いて、美涼は思うがままにエレベーターホールへ走った。
 ――副社長室へ向かうために……


*次回更新2月25日予定






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