恋桜~さくら【改稿版】

第一章・桜の出会い/1

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「さくら、おまえの結婚が決まった」
 父の言葉に、わたしの思考は一瞬止まった。
「結婚……、ですか?」
「そうだ」
「わたしが、ですか?」
「そうだ」
 父は眉間にしわを寄せ、目を閉じたままわたしの質問に同じ言葉を繰り返す。着流しの袖に両手を入れ、威厳ある風格はいつもの父らしい。けれどわたしが気になったのは、いつもどおり隣に甲斐甲斐しく正座する母の姿だ。
 母はなぜかとても悲しそうな顔をしていた。お気に入りの大島紬の袖を口元にあて、まるでなにかに耐えているかのよう……
 普通、結婚というのはおめでたいものではないのだろうか。それも一人娘の縁談が決まったという話なのに、どうしてふたりはそんなに辛そうな顔をしているのだろう。
「お父様、わたしの結婚とおっしゃいますが、わたしはまだ十八歳です」
「知っている」
「それも、昨日、高校の卒業式を終えたばかりですが」
「分かっている」
「二十歳に満たない、未成年です」
「結婚はできる年齢だ」
 ……それはそうですが……
「わたしは。いったいどちら様と結婚をするのですか?」
 その瞬間、部屋の中の空気が凍った気がする。
 斎音寺(さいおんじ)家の家族が集う、純日本屋敷の日本間。とはいえわたしに兄弟はいないので、両親を含み三人のみだ。
 寂とした空間に、中庭の獅子脅しの音が妙に大きく響く。その音に背中を押され、父が口を開いた。
「さくら、おまえは、今この村がどういった状況に置かれているか、分かっているか?」
「はい。廃村寸前です」
 わたしはハッキリと答える。でも父は娘に即答されたことがショックだったようだ。いつも堂々と張っている肩が少し落ちた。
 それでも、それは事実だし……ねぇ。

 主要都市の郊外を抜け、車で約一時間。山間にある小さな村。それがわたしの住む“桜花村(おうかむら)”
 その名が表すとおり、村中を覆い尽くしてしまうかと思わせるような見事な桜の群生を目当てに、毎年たくさんの観光客が訪れる地だった。
 春には満開の桜。四季を通して感じられる豊富な自然。この小さな村は、それだけで成り立っていたのだ。
 けれど近年、村の手前、東側一帯に大きなリゾート施設ができたことで、観光客の流れは変わってしまった。
 新しい娯楽施設。自然しかうりのない村は、当然太刀打ちできない。
 観光客は減って人口も流失し、財政難に陥り、その補填のための対策もことごとく失敗。現在財政破綻寸前にまで追い込まれている。

「村が借金を抱えているという話をしたことはあるが、……廃村寸前などという話をした覚えはなかったが……」
「村の子どもたちに教えてもらいました。親たちが話していることを、みんなは聞いています。子どもにだって理解できます」
「……そうか」
  
 斎音寺家は、小さいながら城を構えた大名の流れを汲む由緒正しい家柄。
 村随一の大地主として発言力を持つ家の一人娘であるわたしは、幼いころから大切に育てられ、高校生になって近隣都市の学校に通うようになるまでは村から出たこともなかった。
 先祖代々住みついている村人が多いせいか、年配の大人たちには『お嬢さん』ではなく『姫さん』って呼ばれることもある。
 そんなわたしによけいな心配はかけたくなかったのだろう。父も母も、そして他の大人たちも、村の緊迫した状況をわたしの前で話題にすることはなかった。
 けれどわたしは、子どもたちに聞いて、村がどういった状況にあるかを知っている。
 穏やかな村に、そんな深刻な問題は似合わない。大変なことだとは分かっていても、そのうちなんとかなるのではないかとタカをくくって、あまり深刻に考えてはいなかった。
 そしてやはり、わたしの考えは甘かったのだ。廃村寸前という状況は、限りなく現実味を帯びていたのだから。
 でも、そのことと、わたしの結婚が決まったという話と、なんの関係があるのだろう。

「……実は、村の借金自体を、すべて肩代わりしたいという企業が現れてな……」
「すべて、ですか?」
 わたしは息を呑んで驚いた。村ひとつを廃村に追い込むほどの借金。それをすべて肩代わりしてくれるなんて、凄いことだ。
 その金額がどれほどのものなのか、正直わたしには分からないけれど、きっと凄い金額なのだろう。
「製薬会社だ。なんでも、この村を調査した結果、村には研究に大変有効で希少価値のある植物が数多くあるらしい」
「では、その植物と引き換えなのですか?」
「いいや、この先のためにも、村そのものを買い取りたいと言ってきた」
「でも、それでは……」
 村そのものを買われてしまったら、村の人たちはどうなるのだろう。
 この土地から出て行かなくてはならなくなるのではないのだろうか。もちろん、この屋敷もこのまま住み続けることなどできなくなるだろう。
 悲観的になりそうになったわたしを、父の言葉が救い上げる。
「いや、それがな、村の人間はそのまま住んでいても良いという話だ」
「そうなのですか? なんて素敵なお話」
 わたしは再び息を呑んで驚く。けれど、その声には喜びも混じっていた。
 村の借金を肩代わりしてくれて、それでいて村の人間はここに住んでいても良いだなんて。その製薬会社の方は、神様のような人だとも思えてくる。
「ただ、もうひとつ、条件がある」
 父の声が重たくなり、外されていた視線がわたしへと戻る。
「村と一緒に、この斎音寺家の娘を、社長令息の妻にもらいたいという条件だ」

 ――――はい?

「……二十八歳の息子さんで、会社では専務という職に就いている。親の七光ではなく、本当に仕事ができる人だそうだ。……一度だけ会ったことがあるが、実に真面目な青年で……」

 いえ、あの、それは……いいんですけど。あの……

「それなりに準備の時間をくれるのかと思ったら、一週間後には迎えに来たいという話だ。それで、急ではあったが、おまえに話を……」
「……一週間後に迎え……って……。ですが、わたしは、あの……四月からは短大に行くことが決まっていて……マンションも……世話の者も準備が整っていて……」
「短大には通って良いそうだ。マンションはキャンセル。世話役の者も必要はない。おまえは、先方の邸から学校に通うことになる」
「先方のお邸から……ということは……」
「式は後だが、すぐに入籍になるという話だ」

 呆然としたまま、わたしは言葉が出ない。

 結婚が決まった、っていうのは、こういうことなの?

「さくら?」
 話の急展開についていけない。わたしは目を見開き、だらしがないことに口を半開きにしたまま、お父様ではなく宙を見詰めていた。
 だって、それって……
 それって、まるで……

「わたし、売られるの?」

 ポツリと出た感想。いいえ、現実。

 ――ワタシ、ウラレルノ?

 呆然とするわたしに、お父様はまるで土下座のように頭を畳に擦り付けた。
「すまない、さくら! 村を守るためなのだ! 耐えてくれ!」

 すまない……と、謝られましても……。お父様……

 驚いていた表情から、私の顔は段々と悲愴なものへと変わっていく。
 ずっと辛そうに見ていたお母様は、とうとう両手で顔を覆って泣き出してしまった。

 でも、泣きたいのはわたしのほう。
 発すべき言葉も見付からなくて、涙も出てこないけれど。
 そういえば昔も、お姫様っていう身分の女子は城や家名のために身売り同然の形でお嫁に行かされることが多かった。
 どうやら現在の“姫”であるわたしも、その道を辿るらしい。

 わたしはぼんやりと、そんなことを考えていた……



【続きます】




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