年下ですが貴女を好きになってもいいですか

第五章・年下は…大好きです!/4

 ←『休憩室』「海賊王と人魚姫」期間限定30%オフ・honto様 →第五章・年下は…大好きです!/5

「美涼さん……」
 琉生と美涼、ふたりきりの資料室。
 静寂を破って発せられた琉生の声は、妙に大きく室内に響いた。
「怒って……る……?」
 途中まで真面目だった声は、語尾にだけ明るいアクセントをつける。まるで気まずい雰囲気を誤魔化そうとするかのようだ。
 実際、琉生は誤魔化してしまいたいほどの居心地の悪さを感じているに違いない。
 分かっている。それは分かっているが、美涼は腕を組み、あえて琉生をキッと睨みつけた。
「怒ってるっ」
「あーっ、やっぱりぃ?」
 悪気なくいつもの軽い口調で返す彼に、美涼もいつもの強い口調でつっかかった。
「怒るのは当たり前でしょう! なんにも知らない私だけが、ひとりでオロオロして空回りしていたようなものじゃない! 知らなかったんだもの……あんたが……、あんたが……副社長の従弟だなんて!」
 憤る美涼に、琉生は困ったような頬笑みを見せる。その笑みはとても綺麗でドキリとするが、なんとなく副社長の微笑ましげな笑みにも似ている。美涼が琉生を庇ったあと、ふたりで気恥ずかしくしている様子を見ていた副社長が、こんな顔をしていた。
 似ている、というより、そっくりなのだ。ふたりは従兄弟同士なのだから。
『私と琉生君は従兄弟同士なのですよ。倉田さん、ご存じありませんでしたか?』
 そう言って、穏やかに微笑んだ副社長。美涼は思わず琉生と副社長の顔を交互に見比べてしまった。
 呆然とする美涼の背を、『しっかりして』と笑って叩いた朋美。彼女が言ったとおりだった。朋美と琉生が親しいのも、副社長と従兄弟同士だからだと考えれば納得がいく。
 昨夜、琉生は副社長と飲みに行く約束をしていたらしい。その前に例の店へ立ち寄ったので、最初から副社長が一緒だった。副社長は事の顛末を目の前で見ているのだから、琉生が暴力をふるったなどと誤解するわけがないのである。
 騒ぎになったことを咎める気はないと聞かされて、ホッとした。頽れてしまいそうになったところを、あわや琉生に支えられたくらいだ。
 琉生が今日一日休んでいたのは、玲子の夫を病院へ連れていくためだったらしい。鼻血を出して唇を切ったぐらいだったが、転倒時に倒れた椅子で頭を打っていたことが、琉生は気になったとのこと。もちろん、異常はなかった。
 細かい用事を済ませ、報告をするために出社し副社長室へ行き、ある程度の話が終わったところで玲子に連絡を入れた。彼女の夫のことなのだから、これは当然。
 琉生は同じく美涼にも連絡をしたかったのだが、どうしても先週末のことが気になってできなかったらしい。
 ひととおりの事情を聞き終え、今度は琉生と一緒に副社長室を出た美涼。九階へ戻り『ちょっと来なさい』と彼を無人の資料室へと引っ張っていった。
 ――引っ張っていった……ものの……。なにから切り出したらよいものか分からない……
 美涼だって、琉生と同じく先週末のことは気にしている。まずは自分から謝ったほうが良いのではないかと考えているくらいだ。
 そんな気まずい空気の中で、琉生が口火を切ってくれたのだった。
「……でもね、美涼さん……」
 琉生の問いかけに憤りをみせてしまったが、返ってきた彼の口調は、諭すかのような真面目なものだった。
「俺は、誰にも副社長の従弟だなんて言ったことがないから知らなくて当たり前だよ。会社でも気安く話しかけたことなんてないし。……まあ、朋美さんはパキパキした人だから別として……」
「……てっきり……、あんたがちょっかいかけてるんだと……」
「あの人に関しては、そんな誤解されたくないって言っただろ?」
 美涼は視線を横にそらし、気まずげに反省をする。従兄のお嫁さんがあれだけ気さくな人なら、仲が良くても当たり前だ。
 朋美の件を誤解したとき、琉生は真剣に否定をした。自分の気持ちが定まっていなかった美涼は、それを素直に受け止めてあげることができなかったのだ。
「このこと……。あんたが副社長の従弟だ、とか、友だちくらいは知ってるの?」
「友だちや会社の同期には教えていませんよ。知っているのは……それこそ、朋美さんと副社長の秘書、一部の重役と、あとは松宮課長くらいです」
「課長も?」
 そこに松宮の名が入っていたことを意外だと思うが、よく考えてみればそうでもない。
 松宮は朋美の元上司で、今でも彼女に信頼されている。副社長の従弟となれば朋美にとっては自分の身内だ。それも営業一課へ配属されるのなら、松宮に面倒を見てやってくれと頼んでもおかしくはない。
 そんなことを考えていた美涼の目に、不安げな表情をした琉生が映る。なんとなくその理由に見当をつけた美涼は、横目でチラリと彼を見据えた。
「心配しなくても、だから課長に贔屓されてる、とか、思わないわよ」
 琉生がわずかに驚いた顔をして美涼を見る。彼女はやっぱりかとばかりに言葉を続けた。
「あんたが仕事に真面目で成績もいいのは間違いじゃないしね。いくら上司に贔屓されたって、できないやつはできないもんよ。あんたが課長についていけるのは実力。……そのうち、あんたが社長の甥っ子だって知れ渡ったって、誰も身内贔屓だなんて思わないから。安心しなさいよ」
「……美涼さん」
「どうせ、あれでしょう? 入社のときからそういった情報を隠していたのは、言えば絶対に色眼鏡で見られるからでしょう? 『社長の甥なんだ? すげー』って感じで。仕事で正当な評価が欲しくてももらえなくなったりする。それがイヤだった、とかいうんでしょう? まあ、そうだよね。副社長は絶大に評判のいい人だし。あの人と比べられるのかと思えばきついよねぇ」
「美涼さん!」
 いきなり琉生が美涼に抱きつく。抱きしめる、というよりは、抱きついてきたというほうが正しい状態だったので、美涼は中央のテーブルに腰がぶつかるまで後退してしまった。
「ちょ……ちょっと……」
 慌てて琉生を引き離そうとするものの、彼が下心で抱きついているのではなく嬉しくて抱きついているのだと思え、美涼はつい彼の頭を撫でてしまう。
 なんとなく、幼いころの弟や妹が、両親に叱られたあと美涼に甘えて抱きついてきたときのことを思いだしてしまったのである。
「そんなこと気にしなくても、堂嶋君は仕事ができるんだから。笑い飛ばしておけばいいのよ。意外とヘタレだなぁ、もう。でも、そのうち社長の甥っ子だって知れたら今以上にもてるかもしれないし。それは嬉しいでしょう?」
 美涼としては、ちょっとした冗談のつもりだった。少しおどけて、琉生が笑ってくれたらいい。そのくらいのつもりだったのだが、彼は怒った顔で彼女から離れた。
「そんなもの……、嬉しいわけがないじゃないですか!」
 ふざけすぎたかと美涼が後悔をする前に、吊り上がっていた彼の眉は情けなく下がっていく。
「俺は……、美涼さんしか……。目に入りません……」
 自分に気持ちをくれている琉生に対して、冗談とはいえ申し訳のないもの言いをしてしまった。
 美涼が言葉なく黙ってしまうと、琉生は彼女の腰を持ち上げテーブルの端に座らせる。その足元に膝を落とすと、軽く正座をしたスタイルで頭を下げた。
「ど、堂嶋君?」
 もちろん美涼は慌てる。これではなんとなく土下座でもされているようだ。
「色々……、申し訳ありませんでした」
「……堂嶋君……」
「謝っても、謝りきれないことをしました。俺は……美涼さんに、信用してもらえる男ではないのだと思う……」
 美涼は黙って琉生を見つめた。彼の声は真剣で、真剣すぎて、今にもどこからか崩れ落ちてしまいそうな危うさを感じる。
「美涼さんを好きでいたくて、……自分を偽って、貴女を騙して、貴女を泣かせて、怒らせて……。それでも、美涼さんが恋しくて美涼さんが欲しくて……。自分の間違いを、貴女に対して正当化しようとした……最低の男です……」
 自虐的な言葉を口にする琉生。それはとても哀れな姿であるはずなのに……
 なぜか美涼は、彼の周りを無理やり固めていた砂山が、やっと剥がれ落ちていくようなスッキリとした気持ちになりかかっている。
「それでも……。自分をどんなに最悪だと蔑んでも……。俺は……」
 顔を上げながら、琉生はゆっくりと両膝立ちになる。テーブルの端を掴んでいた美涼の両手を握り、自分のひたいにつけた。
「美涼さんが……好きで好きで、堪らない……」
 どくん、と、鼓動が大きく美涼の胸を叩く。琉生は泣きだしてしまいそうな声で、自分の気持ちを口にし続けた。
「こんな……最低な男ですけど……。おまけに俺……、美涼さんが嫌いな年下ですけど……」
 ゆっくりと出される言葉がもどかしい。
 彼が言いたいことは分かるのだ。その言葉が、早く聞きたい……
 そんな美涼に応えるよう、琉生はゆっくりと顔を上げ、真剣な瞳で彼女を見つめた。
「――貴女を……好きになっても、いいですか……」
 その瞬間、美涼の瞳に涙が溢れた。目を潤ませる彼女を見て、琉生は握りしめた両手に力を込める。
 美涼は震える唇を微笑ませた。
「……いいよ……」
 小さく呟いた短い言葉。
 琉生にはそれだけで充分だったのだろう。彼は美涼の手を離すと、勢いよく立ち上がり彼女を強く抱きしめたのである。
「……年上だけど……いいですか?」
 嗚咽の混じる声で、美涼は琉生の真似をする。彼は抱きしめる腕に力を込め、何度もうなずいた。
「はい……。はい……」
「かわいげなんてないよ?」
「そんなこと、ないです」
「頼りにならない男は嫌いだよ?」
「精進します」
「どうせ年下だし、とか言って拗ねたら、叩くよ?」
「何発でもどうぞ」
「堂嶋君!」
 ちょっと強い口調で琉生を呼ぶ。彼は美涼を見ると、なにか怒られると思ったのか、叱られる覚悟をした子犬のような顔をする。
 目が合ったところで、美涼はにこりと微笑んだ。
「……好き」
 琉生は驚いて目を見開いたが、すぐに美涼の唇に吸いつき嬉しそうにキスを繰り返した。
「好きです……美涼さん……。大好き……」
 好きの言葉と同じ数だけ繰り返されるキス。ほんわりとした幸せな気持ちに包まれながら、美涼も琉生の背に腕を回し彼に応えていく。
 やがて、ゆっくりと、美涼の身体がテーブルの上に倒された。


*次回更新3月17日予定






もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【『休憩室』「海賊王と人魚姫」期間限定30%オフ・honto様】へ  【第五章・年下は…大好きです!/5】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【『休憩室』「海賊王と人魚姫」期間限定30%オフ・honto様】へ
  • 【第五章・年下は…大好きです!/5】へ