年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第五章・年下は…大好きです!/3

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 琉生は悪くない。
 それを分かってほしい。
 二十五階へ向かうエレベーターの中で、美涼の頭にはそれしかなかった。
 いくら怪我をしたといっても、殴りかかってきたのは相手側なのだし、琉生はよけただけだという。まったく彼に非はないのだ。
 確かに、その瞬間は店内の注目を浴びたのかもしれない。しかし、なぜか居合わせた副社長が機転を利かせてくれたおかげで、すぐに店の奥へと追いやられ騒ぎを引きずることはなかったようだ。
 日曜の夜ならば琉生は私服だったのだろうし、社員証をぶら下げて歩いていたわけでもないだろう。他人からは、彼が東條商事営業課の社員だとは分からない。
 社名を傷つけた……ということにもならないはずだ。
 副社長は本社社長の息子。自分の立場を笠に着ることなどない、温厚で寛容な人物だと聞く。
 そんな人物なら、話すことをきちんと話せば、きっと分かってくれる。
 琉生は悪くないのだと認めてくれる。いや、認めてもらおう。
 美涼の決心が固まったとき、エレベーターのドアが開く。意気込んでいた彼女だったが、目の前に広がった重役用フロアの厳粛な空気に、一瞬ひるみそうになった。
 おそるおそるエレベーターを降りる。第一歩目に踏んだカーペットの感触からして、美涼をさらに緊張させるには充分な材料だった。
 カーペット。いや、これは絨毯だ……
(ちょっと待って……。もしかして私、すっごく場違いな場所に来ちゃったんじゃ……)
 冷や汗が吹き出しそうになる。美涼は大きく息を吸って自分を落ち着かせようとした。ここで弱気になってはいけない。目指す場所はひとつなのだ。
 だが美涼は、今さらになって大切なことに気づいた。
 ――副社長室は……どこだろう……
 美涼の目に映るのは、広いエレベーターホール。前方の壁側に置かれたフラワーテーブルや壁に飾られた絵画。左右に廊下が続き、途中に曲がり角がある。
 どこかへ進めば副社長室だろう。しかし、その、どこか、が分からない。
 雰囲気にたがわず静かなフロアだが、右側の廊下からは人の話し声らしきものが聞こえる。
 この最上階フロアには秘書課もあるので、そこから聞こえてくるのかもしれない。ならば秘書課で副社長室の場所を聞けばよいだろう。
 そう思い立ち、美涼が足を踏み出そうとしたとき、目指す方向からスーツ姿の男性がひとり歩いてきた。
「す、すみません……あの、副社長室はどちらになりますか……」
 ここぞとばかりに声をかけ、男性に近づく。しかしその足は、男性と目があった瞬間に止まった。
「副社長室? 副社長に、なにか?」
 スラリとした長身の、年の頃三十歳前後だろうか。真面目を絵に描いてスーツを着せたような雰囲気。それだけならまだしも、眼差しは冷たく、顔立ちが整っているだけによけい怖く感じる。
 男性も足を止め、美涼を眺める。彼女の首にかかった社員証に目を留め、ポーカーフェイスのまま事務的な対応をした。
「この時間、社員からの面会予定は入っていない。営業課からなにかあるのならば、まず一課の課長をとおしなさい」
「は、はい……いえ、そういった用件では……」
「アポなしでの面会が、上役に対してどれだけの失礼にあたるか。それが分からないほどの新人でもないと思うが?」
「はい……、それは……」
 人が通りかかったので咄嗟に声をかけたが、話しかけた相手を間違えた気がする。気ばかりが焦って相手をよく確認しなかったが、こんな堅物を絵に描いた怖い雰囲気を感じていたら、声をかけることはなかっただろう。
 しかしここまで来て引くこともできない。このピンチをどう切り抜けよう。どうせなら、副社長に呼ばれているんですと言ってみようか。
 どんなことをしてでも、今は琉生のもとへ行かなくては。
「あの、私……」
「あら? あなた、あのときの?」
 意を決したとき、いきなりかけられる明るい声。張り詰めた雰囲気が一瞬にして溶ける。
 柔らかなカーペットを爽快に蹴り、声の主が歩み寄ってきた。
「こんにちは。まだお仕事していたの? 頑張るわねぇ、さすがは松宮さん仕込みだわ」
 天衣無縫という言葉がぴったりと当てはまる頬笑みを湛えて立ち止まったのは、副社長夫人の東條朋美だ。
 地獄に仏とはこのことかもしれない。美涼はこわばっていた身体の緊張が解けていくような気がした。
 すると、そんな彼女を見て、朋美は横に立つ男性の背中を勢いよくバンッと叩いたのだ。
「ちょっとぉ、永井君っ。なに女の子いじめてんのよ。奥さんに言いつけるわよっ」
「いじめてはいない。道理をだな……」
「まったくもぅ、そーんな仏頂面で道理を語られたって、女の子は怖がるだけだわよ。あんたのそんなイヤミ顔を『素敵』なんて言ってくれるのは奥さんくらいなんだからね。分かってるの? この堅物男」
「そこまで言うのか」
「言う」
 朋美と男性の軽快なやり取りを、美涼は少々唖然として眺める。すると朋美が美涼に笑いかけ、男性を指さした。
「ごめんね、倉田さん。この人は副社長の秘書でね。見たことない? 副社長と一緒に歩いてるとこ。すっごい真面目くさってさ、“俺に近寄るな”オーラ出してるじゃない」
「秘書……」
 そう言われると、真面目な雰囲気の男性が副社長と一緒に歩いているのをエントランスなどで見かけたことがある。副社長が印象に残りやすい人であるせいか。申し訳ないが秘書の男性のほうは、そういえば……と思いだす程度の記憶しかなかった。
「それにしても永井君、どうして倉田さんを泣かせてたの?」
「泣かせてはいない。副社長室に行きたいようだがアポがないからと……」
「副社長室に?」
 朋美が改めて美涼を見る。今度は秘書ではなく妻本人から責められてしまうのだろうか。そう思いドキリとした美涼だったが、朋美はふっくらとした綺麗な唇をふわりと和ませた。
「もしかして……、琉生君のことかな?」
 地獄に仏、どころではない。美涼は、蜘蛛の糸が切れないまま天国へ引き上げられた気分だ。
 美涼の様子を見て、朋美は事情を察してくれたのかもしれない。なんといっても副社長夫人なのだから、昨夜の騒ぎについても知っているだろう。秘書の肩をポンッと叩き「私に任せて」と言うと、続いて美涼の背を促した。
「いらっしゃい。琉生君は、まだ副社長室にいるから」
「は……はい……」
 美涼は秘書に会釈をし、朋美について歩きだす。
 助かった。本当に助かった。ホッとしつつ朋美に感謝するが、美涼にはもうひとつ分からないことがある。
 琉生と朋美はどういう関係……どういう知り合いなのだろう……
 朋美は、美涼が琉生と一緒にいた場面を見ている。そのおかげで覚えられていたようだ。名前などは松宮に聞けばすぐに分かる。
 あのときは美涼も分からないことが多すぎて、琉生が朋美にまで手を出しているのかと考えもした。
 しかし、今ではそんなふうには思えない。こんなしっかりとした地位を築いている女性が、年下の男をからかうとも思えないのだ。
「あの……副社長夫人……」
 大きな両開きドアの前で朋美が立ち止まると、美涼が声をかける。不思議そうな顔で振り向かれ、美涼は言葉に詰まった。
 なんというか、凄く失礼なことを聞こうとしている気がする。だからといって黙ってしまうのもおかしい。美涼は、控えめに言葉を出した。
「夫人は……あの……、どうして、堂嶋君とそんなに親しいんですか……」
「気になる?」
「……接点なんてないし……。堂嶋君が……あの、失礼にも声をかけたのかな、とか……」
 数日前ならともかく、今は彼が興味本位で女性に声をかけるような男ではないと分かっている。それでも親しい理由が知りたくて、美涼は琉生を軽い男といわんばかりに扱った。
 戸惑う美涼を見て、朋美はにこりと微笑む。
「そうやって気になったって話、琉生君にそのまま言ってあげるといいわ。きっと飛び上がって喜ぶわよ。嬉しすぎて、私にシャンパンの一本でも差し入れてくれるかも」
「え……?」
「大丈夫よ。今、分かるから」
 朋美が副社長室をノックする。「副社長、入ります」と声をかけ、ドアを開いた。
 重役フロアに入った瞬間も驚いたが、副社長室も広く、見るからに高級な調度品が上品に配置されている。いつも騒がしいオフィスしか見ていない美涼からしてみると、同じ社内とは思えない。
 朋美について入室した美涼は、この雰囲気だけで全身が委縮する。しかし……
「美涼さん……!」
 その声で我に返る。目を向けた先は窓側の応接セット。そこには、ソファから立ち上がる琉生の姿があった。
 彼はスーツ姿だ。目を見開き美涼を見る様子は、なぜ彼女がこの場に現れたのか、随分と驚いているようだった。
 しかし表情には、驚きと同時に嬉しいという喜びも滲み出ているような気がする。美涼に会えて嬉しい。そう言ってくれているような気がするのだ。
(堂嶋君……)
 胸がキュッと締めつけられる。鼓動は早鐘を打ち、それに合わせて美涼は琉生のそばへ歩み寄った。
 彼女の目は琉生しか映してはいなかったが、近くまで寄ると彼の前に座る人物が視界に入る。その途端、自然と足が止まった。
 琉生に向いていた身体は向かいに座る男性側へ向き、美涼は背筋を伸ばす。すると、その男性も立ち上がった。
 ――彼は、この会社の副社長だ。
 スマートな長身にスーツ姿が映える、メガネが知的な美丈夫。真面目な雰囲気は伝わってくるが、それは決して嫌みなものではない。
 千明が言うとおり、実物を見ると『この人だ』とはっきり分かる印象の持ち主だ。
「い、いきなり失礼いたします……。営業一課の倉田と申します。あの、同課の堂嶋の件で聞いていただきたいことがあり、参りました」
 美涼は勢いに任せて口を開く。副社長の顔をまっすぐに見て、言わなくてはいけないと硬く心に決めていたままを口にした。
「昨夜の一件が問題になっているようなのですが、昨夜の件で、堂嶋に悪い点なんてひとつもありません。それどころか、堂嶋はあの人たちの力になろうとしていただけなんです。もちろん男性を殴ったりもしていません。……だいたい、堂嶋はそんなことできる性格じゃありませんし……、こんな、ちょっと軽く見えたりもしますけど、堂嶋は本当に優しくて……」
 美涼は徐々に言葉のトーンを落としていく。興奮して口が滑りすぎていることもそうだが、自分があまりにも琉生の名前を連呼しすぎているような気がする。
「……美涼さん……」
 琉生の声が聞こえ、顔を向けると、嬉しそうにはにかみ笑う彼が美涼を見つめている。
 そんな顔をされると、美涼も照れくさくなる。頬が染まりかかり、どうしようかと戸惑っていた……そのとき……
 そんなふたりを見ていた副社長、――東條正貴(とうじょうまさき)が、声をあげて楽しげに笑いだした。


*次回更新3月14日予定。






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